GR86/BRZ Cup 2026 スペシャルコンテンツ Vol.6

躍進する海外チーム
マレーシアから新しい息吹を吹き込む
「WING HIN MOTORSPORTS」

GR86/BRZ Cupにはこれまでにも、海外から参戦してきたドライバーやチームがいた。しかし、チームとして中長期的な目的を掲げ、日本で継続的な活動をスタートさせた海外チームは、WING HIN MOTORSPORTSが初めてと言っていいだろう。
WING HIN GROUPはマレーシアでトヨタやレクサスなどを取り扱う自動車ディーラー事業を行なっており、現地でGR Garageも展開している。以前からモータースポーツ活動にも積極的だったが、チームのアドバイザーや選手のコーチを務める佐々木雅弘との出会いをきっかけに、日本で新たなプロジェクトをスタートさせた。
日本はマレーシアと比べると数多くの特徴的なサーキットが存在し、GR86/BRZ Cupも年間7戦が異なるコースで開催される。それぞれのサーキットでは独自の攻略が求められ、初めてのコースを短い走行時間で習熟することも含め、マレーシアでは得がたい経験を積めることが、日本で戦う大きな価値となっている。
「我々はマレーシアでトヨタ車を販売しているので、モータースポーツでもトヨタ車でレースをすることが優先事項でした。東南アジアにもドライバーの才能を発掘するプロジェクトはありますが、それぞれの地域で完結するものがほとんどです。このプロジェクトでは、文化もレース環境も異なる日本を主戦場にしています。日本はアジアの中でもモータースポーツ文化が圧倒的に成熟し、多くのプロドライバーが存在します。佐々木選手からこのプロジェクトの展望を聞いたとき、マレーシアのドライバーにとって大きな挑戦であり、チャンスだと感じました」とウィリアム・ロゥ代表はGR86/BRZ Cupへの参戦の理由を語る。
初参戦となった2025年は、クラブマンシリーズにNaquib Azlan(ナキブ・アズラン)とAmer Harris Jefry(アメー・ハリス)を起用。開幕戦のオートポリスはふたりとも実走経験がなく、シミュレーターでの走行のみでレースウィークを迎えた。それでも予選ではナキブがいきなりポールポジションを獲得し、アメーも3番手につけて周囲を驚かせた。
その速さは一過性ではなかった。ナキブは参戦した6戦のうち4勝を挙げ、初年度にしてシリーズチャンピオンを獲得。アメーも2度の表彰台に立ち、ランキング4位でシーズンを終えた。
そして2026年、ナキブがドライブしていた338号車を託されたのがMitchell Cheah(ミッチェル・チャー)だ。幼少期からカートに親しみ、コロナ禍以前には海外レースにも挑戦。その後はマレーシア国内のツーリングカーレースを主戦場としていたが、WING HIN MOTORSPORTSとの出会いによってタイでスープラGT4をドライブする機会を得た。そして今季からGR86/BRZ Cupへの参戦を開始した。
ミッチェルにとっても、ほとんどの日本のサーキットが初走行。それでも昨年のデータや映像、シミュレーターを活用して短期間でコースを攻略し、第5戦終了時点でランキング2位。トップとは9ポイント差で終盤戦を迎える。
「昨年はチームとして初年度でしたがナキブ選手がチャンピオンを獲得したので、それが僕にとってのベンチマークです。高いハードルですが、やるからにはチームとして連覇を狙っています。成績にはアップダウンがありましたが、5戦を終えてランキング2位にいられることは悪くない状況です。ほとんどが初めてのサーキットでしたが、昨年のデータや映像、シミュレーターを駆使して競争力を維持してきました。残り2戦、勝ってチャンピオンになることだけを考えています」
1年目のナキブとアメーから、2年目のミッチェルへ。WING HIN MOTORSPORTSはドライバーを入れ替えながらも、2年続けてタイトル争いの中心にいる。しかし、この活動が目指しているのはGR86/BRZ Cupで勝つことだけではない。マレーシアの才能を日本で磨き、その先へ送り出す。その道筋をWING HIN MOTORSPORTSとともに描いているのが、チームのアドバイザーを務める佐々木雅弘だ。

  • #338 GR Garage Balakong GR86
    Mitchell Cheah
    (ミッチェル・チャー)選手

    #338 GR Garage Balakong GR86Mitchell Cheah(ミッチェル・チャー)選手
    1998年生まれの28歳
    12歳からレーシングカートを始め4年目でマレーシアチャンピオンを獲得。ヨーロッパでもカートレースに参戦し、F1ドライバーのランド・ノリスなどと競う。その後はツーリングカーを主戦場として、TCRアジアやドイツに出場。2019年、2020年にはWTCRのマレーシア戦にもスポット参戦している。2024年からWING HIN MOTORSPORTSのプロジェクトに参画し、昨シーズンはスープラGT4でタイのスーパーシリーズに出場。そして今季は、GR86/BRZ Cupのクラブマンシリーズとスーパー耐久にエントリーしている
  • WING HIN MOTORSPORTS
    William Loh
    (ウィリアム・ロゥ)チーム代表

    WING HIN MOTORSPORTS William Loh(ウィリアム・ロゥ)チーム代表
    WING HIN MOTORSORTSの代表を務めているウィリアム氏。母国のマレーシアではトヨタやレクサスのディーラーなどを展開する「WING HIN GROUP」の取締役で、自動車部門のマネージングダイレクターを務めている

WING HIN MOTORSPORTS Result

  • 2025Series ♯338
    Naquib Azlan
    ♯339
    Amer Harris Jefry
    大会 サーキット 予選 決勝
    レース
    予選 決勝
    レース
    Rd1 オート
    ポリス
    1 1 3 3
    Rd2 もてぎ — — 5 9
    Rd3 SUGO 1 1 4 2
    Rd4 十勝 5 1 4 4
    Rd5 富士 18 5 9 4
    Rd6 鈴鹿 2 1 3 17
    Rd7 岡山 4 2 1 4
    シリーズランキング 1 4
  • 2026Series ♯338
    Mitchell Cheah
    大会 サーキット 予選 決勝
    レース
    Rd1 オート
    ポリス
    2 2
    Rd2 SUGO 4 31
    Rd3 岡山 2 1
    Rd4 十勝 1 4
    Rd5 富士 4 1
    シリーズランキング 2
今季から338号車を駆りクラブマンシリーズに参戦しているミッチェル・チャー。富士スピードウェイでの第5戦を終えた時点で2勝を挙げていて、シリーズランキング2位となっている。WING HIN MOTORSPORTSとして2年連続の王者に輝けるか、終盤の2戦に注目したい

舞台はGR86/BRZ Cupからスーパー耐久、そしてその先へ

  • 2025年シーズンのGR86/BRZ Cupに参戦したアメー・ハリス(左)とナキブ・アズラン(右)。ほとんどのコースが初走行となった2人だが、事前テストを行なわない一発本番のなかでも実力を発揮した
  • 佐々木雅弘アドバイザーのもと、今季はスーパー耐久のST-ZクラスにWING HIN MOTORSPORTSとして参戦。GR86/BRZCupからのステップアップの場を用意し、さらに先の展望も持っているという
  • 参戦1年目で見事にクラブマンシリーズのチャンピオンを獲得したナキブ・アズラン。7戦中1戦を欠場しながら2位以下に大差をつけての戴冠となり、関係者やファンに大きなインパクトを残した
  • スーパー耐久では第4戦のスポーツランドSUGOで2位となったのが、今季の最上位となっている。こちらは参戦初年度で、ルールやマナーをしっかりと習熟することを優先していて、勝負は来シーズンだという

セパンでの衝撃的な出会いが国内活動の切っ掛けとなる

WING HIN MOTORSPORTSがGR86/BRZ Cupへの参戦を開始した背景には、チームアドバイザーを務める佐々木雅弘と、2人のマレーシア人ドライバーとの偶然の出会いがあった。
佐々木がマレーシアのセパン・インターナショナル・サーキットを訪れたのは、現地で行われていたワンメイクレースのマシンのセットアップを依頼されたことがきっかけだった。そこでレギュラードライバーを務めていたのが、ナキブ・アズランとアメー・ハリスだった。
「2人とも速くて、『あれ、これ負けてしまうかも』と思ったくらいの実力でした。僕もいろいろな国で走ってきましたが、そこまで速さを感じたのは初めてでした」
しかし、才能があっても、その先へ進む道がマレーシアには十分に整っていなかった。近年はシミュレーターからワンメイクレースという道もあるが、通常は国内レースからGT4やGT3へ進むのが一般的。日本のように段階を踏んでプロドライバーを目指す環境は確立されていない。そこで佐々木は、この才能をマレーシア国内だけに留めておくのはもったいないと考え、WING HIN MOTORSPORTSのウィリアム・ロゥ代表に日本で走らせることを提案した。
そして最初の舞台として選んだのが、GR86/BRZ Cupのクラブマンシリーズだった。

  • 佐々木雅弘
    アドバイザー

    佐々木雅弘 アドバイザー
    自動車整備学校を卒業してからツーリングカーでレースキャリアをスタート。2005年にはプロドライバーの登竜門となっていたアルテッツァレースを制し、2007年にスーパー耐久に参戦。2015年から86/BRZRaceにシリーズ参戦を始め、2016年にはシリーズチャンピオンを獲得。現在はレーシングドライバーとしての活動に加えて、トヨタ車やブリヂストンタイヤの開発、自身のブランドGROWの企画など多くのプロジェクトを掛け持っている

アジアに自動車文化を根付かせ、ドライバーという職業を作りたい

「2人とも実力はあると思っていましたが、まずは日本のレース文化やルール、コース、雰囲気を覚えることが必要でした。そこで、クラブマンで結果を出しながら、日本のレースに慣れることを優先しました」
構想では2台を走らせ、1年経ったら新たなドライバーへシートを渡していく。そしてGR86/BRZ Cupを経験した選手には次のステップを用意する。昨シーズンに参戦していたナキブとアメーは、今季から国内ではスーパー耐久へ活動の場を移した。さらに今年はマレーシアだけでなくASEANへと対象を広げ、ミッチェル・チャーに加えてインドネシア出身のJordan Johan(ジョルダン・ジョハン)も起用している。
佐々木が彼らに伝えたのは、速く走る方法だけではなかった。もともと2人には十分な速さがあったからこそ、重点を置いたのは日本でレースをするための「マナー」と「ルール」だった。コース上で周囲の状況を読むこと、接触によって相手のレースを壊さないこと、トラックリミットを守ること。日本で認められ、さらに上のカテゴリーへ進むために必要な振る舞いを繰り返し伝えたという。
そのプロジェクトは、佐々木自身の予想を上回るスピードで成果を出した。
「正直、1年目からチャンピオンを獲れるとは思っていませんでした。いくら速くても2年くらいは必要だと考えていました。でも、やっぱり彼らの実力は日本でも通じました」
ナキブは初年度でGR86/BRZ Cupのクラブマンシリーズを制覇。その結果は新たなチャンスにもつながり、現在はポルシェ・カレラカップ・アジアにも挑戦している。

マレーシアをハブとしてアジア各国に「プロ」への道を作る

国内での次のステップとして立ち上げたのが、スーパー耐久のプロジェクトだ。ただし、ここでも佐々木はすぐに結果だけを求めてはいない。
「スーパー耐久はドライバーだけではなく、チームが成長しなければいけません。今年は勝つことより、レースがどう動いているのかを1年間勉強する。そして、来年が勝負だと思っています」
その先についても「いい成績を残せたら、また違うことを考えなければいけない」と語る。GR86/BRZ Cupからスーパー耐久へ。そして、さらに上のカテゴリーへ。最初から完成された道を用意するのではなく、結果と成長を見ながら、一段ずつ次のステップを作ろうとしている。
しかし、佐々木が描いている構想は、マレーシア人ドライバーを日本で成功させることだけに留まらない。
「マレーシアの速い子たちには、ちゃんと『職業』というものを与えたいのです。日本でスターになって、いつか母国に帰ったときには、メーカーやディーラーのイベント、研修会など、プロドライバーとしてできる仕事があるはずです。さらに自分の経験を次の世代へ伝えていく。ヨーロッパでは当たり前にあるような文化を、マレーシアにも伝えていきたいと思っています」
佐々木自身も、カートやフォーミュラなどのエリートコースを通ってプロドライバーになったわけではない。ディーラーメカニックとして働きながらレースを続け、やがてプロドライバーへとたどり着いた。その経験があるからこそ、環境に恵まれなくても才能を持つドライバーに道を作りたいという思いは強い。
「アジアのレース業界では、プロドライバーという職業が十分に確立されておらず、自分でクルマを作って走っているような子たちが多いです。そういう人たちの活動がきちんと仕事になれば、その国の自動車文化はもっと発展すると思うのです」
そして今、視線はマレーシアからASEAN、東アジアへと広がり始めている。インドネシア、フィリピン、台湾など、才能があっても十分なチャンスを得られない地域からドライバーを見つけ、日本へ送り出す。さらに将来は各国のレギュレーションを近づけ、同じ基準で競い合える環境を作ることまで思い描いている。そこから才能を見つけ、日本へ、さらに上の舞台へ送り出すという大きな構想も考えている。
WING HIN MOTORSPORTSとともに始めたプロジェクトは、まだ2年目に過ぎない。GR86/BRZ Cupへの挑戦から始まり、スーパー耐久へ進み、対象はマレーシアからASEANへと広がろうとしている。そして、そこで育ったドライバーがいつか母国へ戻り、新たな自動車文化を作る側になる。佐々木が描くのは、一人のスターを生み出すことだけではない。ドライバーが職業として成立し、次の世代がその背中を追える環境そのものをアジアに作ること。今は壮大な構想のまだ第一歩なのである。