GR86/BRZ Cup 2026 スペシャルコンテンツ Vol.2
[プロフェッショナルシリーズでの2強によるバトル]
タイヤメーカーの
威信をかけた開発競争をひも解く
マルチメイクのレースだからこそ生まれた
先進の技術が量産モデルに繋がる
国内外のモータースポーツシーンではタイヤのワンメイク供給が進むなかで、86/BRZ Cupでは発足当初の86/BRZ Race時代からマルチメイクでの競い合いとなっている。2015年から同レースはプロフェッショナルシリーズとクラブマンシリーズの2クラス制となり、最大で5社のタイヤメーカーによるバトルが展開されていた。GR86/BRZ Cupのプロフェッショナルシリーズは、2024年シーズンからブリヂストンとダンロップによる「一騎打ち」となっていて、単なるドライバー達のレースに留まらず、タイヤメーカー同士の開発競争が可視化される極めて稀有な舞台となっている。
このマルチメイクという構造が持つ意味について、ブリヂストンの開発担当である渡辺駿氏は「市販タイヤをベースにしながら他社と競うことで、開発や技術の向上スピードが非常に速くなっています」と語る。GR86/BRZ Cupで使用されるタイヤは、あくまで量産を前提とした設計であり、純粋なレース専用のスリックタイヤとは異なる制約の中にある。そのなかで勝利を目指す以上、開発には常にライバルとの比較が伴い、結果はラップタイムやレースでの勝利として即座に表れる。
一方、ダンロップの開発担当である堀口俊樹氏も、このカテゴリーを「技術開発のメリットが最も大きいフィールド」と位置づける。素材の配合や構造設計にとどまらず、数多くのテストによってタイヤの良否を判断する評価技術そのものも磨かれていくという。マルチメイクであるがゆえに、開発のスピードや技術の革新は否応なく引き上げられているようだ。


PS製品設計第1部
PS製品設計第2課
渡辺 駿 氏
「GR86/BRZ Cup用のタイヤ開発は一般的な量産モデルに比べるとスパンが早く、新しい技術を常に考えて用意しないといけません。短い期間で開発し投入するというサイクルによって、開発技術はかなり進歩しています」と、短く制約された開発期間によって技術研鑽が進んでいるとのことだった


タイヤ事業本部
モータースポーツ部
モータースポーツ開発3グループ
堀口 俊樹 氏
「現状のタイヤ開発では、パフォーマンスを引き上げていく設計的な技術はもちろんですが、タイヤそのものの性能を判断する評価技術も向上しています。これらの知見は、今後の量産タイヤ開発にも大いに繋がっていくと思います」というように、GR86/BRZ Cup用のタイヤ開発では多方面の技術が得られている
2022年シーズン以降は
1年ごとにチャンピオンが入れ替わる
こうした開発競争は、近年のチャンピオン争いにも明確に表れている。GR86/BRZ Cupのタイヤに関してのレギュレーションでは年に1回のスペック変更が許可されているが、2022年以降のプロフェッショナルシリーズのタイトルはダンロップ→ブリヂストン→ダンロップ→ブリヂストンと、両メーカーが交互に獲得する構図となっている。
その背景には、投入されるタイヤの進化がある。ブリヂストンのPOTENZA RE-10Dは2024年の第4大会十勝スピードウェイでデビューし、2025年の開幕前に商品改良を実施。一方、DIREZZA β07は2025年の第6大会鈴鹿サーキットで投入され、いずれも2026年シーズン開幕に向けてイヤーモデルへと進化を遂げた。単発の性能ではなく、継続的なアップデートによって勢力図が揺れ動いている点こそ、このカテゴリーの特徴である。
プロフェッショナルシリーズ用のタイヤ開発の特殊性は、さらに別の側面にもある。それが “量産タイヤ“ であることによる時間的制約だ。一般的なレーシングタイヤであれば、1ヶ月から2ヶ月といった比較的に短いスパンで仕様を決定することが可能となっている。しかしGR86/BRZ Cupのタイヤは量産ラインに乗せることが前提であるため、実際の投入から遡って半年前くらいには仕様を固める必要がある。
すなわち、半年後や1年後にサーキットで求められる性能を予測し、その時点で最適解を導き出さなければならない。ライバルの進化やコンディションの変化を完全に見通すことができない中で決断を下す必要がある点こそ、GR86/BRZ Cupのタイヤ開発を難しくしている要因である。
BRIDGESTONE POTENZA RE-10D

2024年シーズンの第4大会十勝スピードウェイで投入されたのが「POTENZA RE-10D」になる。2025年のシーズン前にアップグレードを施し、堤優威選手によってシリーズチャンピオンを獲得。ドライ、ウエットなど状況に関わらず優れた性能を発揮することが特徴となる
DUNLOP DIREZZA β07

鈴鹿サーキットで開催された、昨シーズンの第6大会でデビューしたダンロップの新作モデルが「DIREZZA β07」になる。予選でのパフォーマンスはそのままに、決勝レースでの平均ラップタイムも向上させている。ドライ路面での性能はライバルを上回っているといわれる
独走を許さないタイヤメーカーによる意地の戦い
| 86/BRZ Race | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2013年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
YOKOHAMA |
GOODYEAR |
||
| 2014年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
YOKOHAMA |
GOODYEAR |
||
| 2015年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
YOKOHAMA |
GOODYEAR |
||
| 2016年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
YOKOHAMA |
GOODYEAR |
||
| 2017年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
YOKOHAMA |
GOODYEAR |
||
| 2018年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
YOKOHAMA |
GOODYEAR |
||
| 2019年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
GOODYEAR |
NEXEN |
HANKOOK |
|
| 2020年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
GOODYEAR |
NEXEN |
||
| 2021年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
NEXEN |
|||
| GR86/BRZ Cup | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2022年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
NEXEN |
|||
| 2023年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
NEXEN |
|||
| 2024年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
||||
| 2025年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
||||
| 2026年 | BRIDGESTONE |
DUNLOP |
||||
そのうえで、両メーカーの開発思想には明確な個性が存在していた。ダンロップは一貫してピークグリップを重視するアプローチを採ってきた。堀口氏は「ここまでは、まずピークグリップで勝つことを開発の優先事項にしてきました」と語り、予選での一発の速さを優先し、グリッドの最上位を目指すモデルを作り上げてきた。
実際にウエットコンディションでの性能をやや犠牲にしてでもドライ性能を引き上げてきた経緯がある。その結果として、近年は戦闘力を大きく高め、「戦える位置」に到達したという手応えを得ているそうだ。今後はウエットコンディションでの性能向上が課題となり、開発は次のフェーズへと移行しつつある。
一方のブリヂストンは、総合的に性能を引き上げるという思想で開発を行なっていて、「どのサーキットでも、どの路面温度でも、ウエットでもドライでも速いタイヤが理想です」と渡辺氏は語る。すべての条件で高いパフォーマンスを発揮することを目標とするが、現実にはすべてを高次元で追い求めることは難しく、各要素のバランスを取りながら、量産の判断を行なっているそうだ。


堤 優威 選手
2018年から86/BRZ Raceのプロフェッショナルシリーズに参戦し、8年目となる2025年シーズンに念願のシリーズチャンピオンを獲得。参戦8年でポールポジションは3回、7勝を挙げている


菅波 冬悟 選手
2017年から86/BRZ Raceのプロフェッショナルシリーズに参戦し、2021年と2024年にシリーズチャンピオンに輝いている。参戦9年で、ポールポジションは16回、15勝を挙げている
最適解がない中で
1年先を見越したタイヤ開発
では、そのGR86/BRZ Cupで使用するタイヤの開発はどのようなフィールドで行なわれているのだろうか。ここで重要な役割を担っているのが開発ドライバーである。彼らは単に速さを競うのではなく、タイヤの性能を限界まで引き出したうえで、その挙動を言語化し、開発陣へフィードバックする役割を担う。
ダンロップの開発ドライバーである菅波冬悟選手は、「レースで使うタイヤの開発になるので、やはり勝てなければ意味がないです。なので、乗りやすさよりもパフォーマンスが重要です」と語る。他社よりグリップし、その性能が長く持続することが勝利の条件であり、扱いやすさは必ずしも最優先ではないという。
一方、ブリヂストンの開発ドライバーである堤優威選手は、「やはり、勝てるタイヤを作るというのは絶対条件です。ただ、開発の過程で、タイムが出なかったとしてもダメと割り切らず、良い要素を探すことも行なっています」というように、次の開発へのヒントを見つけ出す役割も担っている。たとえ即座にタイムへ結びつかない仕様であっても、その中にある可能性を見逃さない姿勢は、開発の精度を高めるうえで不可欠なものだ。
さらに、開発テストとレースの本戦では路面状況が異なる点も難しさのひとつである。テストでは限られたサーキットや走行条件となる一方、レースでは多数の車両によって路面が変化し、気温や路面温度もタイヤ性能に大きな影響を与える。こうした不確実性を前提としたうえで最適解を導き出すことが、タイヤ開発の最大のハードルであり、やりがいだろう。
両メーカーに共通するのは「開発の終わりはない」という認識である。渡辺氏は「やりきったと思えることはない」と語り、堀口氏も現在のモデルを「まだ山の途中」と表現している。投入されるタイヤは完成形ではなく、その時点での最善に過ぎない。開発は常に継続していて、進化を止めることは許されないのである。
こうして生まれた技術は、市販タイヤへと確実にフィードバックされる。ブリヂストンにとっては2025年12月に販売されたPOTENZA RE-71RZにおいて、GR86/BRZ Cup用のタイヤ開発で得た技術が落とし込まれているといい、ダンロップも次世代のスポーツタイヤを開発するときには現状で得ている知見が活かされるはずという。性能だけでなく、設計思想や評価技術そのものが量産モデルへと波及していく点に、このカテゴリーの本質的な価値がある。
GR86/BRZ Cupにおけるタイヤ競争は、単なる勝敗の争いだけではない。マルチメイクという環境の中で、限られた時間と条件のもと、各メーカーが最適解を模索し続ける。そのプロセスこそが技術を進化させ、市販タイヤへと還元されていく。
ドライバーの腕を競うレースでありながら、その裏側ではタイヤメーカーの競技の場ともなっている。発足当初から10年以上にわたってマルチメイクを維持してきたことにより、GR86/BRZ Cupは“開発の最前線”として重要視されたのだ。