間近に阿蘇山を望む大分県のオートポリス・サーキット。その一角でズボボボボ………と逞しい重低音をたなびかせているのは、あれっ、なんだ、iQちゃんじゃないですか。 全長わずか3m、横から見るとマンガみたいなプロポーションが楽しすぎる新型マイクロカー、「iQ」。でも今この目の前にいるのは、プレミアムコンパクトという前評判とは、かなり雰囲気が違う。こんな意外感こそ、実は「ホットハッチ」の原点だったりするわけです。
最初から凄いスーパーカーとは違って、ホットハッチのベースは普通の小型実用車。それがビタミン剤をガブ飲みして、「あんな小型車が、こんなに!」みたいに鋭く駆けまわってみせる、その愉快さが魅力なのだ。だったらiQ、絶好のベースには違いない。元が可愛ければ可愛いほど、仕上がった時との落差が大きいんだから。
それにiQは、超小型車とは思えないほど大人びた走行感覚で評判が高い。前を見て運転しているかぎり、自分の後ろがチョン切れているのか長いのかわからないほどだ。でも、トヨタのトップガン成瀬弘さんの目には、「う~ん、まだまだ味付けの余地、かなりあるなぁ」と見えるらしい。そこで、ちょっとばかり小手調べとして鼻のアブラをすり込んだのが、オートポリスに姿を現した、その名も「iQ GAZOOバージョン」というわけだ。
「いや、これで完成じゃないんですよ。とりあえず時間なかったからね。もっと味を深くするために、ここがスタートって感じかな」と成瀬さん。日ごろから唱えている「先味・中味・後味」理論で言えば、「まず対面して、おもしろそうだな、乗ってみたいな」と思わせる先味は、iQの場合かなり濃かったようだ。だからこそトヨタの東富士テストコースに駆けつけて、熟達の技を仕込む気にもなったのだ。
では、さっそくステアリングを握って、第二段階の「中味」、すなわち乗ってみての感触を確かめてみよう。キモはスプリングとダンパー。そのへんを成瀬流に仕立て直して、ついでに車高もわずかながら落とし、標準より大径で偏平の16インチタイヤを履かせてある。カッティングシートで前衛書道みたいに彩ったボディともども、これだけで雰囲気がガラッと変わっているのもおもしろい。
「ちょっと低いからって、特に固めたわけじゃないんですよ。『じっくり、しっかり』させたって感じ。道路の表面を素直に辿って、乗ってる人に深い安心感を与えるのが、本当のサスペンションの仕事だからね」。
たしかに、走りだした瞬間から「じっくり、しっかり」はよくわかる。こんなに短いボディなのに、急加速しても急ブレーキを踏んでも、もちろんコーナーに飛び込んでも、オヤッと驚くほど的確に水平っぽく姿勢を保ってくれるのだ。そのうえ、公道を走るつもりで、わざとデコボコの縁石を踏みつけてみても、ガタガタくるはずの衝撃がすごく少ない。
瞬間ごとの身のこなしも愉快で痛快。偏平タイヤの御利益か、ステアリングを切り込むと同時に鼻先が真横に飛ぶほど鋭く向きを変えてくれる。なのに不安定感まったくなし。このへん、思い切って5ナンバー枠いっぱいまで全幅(とトレッド)を広げた効果かもしれない。それに加えて少しだけ足回りを固めた結果、ある姿勢から次の姿勢に移るまでコンマ何秒か稼げるから、結果としてずっと安定したままなのだ。その効果は、ブレーキを踏んだままコーナーに飛び込む瞬間、もっと強く感じる。ノーマルのiQだと、ここで後ろの落ち着きが気になって、もう一歩頑張れない気がすることもあるが、このGAZOOバージョンなら、本気のレースで競り合っても、そこそこ突っ込めてしまいそうなのだ。
こういうチューニングって、ただガチガチにするより難しい。料理と同じで、たくさん調味料をぶち込むのでなく、本当に微妙なサジ加減が求められるからだ。そこをほとんど一発で決めたあたり、さすが成瀬さん、この道ウン十年の蓄積が光る。そのうえで、普通のiQの完成度の高さも再確認。基本になるボディがしっかりしていないと、ちょっと足を固めただけでバランスが崩れてしまう。
ってことは、まだまだiQには楽しい展開が待ち受けているのかもしれない。もっとプレミアム性を追求した「小さな本格高級車」もあるだろうし、この「GAZOO バージョン」を発展させて、瞬間ごとのドライビング(というよりスパーリングかな)を満喫できるスポーツ路線もありそうだ。
「本当はね、サーキットだけじゃなく普通の道路で乗ってもらいたいんですよ。今回はイベント用なんで音もバリバリ出してますけどね、そこを普通にしてみると、もっと足の味付けを感じてもらえるんじゃないですか」。そうかぁ、それ、とっても楽しみですね。
それにしても、ごちそうさま。iQ GAZOOバージョンの「後味」、とっても良かったです。
(文=熊倉重春)