第10戦 イギリスGP 2002
ミカ・サロへ100の質問 (パート1)
2002年、モナコGPにてF1参戦100戦目を達成したミカ・サロが、F1・プライベート・人生について100の質問に答える
1. ご両親のお名前は?
父はセッポ、母はターヤです。二人とも今は半分リタイアしているような感じだけれど、まだフィンランドの通信会社で働いているよ。
2. 兄弟姉妹はいますか?
9歳下のトミーという弟が一人いるんだ。
3. ニックネームはありましたか?
なかったね。みんなはいつも僕のクリスチャンネームか苗字で呼んでいるよ。
4. 学校では良い生徒でしたか?
そうではなかったね。
5. 得意科目は何でしたか?
たぶん、英語かな。
6. 英語が得意科目だったのはどうしてでしょうか?
自分でも分からないよ。フィンランドでは、フィンランド語とスウェーデン語を習うのだけれど、3年生、だいたい10歳くらいの時に、スウェーデン語を続けるか、英語を取るか選ぶことができるんだ。僕はスウェーデン語をやめて、英語を第2外国語として取ったんだよ。僕が考えていることは、珍しいことだったりするんだ。
7. 不得意科目は何でしたか?
歴史と体育。体育は、スポーツ自体というわけではなくて、体育の先生とあまり相性がよくなかったんだ。先生は僕のことが好きではなかったみたいで、それで僕はどのクラブにも入らなかったからね。
8. 学校へは何年行きましたか?
フィンランドでは、15才までの9年制で、そのあと高校へ行くか、特定の職業について専門的に勉強していくことになっているんだ。僕は、高校へ行くつもりはなかったよ。車が好きだったから、何か自動車関係のことに挑戦してみたかったんだ。また、僕は、少しの間だけれど、電力会社へ勤めたこともあったよ。
9. 電力会社では何年勤めたのですか?
2年間で、屋内電気設備関係をやっていたよ。
10. 子供の頃、夢中になったアイドルはいましたか?
いなかったね。
11. カート(Kart)は何歳から始めたのですか?
初めてレースに出たのは6歳の時だけれど、ゴーカートを初めて運転したのは、5歳の時。学校に行っていたときはずっとカート(Kart)に乗っていたけれど、プロのレーシング・ドライバーになることは全く考えていなかったよ。
12. なぜ最初にカート(Kart)を始めたのですか?
僕たちは、サーキットの近くに住んでいて、父がレースをとても好きで、よく僕を連れて見に行っていたんだ。ある日、父の会社がカート(Kart)の催しを開いたことがあって、僕も参加したのだけれど、それが僕のカート初体験だったね。
13. 子供の頃はテレビでF1を見ていましたか?
1982年にケケ・ロスベルグが優勝するまでは、フィンランドではF1はテレビ放映されていなかったんだ。とはいっても、僕は自分のレース活動で忙しくて、しっかり見る時間がなかったよ。
14. レースで初優勝したのは、いつ、どこでですか?
6歳のときの初出場のレースで優勝したんだ。とはいっても、実は6歳の部門では僕一人しか出場者がいなかったんだけれどね。年がまだ小さすぎたから、年上の、だいたい8歳くらいの子供たちと一緒にレースをして、僕だけのカテゴリーで優勝したというわけだね。
15. どうしてプロのレースドライバーになったのでしょうか?
僕にとっては偶然の巡り合わせといった感じかな。イギリスでF3をやっていたときは、スポンサーが一つしかついていなかったけれど、僕は趣味でレースをしていたようなものだったから、それはそれほど大きな問題ではなかったよ。日本へ呼ばれてから、ドライビングで収入を得るようになって、それから、プロとしてレースを始めた方がよいのではないかと思いはじめたんだ。
16. F1での一番良い思い出は何ですか?
1999年のモンツァでフェラーリに乗って3位になったことは忘れられないよ。僕が表彰台の上に立っていることが、ファンにとっても信じられないことだっただろうね。大騒ぎだった。けれど、これは僕にとっての一番ではないよ。95年のティレル時代にはいろいろな思い出があった。パワー不足のために、いつも6位から8位くらいの成績だったけれど、数々のすばらしいレースをしてきたよ。今は、パナソニック・トヨタ・レーシングでレースをしているけれど、僕にとっても今までより良い時が来るのではないかと思っているよ。これから先、このチームはきっと成功すると確信しているからね。
17. 今までの経験で一番印象に残っているレースはどのレースですか?
1988年のヨーロピアン・フォーミュラ・フォードは良かったね。僕は全レースで優勝して、オステルリッヒ(現A1リンクの前身)ではM.シューマッハを打ち負かしたんだ。F1はグレイトだけど、最高のレースはすぐそばにあったりするんだ。だから想い出を思い返したりするんだね。
18. 影響を受けた人は誰ですか?
父親だね。
19. 今のF1ドライバーで一番仲が良いのは誰ですか?
みんなとうまくやっているのだけれど、ジャック(ビルヌーブ)とは、日本で一緒にレースをして以来の知り合いで、いつもしゃべっているよ。
20. ライバルと親友になることは難しいですか?
そんなことはないよ。ドライバーたちは休みが重なるから、一緒に出掛ける機会も多いからね。
21. パナソニック・トヨタ・レーシングでのチームメイト、アラン・マクニッシュとの関係はどうですか?
仲良くやっているよ。レースのこと以外でも、いろいろ同じようなことに興味を持ったりしているんだ。一緒にどこかへ行ったりすることはないけれど、いろいろ話をしたりしているんだ。
22. これまでに一緒に戦ったF1のベスト・チームメイトは誰ですか?
ドライバーとしては、ヨス(フェルスタッペン)。ヨスはものすごく速いドライバーだったよ。人柄ということなら、チームメイトとは誰とでも仲良かったね。ウキョウ(片山右京)とは一緒に楽しく過ごしたし、ペドロ(ディニス)もそうだったね。ザウバーで一緒になった最初の年はそうでもなかったのだけれど、2年目のシーズン中にはすっかり親しくなっていたよ。エディ(アーバイン)はエディだったね。アランとも、うまくやっているよ。
23. F1のベストドライバーは誰でしょうか?
今だったら間違いなく、ミハエル(シューマッハ)だね。
24. 今のF1ドライバーが、もしレースで今年のフェラーリに乗ることができたら、誰でも優勝することができるものでしょうか?
たぶん、無理だろうね。ミハエルはフェラーリでの長年に渡る経験があるから、チームやクルマからあらゆる可能性を引き出すことができるんだ。他のドライバーでは、その半分くらいの力しか使いこなせないよ。
25. F1の歴史の中でのベストドライバーをあげるとしたら誰ですか?
僕にとっては難しい質問だね。最近のドライバーしか知らないからね。あえて言うなら、ミハエル(シューマッハ)かな。
26. フィンランド人ドライバーがたくさん活躍しているのには、何かわけがあるのでしょうか?
どうしてかな。僕たちがどこか特別だとは思わないし、偶然、フィンランド人が活躍しているということじゃないかな。
27. 自分以外で、F1のドリームチームを作るとしたら、どんなドライバーラインナップにしますか?
契約金がもう少し安くなるなら、の話だけれど、まず、ミハエル(シューマッハ)にドライバーシートを。もう一つのシートはキミ(ライコネン)に。そして、(ファン・パブロ)モントーヤをテスト・ドライバーに選ぶね。
28. 好きなサーキットはどこですか?
スパ(ベルギー)やモンツァ(イタリア)、モナコとか、オールド・ファッション(旧式)のサーキットが好きだね。どこも挑戦のしがいがあるところだからね。反対に、例えば、A1リンク(オーストリア)などの、スタジアム・サーキットはあまり好きじゃないんだ。もちろん、ここでは今シーズン、僕が8位、アランが9位と、チームとしては3回目の2台完走という、良いレースができたところだったということは、つけ加えておかなければいけないけれどね。
29. 嫌いなサーキットはどこですか?
ニュルブルクリンク(ドイツ・ヨーロッパGP)、A1リンクとハンガロリンク(ハンガリー)の3つが、あまり好きにはなれないね。
30. フィンランドGPを見てみたいと思いませんか?
レースドライバーを引退した後ならね!パスを欲しがる友達がとてもたくさんいるからね。でも、いつの日か、フィンランドGPは見てみたいよ。
31. モナコではいい結果を出していますが、秘訣を教えてください。
モナコGPの期間中はどこにもぶつかったりしないことだね。ドライバーとして、僕はあまりミスをしないタイプだから、モナコでも、他のサーキットと同じレベルでドライブすることができるんだ。ここの市街地コースでミスをしてしまうと、それでレースはもう終わってしまうから、モナコGPではちょっと調子を落としてしまうドライバーがいるよね。
32. 過去に乗ったF1カーの中で一番良かったクルマはどれですか?
パフォーマンスの点なら、'99年のフェラーリだね。けれど、最高のクルマと言えば、'96年のティレル。あのクルマはバランスがとてもとれていて、セットアップがいつもすごく早くスムーズにすんだんだ。一つだけ欠点を上げるとすれば、パワーが足りなかったところで、ストレートでは速さにして時速20kmくらい、他のクルマにいつも遅れをとってしまっていたね。
33. パナソニック・トヨタ・レーシングの一番良いところはどこですか?
パナソニック・トヨタ・レーシングは完全に新しいチームで、エンジンとシャシーの両方をゼロからつくりあげているという、ユニークなチャレンジをしている。僕はこのチームで重要な任務を任されていて、とてもうれしく思っているよ。
34. 今シーズン、残されたグランプリレースでは何を目標としていますか?
もっとポイントを獲得することだね。
35. パナソニック・トヨタ・レーシングがF1での最後の所属チームとなるのでしょうか?
たぶん、そうかな。どんなレースドライバーも、いつかは引退する時が来るものなんだ。いつかチャンピオンシップをとれるだろうという将来性のあるチームでキャリアを終えるのも悪くはないね。もっとも、僕がドライバーでいるうちにそうあって欲しいけれどね。
36. パナソニック・トヨタ・レーシングのオベ・アンダーソン社長との関係はどうですか?
とてもいい関係だよ。チームへ来るまでは、オベのことはよく知らなかったけれど、僕たちはとてもいい関係を築いている。オベは数多くの批判を受け入れることのできる人で、必ずしも良い報告でなくても、きちんと聞いてもらえるんだ。
37. TF102(パナソニック・トヨタ・レーシング F1カー)のメカニックとはうまくいっていますか?
まだそれほど長いつきあいではないけれど、名前は全員分かるよ。話をしたりするけれど、仕事以外のことまではまだ分からないかな。僕も、ある程度経験のあるドライバーだけれど、ここのメカニックのみんなは仕事が早いね。スペインGP金曜のフリープラクティスの時に、リアパーツを10分ですっかり替えてしまったことには驚いたね。こんなに早い仕事を見たのは初めてだったから、びっくりしてしまったよ。
38. ギアボックスの取り替え方など知りたいと思いませんか?
それはたぶんないかな。F3時代に、僕はクルマのメカニックなところは、直接自分でいじったりしないほうがいいっていうことを知ったんだ。メカニックを手伝って、クルマの後輪のホイールを着けたことがあるのだけれど、その2分後くらいに一人のメカニックが僕の仕事をチェックしに来て、ブレーキパッドを着け忘れていることを指摘されたんだ!そんなこともあって、もうレーシング・カー自体には触ったりしないんだ。
39. レーシング・ドライバーとして、最大の目標は何ですか?
レースで優勝することだね。これが目標でなければ、レースをやる意味がないよね。
40. レーシング・ドライバーをしていて、良かったと思うことは何ですか?
得意なことを、とても楽しんでやっているということだね。仕事をしているという感じは全然しないよ。
41. レーシング・ドライバーをしていて、都合の悪いことはありますか?
移動ばかりしていることだね。家でゆっくりする時間が充分にとれないんだ。
42. レースの怖さというのは、F1にはつきものなのでしょうか?
そうだね。そうでなければならないし、そういった緊張感を持つということは大切なことだからね。もし、レースに対する怖れを忘れてしまったら、普通では考えられないようなおかしなことをしてしまうよ。もしそんなことをしてしまったら、自分自身を傷つけてしまうことになってしまう。人生で一番大切なことは、健康でいることだからね。
43. トレーニングには一日に何時間くらいかけますか?
日によるけれど、2~3時間はかけるようにしているよ。
44. レーシング・ドライバーを引退したあとは、何をする予定ですか?
正直言って、まだ何も考えていないんだ。
45. もしドライバーでなければ、F1で何かやりたかった仕事はありますか?
わからないな。僕はずっとレーシング・ドライバーになりたいと思っていて、実際に今がそうだからね。僕にとっては、ドライバーという仕事が、F1ビシネスでは絶対に一番の仕事だよ。
46. 今までの人生最高の出来事は何ですか?
マックス! FIA(F1主催団体)会長のマックス・モズレーさんのことじゃないよ。僕の息子のマックスが生まれたことだね。
47. マックス君をレーシング・ドライバーにしたいですか?
もし彼がレーシング・ドライバーになりたいと言ったら、応援するよ。
48. マックス君が生まれて、生活が変わりましたか?
それほどでもないけれど、レースやテストが終わった後は、以前よりずっと急いで家に帰るようになったね。マックスが生まれる前は、レースが終わってからもサ-キットに残って打ち上げをすることが楽しみだったからね。
49. マックス君の存在が、サーキットでのパフォーマンスに影響していますか?
特にそんなことはないよ。
50. マックス君へ伝えていきたいことは何ですか?
まわりのすべての人に対して、誠実でいることと、礼儀正しくいることだね。
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