スペシャル

レーシングドライバー木下隆之の
ニュルブルクリンクスペシャルコラム

Mr.ニュル(木下隆之)がTGRニュルドライバーの核心に迫る 木下隆之×LEXUS RCドライバー松井孝允×蒲生尚弥Mr.ニュル(木下隆之)がTGRニュルドライバーの核心に迫る 木下隆之×LEXUS RCドライバー松井孝允×蒲生尚弥

笑顔の木下隆之×LEXUS RCドライバー松井孝允×蒲生尚弥

若いこの2人とRCを走らせるのは昨年に続いて2度目である。
 今年このメンバーで戦うことになりそうな予感は、チームメイトを告げられる前から既に抱いていた。
 マシンはLEXUS RC。2015年は市販前の開発車両というスタンス。それゆえ、戦闘力アップは程々に抑え、基本性能の確認に主眼が置かれていた。そのマシンをベースに、今年は大幅な改良が施される。となれば、昨年走らせたメンバーの経験が必要なはずだと思っていたからだ。
 ドライバーのコンビネーションも安定感は際立っていた。自画自讃を含めて言えば、速さと安定感のバランスが整っていたと思う。ここにメスを入れる必要はまったく感じなかったことは、チームも理解していたのかもしれない。

 ベテランと若手。もはや兄弟などではなく、親子の関係に近い。他のメンバーの多くは僕のことを「アニキ」と呼ぶのに、このふたりからそう言われたことがない。心のどこかでは呟いていても、僕を目の前にすると口が動かないに違いない。彼らの意識はどうみても親子なのだ。
 それでもこれだけははっきり言える。今年のチームRCのドライバーラインナップは、ものすごくバランスが取れていると確信する。

TOYOTA GAZOO Racingを離れればスーパーGTを戦う彼らには、若い体力と速さがある。
 渡独に先立つスーパーGTでも松井はポールポジションを獲得している。そして迎えたレースでは、蒲生が圧倒的な力強さで優勝をもぎ取っている。松井と蒲生がトップ争いをするシーンを観ていて、微笑ましさと頼もしさを感じていたのだ。
 僕には20回以上のニュルブルクリンク参戦で積み重ねてきた経験がある。性格も熟知している。キャラクターもお互いの不足を補完し合う。少なくとも僕はとてもやりやすいメンバーだと思っているのだ。

木下隆之×松井孝允×蒲生尚弥


松井孝允は、その風貌からも想像できるように、行動や言動が実に爽やかだ

松井孝允は、その風貌からも想像できるように、行動や言動が実に爽やかだ。
 最近パーマをあてたようで、トレードマークの眼鏡をかけると、松坂桃李に似てなくもない。
 日頃はチームサムライのマネージャー業務のようなこともこなしているから、サーキットを離れても気が回る。サーキットテストの時の宿泊の手配や食事の世話まで、嫌な顔をせずに丁寧にこなしてくれるのだ。
 紙のように薄い体は、体重53kgと超軽量級だ。
 朝食はヨーグルトとボイルドエック。丁寧に殻を割る姿は「OLか!」とツッコミを入れたくなるほどに草食系だ。その体のどこに、ニュルブルクリンク24時間を走破しえるだけの体力が隠されているのか想像もつかない。戦い終えても、いつもの優しい笑顔に戻る。疲労の痕跡など微塵もないのである。
 彼が大学の図書館にでもいたのなら、心静かな文学青年にしか見えないだろう。だが、一旦コクピットに座れば、獰猛な闘争心を露にして戦うことなど、普段の彼からは想像できないほど献身的なのである。人は見かけで判断してはならない。

ニュル名物「石焼きステーキ」を楽しむ松井氏

ただし、ちょっと抜けている・・・。

 3月×日にこんなことがあった。
 袋井のヤマハテストコースで2016年ニュルブルクリンク24時間仕様のマシンが完成し、シェイクダウンテストが予定されていた。チームメイト全員が顔を会わせるいい機会だったから、前の晩に決起大会を呼びかけた。となると宿泊地がバラバラなのも便が悪いから、誰かがまとめろということになった。すると爽やかに立候補したのが松井だった。
「ホテルの予約は松井トラベルエージョンシーが担当しま~す」
 喜々としてLINEで立候補した彼に、宿泊予約を任せたわけだ。
 ところが、彼が予約したホテルに到着した瞬間になえた。駅から離れたビジネスホテルは、お世辞にも綺麗とはいえず、かび臭さが充満していた。部屋は狭く、アスリートの体を癒すには無理があった。
 贅沢をする気はもうとうないが、簡易宿泊所よりはちょっとマシといったレベル。宿泊費は一泊につき数千円である。これからニュルに挑む僕らの気勢を上げるには、水を差しかねないホテルだったのである。
 そのとき松井はさらにこう言って、ホテルの前で呆然と立ち尽くす僕らを驚かせた。
「あの~、全員の宿泊予約はしたつもりだったんですけど、ひとり忘れていました」
「誰だ? それは大変だぞ」
「いや、社長の分は予約してないんですよ」
「えっ? 社長って?」
「いや、豊田章男社長が泊まるところです」
「・・・?」
「一部屋、追加しましょうか?」
「あほっ!」

ニュル2016参戦車両 LEXUS RC

 翌日は豊田章男社長もテスト走行に立ち合うことになっていたから、前泊する可能性はたしかにあった。だが、天下のトヨタ自動車代表取締役の豊田章男社長が、簡易宿泊所的な安宿に泊まるとは到底想像できない。そもそも社長のスケジュールは、有能な秘書の方が取りまとめている。僕らがでしゃばる事ではないのである。
「よくよく考えろ。章男社長はいくら偉そうにしないし親しげに接してくれるからって、松井に簡易宿泊所を予約してほしいって依頼すると思うか?」
「それもそうですよね・・・汗」
「別のホテルが用意されているはずだろ」
「だといいんですけど・・・」
 その爽やかな笑顔がなかったから、ぶん殴っているところだった。
 チームRC一番の草食系ドライバーは、ちょっと抜けたキャラと速さで雰囲気を和ませる。

LEXUS RC