著:レーシングドライバー 木下隆之
ある意味で、もっともGAZOO Racingらしいイベントだったと言えるかもしれない。
サーキットでただお客様を待つだけでなく、都会のど真ん中に出掛けていってファンと喜びを共有する。まさに、「持つ楽しさ」「走る楽しさ」「語り合う楽しさ」という三大テーマを掲げるGAZOO Racingならではの試みだったのだと思うのだ。そう、10月2日、3日の2日間にわたり、東京・お台場の特設会場で開催されたモータースポーツジャパンのことである。
GAZOO Racingは会場に巨大なブースを構えた。お台場のシンボルタワーともいえる、個性的な造形のフジテレビ本社社屋がそびえるその脇の、広大な特設会場に巨大テントを設営し、趣向を凝らした様々なイベントを催したのだ。
今年の春にニュルブルクリンク24時間レースでクラス優勝に輝いたレクサスLFAを筆頭に、スーパーGT参戦中のPETRONAS TOM'S SC430(LEXUS TEAM PETRONAS TOM'S)を投入。メイン広場で激走を披露。官能的なエキゾーストノートと派手なタイヤスモークは観客を虜にしたことだろう。
サーキットで目にするのとはまた趣が異なって映ったに違いない。都会とレーシングマシンの組み合わせ。そのミスマッチが実は、とても自然に馴染むことを強く感じた。
まずは朝一番のプログラムである「公道デモラン」がヒートアップの狼煙になった。
なんと白バイ先導のもと、レーシングカーが公道を走るという趣向は、慣れぬことゆえ僕らもさすがに緊張したのだが、それは官民一体となってモータースポーツをサポートすることでもあり、将来に明るい光明を見た思いがした。警官がガードするその中をレーシングマシンが走る。その光景には、さすがに涙腺が滲む思いがしたのである。
特設ステージでは、この日のために集結したGAZOO Racingドライバー達のトーク三昧。
サイン会あり、撮影会あり、同乗体験ありと盛りだくさん。プリウスチャレンジなども行われ、まさに朝から夕方まで、まさにモータースポーツ漬けの週末である。
多くのサインが記された学習ノートを手に、ドライバーを求めてブースに集まる子供達や、お子さんと手をたずさえて団欒する家族達。彼女と彼氏、彼氏と彼女、友達同士…。それぞれが、それぞれの楽しみ方をしていたのが印象的だった。
いやはや、とにかくイベントは盛り沢山であり、なにが盛りだくさんといって、我々ドライバーはほとんど休む間はほとんどなかった。昼食時間も惜しんでイベント会場を駆け回り、ファンとの交流を楽しんだのである。
チームスタッフが周到に組み立てたスケジュール表は、ほとんどスケジュール表の用を成さないほどに黒く埋め尽くされ、分単位で行事が詰め込まれていた。だが、それはつまり、貴重な時間を惜しんでまで交流を深めようという意識の現れである。
実はこのイベントはGAZOO Racingだけでなく、スーパーGTに参加している日産やホンダ、またスバルといった多くの自動車メーカーや、あるいはレーシングショップやサプライヤーがこぞって参加していたのだが、意識に統一感があった。日頃のライバルも、この日ばかりは同士である。
ともにモータースポーツ界を盛り上げようという意識で統一されていたように思う。
コンペティションの場ではないだけに、どこか心和む雰囲気で満たされており、それがこのイベントを朗らかなものにしていたように思う。
GAZOO Racingでもトヨタでも日産でも、もちろんホンダでもスバルでもなく、ともにモータースポーツというひとつ屋根の下で生きる同士であり、もっといえば、ドライバーでも観客でもなく、モータースポーツというキーワードで強固に結ばれた仲間という意識が、その朗らかな空気を演出していたのだろうと実感したのだ。
僕は、東京のビル群の中を走るレーシングマシンを眺めて、ちょっと感傷的な思いに浸っていた。日頃、いってみれば人里離れた山中のサーキットで活動している。そこに足を運んでくださるファンの思いには頭が下がる。だが、その思いにすがっているだけではモータースポーツの将来は暗い。今回のイベントのように、都会のど真ん中で走りを披露することが、モータースポーツが市民権を得るきっかけになると思った。
最終日の午後、サイン帳を手に息子の手を引いて来場してくださったお父さんの言葉が印象的だった。
「今日は息子の運動会だったもので、無理かなぁと諦めてました。でも、早く終わったので、また来ちゃいました!」
そう言って、前日撮影したデモランの写真を、早速プリントアウトしてプレゼントしてくれたのだ。父親の手を握る息子さんの首には、“徒競走3位”の銅メダルが下がっていた。
GAZOO Racingが掲げるメッセージがそこにはしっかりと記されているような気がした。
「持つ楽しさ」「走る楽しさ」「語り合う楽しさ」それはいま確実に浸透しつつあると、手前味噌ながら実感したのである。
今年の観客は9万人をオーバーしたと聞く。来年はその数が、さらに増えるのだろう。
そう確信した。GAZOO Racingの活動は、確実に身を結びつつある。