著:レーシングドライバー 木下隆之
新年の仕事始めは『東京オートサロン』でと、ココロに決めている。正月休みをたっぷりといただいているから、というのは表向きの理由にすぎない。本当は仕事がないからでもあるのだが、本心を言うならば「せっかくの仕事始めをあのパワフルな会場でスタートしたい!」という思いがあるからなのだ。
初詣って、あの熱気溢れる喧騒か、いかにも初詣らしくてココロに響く。混雑していたほうが気持ちが“のる”なんて、初詣か東京オートサロンしかないのだと思う。
会場に掲げられた看板をひっくり返すと、そんな物騒なキャッチフレーズが裏書きされているように想像した。
日本の二大自動車ショーのひとつである『東京モーターショー』は、あくまで自動車メーカー主体であり、だから正統派の匂いがする。
一方の『東京オートサロン』は、チューニングカーとレーシングカーの祭典である。発足は1983年。この年は『エキサイティングショー』と命名されていただけあって、今でもアウトローな雰囲気が充満している。
この両イベント、共にクルマ好きの魂を心地良く刺激するという点では共通しているのだが、どこか隔たりがあり、背を向けるようなライバル関係として競ってきたように思うのだ。
だが、今年の東京オートサロンの熱気に包まれた会場を隅から隅まで足を棒にして巡ってみると、冒頭のキャッチフレーズの『打倒・東京モーターショー!』が、裏メッセージであるかのように迫ってきたのだ。
あれ?これって融合か?
それに火をつけたのは、間違いなくGAZOO Racingであろう。2010年の昨年、GAZOO Racingは、新ブランドである『G Sports(通称G's=ジーズ)』の発足を、その会場で高らかに宣言した。驚くべきは、トヨタ自動車の豊田章男・代表取締役社長が自ら会場に駆けつけ、氏の口から宣言されたことが狼煙になった。
これまでメーカー首脳が東京オートサロンにやってきたことがあっただろうか?このショーにはどこか、反社会的な空気が漂っていた。自動車メーカーが心血を注いで開発したモデルを、いわば勝手に手を加えて原型を乱すジャンル、といった蔑んだ目線で観られていた節があり、メーカーとの間には目に見える厚い壁が存在していた。だが、GAZOO Racingの豊田章男社長は、そんな負の先入観をものの見事に打ち砕いた。出処の隔てなく、ともに手をたずさえて歩もうと宣言したのだ。
大のクルマスキとして知られる豊田章男社長の来訪は、ライバルメーカーの危機感に火をつけた。それが今年の『東京オートサロン』、いわば『東京オートサロンの東京モーターショー化』の引き金になったのだと思う。
今年は自動車メーカーの出展ブースが、より巨大化、そして正統化していたように感じるのは僕だけではなかったと思う。各所でそんな声を聞いた。キノシタ個人の目にもそう映った。
たとえばスズキは、量産車であるソリオの魅力をステージ上で熱く語っていたし、スバルはインプレッサやフォレスターのtSコンセプトを発表していた。日産も、リーフのモディファイモデルを展示。チューニングカーというよりも、新型車両の発表の場、といった趣だったのだ。
それゆえに、押し寄せるような圧倒的パワー感に乏しく感じたのも事実。新型車両を整然と並べるスバルやスズキに、「もっと刺激的なモデルを!」とココロの中で叫んだ人も少なくなかっただろう。
そこで気を吐いていたのは、GAZOO Racingを主体とした『トヨタ』と、親しみ易さをアピールした『ホンダ』だっただろうか?
昨年の豊田章男社長の来訪に衝撃を受けたといわれるホンダの伊東社長も、会場にやってきていたと噂されている。そう、もはや東京オートサロンは、レーシングカー&チューニングカーだけの祭典ではなく、メーカーも加わっての一大イベントに成長していたのである。思ってみればそれも当然のこと。共にクルマ好きの祭典だろ?である。
特にホンダは、サーキットのバドックを模した個性的なブースを設営して、親しみ易さとホンダらしさをアピールすることに成功していたように思う。CR-Zというハイブリッドカーに、積極的にスポーツフィールを持ち込んでいた。G Sportsが投入したプリウスも話題を攫ったようだが、CR-Zのインパクトも負けない。エコカーに初めてスポーツ魂を注ぎ込んだホンダの自負と自嘲が見え隠れするのだ。
もっとも感動したのは、ホンダのブースだった。ショー会場に背を向けるように裏側に、巨大な書き込みボードが設置されていた。会場に訪れた多くのファンが、サインペンを走らせていた。中にはホンダへの厳しい叱咤もあり、心温まる激励もあった。
なかには、ホンダの伊東社長と思われる書き込みもあった。「ファンの言葉に耳を傾けよう」という思いが、強く伝わってきたのである。
まずファンに歩み寄って耳を傾ける。『打倒・東京モーターショー!』といった物騒なキャッチだと裏読みした自分を恥じた。裏テーマは『メーカーこそがファンの声に耳を傾ける』だった…。