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川井ちゃん、右京さん、これがWECで戦っているクルマ(TS050 HYBRID)なんですよ! 前編「TS050 HYBRIDを囲んでF1やル・マンを語り合う」

川井ちゃん、右京さん、これがWECで戦っているクルマ(TS050 HYBRID)なんですよ!
前編「TS050 HYBRIDを囲んでF1やル・マンを語り合う」(2/2)

TS020とTS050 HYBRIDの違い

―― 右京さんは、F1だけでなくTS020などでル・マン24時間レースを戦ってこられました。右京さんが今までル・マンで乗ってきたクルマと比べてTS050 HYBRIDはいかがでしたか?

右京 (1998年と1999年に乗った)TS020は、どれだけ時代が経っても先鋭的なクルマだと思ってたんだけど、実際に今年のクルマをみちゃうと、GTカーとフォーミュカーの違いぐらい大きな差を感じるね。
まあ(1998年の)TS020は「GT1」というカテゴリーだったから、本当にGTカーだったんだけどね(笑)公道を走れるクルマだったんだよ。

1998年にル・マン24時間レースを戦ったトヨタ GT-One TS020 1998年にル・マン24時間レースを戦ったTS020(正式名称は、トヨタ GT-One TS020)。
一見するとプロトタイプカーのようだが、レギュレーション上では「GTカー」の扱いだった。
市販車バージョンも制作されている。

可夢偉 TS020は、直線(ユノディエール)でどれくらいのスピードが出ていたんですか?

右京 燃料が少ない状態だったら、最高速は370km/h近かったんじゃないかな。

可夢偉 370km/h!?
あの時代、ユノディエールにシケインありましたよね、速すぎです!

右京 最高速は速いけど、そのかわりコーナーが滑るから、カウンターをあてながらポルシェ・コーナーに入って・・・とかね。
最後のフォードシケインの右右なんて、カウンターあてる準備をしておかないと。路面のバンプ(デコボコ)もあるでしょ。コース外の芝生とかを上手く使っていかないとね。
遅いクルマが前にいたら、もう見つけたときからブレーキを踏まないと間に合わないし。

一貴 (ゲームの)グランツーリスモで、TS020で走ったことがありますけど、意味が分からないぐらい速いですよね。

右京 でも最高速はメルセデスの方が速かったんだよ。
まあ、それが理由かどうかわからないけど、メルセデスは飛んじゃったんだけどね(苦笑)

―― 先程、制御の話がでましたが、TS050 HYBRIDには分厚いマニュアルがあると聞きました。このTS020にも片山さんたちの時代にもマニュアルはあったんですか?

右京 ありましたよ。
当時はテレメトリーが禁止になっていたから、クルマのデータをピットから見ることができなくて、ドライバーがクルマで起きていることを全部無線でピットに伝えなければいけなかったんです。
そのためにナビゲーションシステムがあって。何か異常があるとランプが点いて、アラームが出て、数字が表示されるみたいな感じ。たとえば「7」がエンジン。「4」が燃料系・・・という具合に。そこで表示された数字を無線でピットに伝えると、初めてトラブルの内容がわかる。
トラブルの内容がわかったら、ドライバーが応急処置をして、絶対にピットまでクルマを走って帰れる状態にしていた。そのためにクルマに工具も積んであったし。

<>TS020のコクピットの様子 TS020のコックピットの様子。
テレメトリー禁止のため、ドライバーが操作するためのスイッチが多い。

右京 テストのときには、もしレース中にコースでクルマが止まってしまっても、ドライバーがその場で作業できるように、ギヤボックスやカウルの開け方のレクチャーを受けましたよ。
カウルを背中に乗っけて、ペンライトを口にくわえて作業したり・・・
2速ギヤに固定するストップバーを使ったり・・・
アクセルワイヤーが切れたら、無線のケーブルをちぎって代用したり・・・
とにかくそうやってピットまで帰ってくる練習を何周もやらされたな。

「耐久」という名のスプリントレース

―― いかにも「耐久レース」って感じですね。現役ドライバーおふたりも、そういった緊急対応の練習をしているんですか?

一貴 一応、緊急の対応策はあるんですけど、僕らはあんまりやってないですね。

可夢偉 「このトラブルにはこういう対応はしましょう」というインストラクションはあるし、質疑応答みたいな抜き打ちテストは時々あります。だからドライバーはそれなりに覚えてはいるけれども、実際のテストとかで練習することはないですね。
そう言った話で言うと、今年のル・マンで起きたことは、エンジニア側のエマージェンシーだったんです。だから対応策はなかったし、マニュアルもなかった。
ドライバーはある程度、マニュアル通りの対応はできる。たとえば(エンジンは使わず)モーターの力だけでピットまで帰ってくるとか。
でも、クルマのどこが壊れたか分からないときに、エンジニアがどうやって原因を突き止めて対応策を考えるか。そういったシステム作りからすれば今のWECは「耐久」じゃないなと、右京さんの話を聞いて思いました。

今年のル・マンで起こった出来事を語る小林可夢偉
今年のル・マンで起こった出来事を語る小林可夢偉選手。
クルマだけでなく、人についても来年に向けたカイゼン項目のひとつだ。

右京 TS020を作ったアンドレ・デ・コルタンツというエンジニアは、すべてが耐久の人で「とにかくゴールしよう」という考えだったからね。

可夢偉 今と逆だね。

一貴 考え方が違うね。

可夢偉 今のWECやル・マンの考え方は、F1と変わらない感じですよ。

一貴 本当にずっと限界で、とにかくクルマの限界で走っています。

右京 僕たちのときは、そこまでスプリントじゃないから、ペースをマネージメントしていたの。
だから土屋(圭市)さんが朝方の涼しい時にタイムを出したり・・・
トップのBMWを追うときに、毎周ベストラップで走ったり・・・

川井 今と比べるといろいろと制限があったクルマじゃない? 飛ばすなとか。

右京 それはいろいろ理由がありましたからね。レース中はだいたい8割ぐらいのペースで走っていた。で、最後の最後に99%のプッシュをしたから、タイヤがバーストしちゃったんだけど。

可夢偉 今はずっとスプリントですね。

一貴 今のWECは常に100%。予選と決勝の走りの違いとしては、遅いクルマを追い抜くときのリスクの取り方ぐらいですよ。

右京 1000馬力のクルマで常に全開。今のWECって本当にすごいレースだよね。

ル・マン24時間レース名物のユノディエールを走るTS050 HYBRID 7号車

<前編 あとがき>
TS050 HYBRIDを囲み、中嶋一貴選手と小林可夢偉選手に質問攻めだった川井さん。片山さんが語るTS020時代のル・マンも興味深いものでした。次回の後編では、WEC第7戦富士の見どころを中心に、レースの展開予想や楽しみ方など、レースを知り尽くした4人が語り合います。お楽しみに。