第5戦 スペインGP 2003
2003年05月04日(日)
竹内一雄モータースポーツ部レースエンジン開発室長に聞く:決勝
日本の技術が注ぎ込まれた
新スペックエンジンがもたらした待望の初入賞
しかし、この成果に手放しで喜んではいない
「自分たちで作れるものは自分たちで作るのがトヨタのポリシー」だと語るのはモータースポーツ部レースエンジン開発室長の竹内一雄である。竹内は日本の東富士研究所とF1レースの現場を行き来し、自分の肌で感じたことをエンジン開発の現場にフィードバックしている。
「軽さ、高回転をどこまで追い込めるのか。製造技術の限界に挑戦したいという意気込みが社内にあります。F1のエンジンで到達した技術が、量産車に役立つ場合があるし、またその逆もある。WRC、ル・マン、CARTでの実績があるからこそ、今のF1の技術がある。欧米にはレース専門の部品メーカーがあり、高い技術をもっていますが、『負けてなるものか』という気持ちです」
TF103に搭載されるRVX-03型エンジンのシリンダーヘッドやシリンダーブロックは、トヨタ自動車の内製だ。愛知県のトヨタ本社地区、明知工場で製造されている。製造に関わっているのは鋳造生技部、ユニット生技部、生技開発部などの面々。ヘッドやブロックの鋳造は、木型製作/中子成型/中子組付/鋳込み/検査のプロセスを経て行われるが、例えば木型や中子の過程では、“匠の技”という表現がふさわしいほど、精度の高い技術が要求される。
軽量化や回転数の上昇を約束する設計であっても、設計図どおりに製作できなければ意味をなさない。それを可能にするのが、トヨタの匠たちだ。彼らは熟練の技で肉厚を極限まで薄くし、高回転に耐えうる均一な鋳込みを行い、要求の厳しい公差(許される最大寸法と最小寸法との差)の範囲内に仕上げる。バルセロナに持ち込んだニューバージョンのエンジンも、こうしたプロセスを経て誕生した。
金曜日のフリー走行から順調な走りを見せつけ、ダ・マッタが6位入賞を果たしたのは、もちろん、エンジンだけの力ではない。空力やトラクションコントロールの改良、タイヤ選択、レースの戦略、すべての要素がうまくまとまった結果である。だが、燃費を改良して持ち込んだ新しいエンジンの力を見逃すことはできないのもまた事実だ。その点を竹内は喜ぶ。
「エンジンに信頼性が出てきたので、今回は燃費の向上に取り組みました。戦略の自由度を高めるのが目的です。燃費というと非常に地味に思われるかもしれませんが、自分は誇りに思っています。クルマが遅くて燃費がいいのは当たり前。速くして燃費を良くするのが自分たちのターゲットです。国内で最高、おそらく世界を見渡しても最高の技術だと思うんですが、トヨタ自動車は1万9000rpmまで、ピストンの温度を測る技術を持っています。例えば、何度まで温度が上がると壊れる、どこまでだったらもつ、というような実験を繰り返して、少しずつ攻めていくんです。パッとやってパッとものになるものではありません。地道な開発の積み重ねでつかんだ結果です」
「トヨタ自動車の社内で作った部品が中に入っています。そのエンジンで結果を引き寄せたのがうれしい」と竹内はことのほか喜んだ。「はるばる明知工場からやってきたんですよ、このエンジンが。まだまだ策はあります。長期的な視野に立って開発しているプロジェクトもありますが、そんなことは言っていられません。今回のようなレースを見れば、東富士研究所のモチベーションも上がったことと思います。モチベーションが上がれば開発のスピードも上がる。次はもっと性能を上げますよ。もっと空気を入れて、良く燃やして、フリクションを減らす。それだけです」
加えることに、車体側との連携プレー。「エンジンのパワーをいかに効率よく路面に伝えるか。エンジンのことだけ考えればいいのではなくて、車両も含めたパッケージで考えないと勝てない。エンジンもクルマの一部ですから」
パナソニック・トヨタ・レーシングの誰もが喜んだダ・マッタの6位入賞だが、竹内が喜んだのは、レース中盤、ダ・マッタがウイリアムズのファン-パブロ・モントーヤを追いかけるシーンだった。
「一番うれしかったのは、ダ・マッタの2回目のピットストップの前にモントーヤと渡り合ったことです、というのは、CARTエンジンの開発を通じてダ・マッタとも一緒に働きましたし、モントーヤとも一緒に働いたからです。アメリカのCARTではなくて、ヨーロッパのF1で同じことをやっている。私の夢はアメリカでやったのと同じことをヨーロッパで再現することですからね。今日のレースでその夢をかいま見ることができました」
手放しで喜んでいるばかりではない。竹内は「うれしさ半分。悔しさ半分」だと語る。
「悔しさの理由は、レース終盤にダ・マッタがシューマッハーとアロンソに周回遅れにされたことです。せっかくラルフ・シューマッハーとサイド・バイ・サイドでやり合っているところに、後ろからフェラーリが来てルノーが来た。同一ラップで、すごく高いレベルの勝負をしたいですね」
「5W1Hという言葉があります。トヨタの5Wは『5回のホワイ』という表現があるんです。プロが見れば1つや2つのホワイには答えられる。ですが、3つや4つになると答えることができない。ところが、5回のホワイを極めることでクルマは速くなる。そういうことです。『エンジンが教えてくれる』という言葉もあるんです。エンジンはクルマの一部だと言いましたが、クルマもエンジンの一部と言うことができる。クルマの動きが、エンジンがどうあるべきかを教えてくれることもあるんです」
「6位で満足してはいけないんです」というひと言が、竹内の第5戦スペインGPを締めくくる言葉だった。
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