GR86/BRZ Cup 2026 スペシャルコンテンツ Vol.5
プロドライバーのシミュレーター活用術
コンマ1秒を削るための「SIMトレーニング」
モータースポーツは、マシンを走らせるだけでも多くのコストを必要とする。タイヤや燃料、サーキットの走行料はもちろん、車両のメンテナンスやスタッフの帯同など、実車での走行を重ねるためには相応の環境が必要だ。さらにカテゴリーによってはテストや走行機会そのものが制限されている。そのなかで、近年ますます重要性を高めているのがシミュレーター、通称「SIM」を使ったトレーニングだ。コース習熟だけでなく、ドライビングの修正やセットアップの検証、さらには予選やレースを想定したトレーニングまで、その活用方法は多岐にわたる。
今回はGR86/BRZ Cupプロフェッショナルシリーズに参戦する3選手に登場してもらいSIMトレーニングの現状を聞いた。3年ほど前からSIMを本格的に取り入れた市森選手に対し、冨林選手と岡本選手は若い頃からバーチャルの世界で腕を磨いてきた世代。SIMとの出会いも使い方も異なる3人は、バーチャルで得た経験をどのようにリアルの速さへと変えているのか。その活用法とはどのようなものか語ってもらう。
弱点を集中的にトレーニングすることができる
――市森選手は、かなりの頻度でSIMに乗っているそうですね
市森 夜に時間があればほぼ毎日ですね。寝るのが12時とか1時なので、それまで1 ~ 2時間ほど。休日は半日乗っていることもあります。SIMを導入したのはGR86/BRZ Cupに参戦することを決めてからなので、2年余り前です。モータースポーツは実車に乗れる機会が少ないですし、トップドライバーもSIMトレーニングを取り入れています。それならアマチュアドライバーの僕には、もっと効果があるんじゃないかと思ったのがきっかけです。
――実車での経験が豊富ですし、最初からSIMでも普通に走れましたか?
市森 いや、まったくできませんでした(笑)。実車の感覚でSIMに乗ると走れないんですよ。最初はSIMそのものに慣れるのに苦労しました。ただ、慣れてくると実車との違いを自分のなかで整理できるようになります。僕の場合は、さらにSIM側を実車のGR86カップカーに近づけています。ZENKAI RACINGにお願いして車両(MOD)のデータを調整してもらい、筐体のドライビングポジションも実車とほぼ同じです。そのうえで実車とSIMを行き来しながら、どうしても再現できない部分は頭のなかでキャリブレーションしています。
――市森選手がSIMで重点的に練習しているのは?
市森 今もっとも意識しているのが苦手のブレーキリリースです。僕は“昭和のドライバー”なので(笑)、昔の癖が染みついています。SIMならロガーでブレーキの波形を確認できるので、速いドライバーのデータと比較しながら合わせていく。それを繰り返すと、本当に実車のブレーキングが変わってきました。以前は実車に乗るとタイムばかり見ていましたが、今はSIMで練習した操作ができているかを、はじめに確認するようになりました。走行の途中でマシンを降りてロガーを見て、できなければもう一度コースに戻って試すこともあります。
岡本 そこは僕もすごく共感します。ただ、僕はGR86カップカーに似たマシンではなく、もっと操作が難しいマシンで練習したりします。ひとつの課題に対してハードルの高いマシンを使って操作を試して、自分の頭のなかに一度“回路を作る”ようなイメージです。それから実車に戻る。だから必ずしも実車とSIMのMODが似ている必要はないと思っています。なによりも、GR86カップカーはタイヤのグリップも含めて特殊な領域にあるので、詳細まで再現するのは非常に難しいです。
――岡本選手は現在、どのようなときにSIMを使っていますか?
岡本 SIMとの関わりは色々なフェーズがあると思います。僕も始めたばかりのころは、四六時中やっていました。今は、課題が出たときですね。例えば実車でうまくいかなかったとき、速い選手のインカー動画を見て「自分のマシンとは動きが違う」と感じることがあります。そこで、いきなり実車で試すとセットアップを崩してしまうので、まずSIMで「ここを変えたらマシンはどう動くのか」を試します。別に同じGR86カップカーでなくてもいいんです。ただし、そこで分かったことをそのまま実車へ持ち込めるわけではないので、最後は実走行で確認する必要があります。
――冨林選手はSIMやゲームをどう活用していますか?
冨林 僕の場合、実車ばかり乗っていると、良く言えば実車向きの運転になるんですけど、悪く言えば操作が少しずつ雑になってくる感覚があります。実車はタイヤのたわみもありますし、多少強引な操作をしても曲がってくれる。でもSIMは実車より情報量が少なく、ちょっとしたブレーキ操作で曲がる、曲がらないがはっきり現われます。だから一度すべての操作を“きれいにする”ためのツールとして使っています。もうひとつは、自分の運転を凝り固まらせないことにも有効です。今、自分たちが実車で使う走らせ方が数年後も正解とは限りません。僕は若いeモータースポーツの選手たちとも走りますが、走り方に気づかされることがあります。ゲームの走り方でも速いなら、その理由を知っておきたい。実際にオートポリスはグランツーリスモでトップ選手のリプレイを見たことが、実車で得意になったきっかけでした。
SIMはレース感覚を養うのには打って付け
――SIMだと色々なセッティングを試せると思いますが、どんな環境で走りますか?
冨林 遊びですが、昔は雨のニュルブルクリンク北コースを、1000馬力くらいあるマシンに全然グリップしないタイヤを履かせて走ったりしました(笑)。普通ならまともに走れないような条件です。僕らはいろいろなカテゴリーのマシンに突然乗ることがあるので、短時間でマシンを乗りこなす能力が必要です。操作が難しいマシンをSIMでたくさん経験したことは、実車での対応力につながっていると思います。
――SIMは操作性の向上だけでなく、レースそのものの練習にも使えますか?
岡本 レースの感覚を養うのにはすごく役立つと思います。バトルって“じゃんけん”に近くて、相手がどのようなラインを狙うのか、ブレーキングで飛び込むのか、守るのかという読み合いなのです。その引き出しは経験した回数が多いほど増えるはずです。SIMならいつでも、何度でもバトルできますからね。
冨林 僕も以前は、仲間とeスポーツのシリーズ戦をやっていました。ポイントもあって、誰より前でゴールすればチャンピオンになれるのかを考えながら走る。実車でタイトルが懸かったレースでも冷静に戦えたのは、ゲームでそういう経験を繰り返していたことが大きかったと思います。単に周回するのではなく、「何のために走るのか」という目的を作ることが大切ですね。
このようにSIMとの付き合い方は三者三用だが、ドライバーとしての引き出しは確実に増えるというのが結論だった。近年は、シミュレーターから実際のレースにステップアップする選手が確実に増えている。今後は、これまで以上に“SIM”の使い方が勝負に影響していくのだろう。
-
NiX JAPAN 5ZIGEN GR86 #291
市森友明選手
1968年6月2日生まれ。1991年にレースデビューし、中山サーキットのAE86クラスでシリーズチャンピオンを獲得。一時はレース活動を休止していたが、2007年にインテグラ西日本シリーズを戦いシリーズチャンピオンに輝き、シビックインターカップでは2009年と2011年にシリーズ2位。86/BRZ Raceには2014年からエントリーし、2015年~ 2018年はフル参戦。2016年にシリーズランキング12位、2019年に第8戦で4位に入賞している。GR86/BRZ Cupに移行してからも積極的にスポット参戦を重ね、2026年はフル参戦中。
-
K-one 愛知トヨタ DL GR86 #17
冨林勇佑選手
1996年5月4日生まれ。2016年にグランツーリスモ世界大会で優勝を果たし、2018年から実車でのレース活動を開始。2019年にはロードスターパーティレースの東日本シリーズでシリーズチャンピオンを獲得する。同年にスーパー耐久にスポット参戦し、2020年にはST3クラスでシリーズチャンピオンに輝く。また、同年から86/BRZ Raceのクラブマンシリーズにエントリーを始め、翌年にはプロフェッショナルにステップアップ。2022年にシリーズチャンピオンを獲得している。併せてSUPER GTにも2022年から継続参戦中。
-
四国自動車博物館 5Zigen BS GR86 #293
岡本大地選手
1998年6月22日生まれ。学生時代からシミュレーターでiRacingのタイムアタックやレースを始める。18歳になった2016年にはJAFライセンスを取得し、スーパーFJシリーズに参戦。2017年に岡山シリーズのチャンピオンを獲得し、翌年にはFIA F4選手権にスポット参戦を果たす。2019年にはFIA F4選手権にシリーズ参戦し、ランキング10位。同年には86/BRZ Raceにネクセンタイヤの開発ドライバーとして出場を始める。GR86/BRZ Cupに移行してからも参戦を続け、2025年シーズンはランキング3位、これまでに2勝を挙げている。
ZENKAI RACING TOKYO
東京都台東区雷門2-4-1
https://zenkairacing.tokyo/
SIMの開発やデバイスの販売などを行なっているZENKAI RACINGのシミュレーターが常設されている「ZENKAI RACING TOKYO」。2台のオリジナルSIMが置かれていて、10分単位から利用することができる。月額のサブスクプランや貸し切りなども用意していて、幅広いユーザーの要望に応えてくれる。
プロドライバーは「SIM」をどのように使いこなしている!?
K-one 愛知トヨタ DL GR86 #17
冨林勇佑選手
実車よりも情報量の少ないなかで
いかに正確な操作ができるかを磨く
GR86/BRZ Cup、スーパー耐久、SUPER GTと多くのカテゴリーに参戦し、eモータースポーツでは監督を務める冨林選手。「学生の頃はグランツーリスモばかりやっていて、SIMをやるようになったのはレースを始めたときと同時です。一般大衆に向けているグランツーリスモはSIMや実車よりも情報量が少なく、その中で尖るというのは普通の人がわからない領域を感じ取るということだと思います。SIMでも難しいマシンで操作を磨くことが、走行機会の少ない実車に生きています」というように、車両に特化するより、バーチャルで操作のベースを作り上げたようだ。
四国自動車博物館 5Zigen BS GR86 #293
岡本大地選手
優勝した選手のインカー動画を見て
マシンの方向性を確認することもある
JAF主催のeモータースポーツ「UNIZONE」にも出場している岡本選手は、AIを使ったロガー解析アプリの開発も行なっていて、ドライバーの中でもシミュレーターやシステムをかなり熟知した一人。「最近はSIMに触れる時間が取れていないのですが、GR86/BRZ Cupで成績が出なかったときに、優勝した選手の動画と比較して車両の動きを確かめたことはあります。完全に再現するのは難しいですが、方向性を掴むことができれば、後は実車に落とし込んで確認しています」と現実的にSIMを使うこともあるが、ほかの選手と同様に高い再現性を求めてはいないという。
栃木スバル DL BRZ #89
奥本隼士選手
多彩なマシンに乗って1回でタイムを出すことを意識する
Racing TEAM HERO’SでSIMトレーニングのコーチも行なっている奥本選手。ジェントルマンドライバーは、即座に操作を指摘できるシミュレーターを使うことで、上達の時間を短縮させることができるという。本人のトレーニングは、「同じマシンに乗りすぎないようにしていて、選んだマシンの癖をすぐに掴むことを意識しています。例えば、旧型の過給が激しいドッカンターボのマシンなどでタイムアタックをして練習することもあります。これによってコンディションがすぐに変わる実車での対応力を引き上げています」というように、どんなマシンに乗ってもすぐに特性を掴めるような意識付けをしているそうだ。
-
1999年4月9日生まれ。幼少期はラジコンに勤しみ、小学校時代にタミヤ主催の世界選手権で優勝する。学生時代は陸上部に所属し、実車のレースデビューは大学卒業後の2022年。VITAでレースをスタートし、2023年にはTGR-DCからFIA F4選手権に出場。同年にはスーパー耐久シリーズに参戦する。GR86/BRZ Cupには2024年から出場し、第6戦で3位に入る。2025年からTeam Takutyに移籍し、シリーズ参戦を継続。レース期間以外は、Racing TEAM HERO’Sでシミュレーターの講師を務める。