レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

194LAP

194LAP

「サッカーW杯で得点王になる方法」

2017.4.25

木下コラム194LAPイメージ写真
木下コラム194LAPイメージ写真

 車両規則書は、頻繁に改定される。年に一度の変更はもはや決まりごとのようだが、そればかりか、シーズン中に改正されることも少なくない。それはチームとオーガナイザーとの熾烈ないたちごっこが繰り返されるからだ。
 新たな規則書をエンジニアは裏読みし、戦闘力アップに策をこらす。それを押さえ込もうとする。レーシングカーデザイナーとオーガナイザーのそんな知恵くらべを推測するのは、モータースポーツの一つの楽しみでもある。
 それはドライバーにとっても同様で、あらゆる手段を使ってでも貪欲に勝利を得ようとする走り手と、規則改正で裏技を封じようとするオーガナイザーとのいたちごっこは、コース上で戦う者と、机上で阻止する側の、永遠に終わりのないミステリーのようだ。

「僕だけローリングスタートでした…」

木下コラム194LAPイメージ写真
木下コラム194LAPイメージ写真

 僕が筑波サーキットでFJ1600を戦っている頃、こんな裏技で味をしめたことがある。
 ある日のレース、スターティンググリッドに停止しエンジンスタートの合図が掲げられたその瞬間、エアファンネルの蓋をはずし忘れたことに気づいた。サイドミラーを覗くと、上を向いた2本の吸気口が閉じられているのが見えた。それではエンジン始動できない。戦わずして戦列を離れることになりかねない。
 だが救いの神はいた。慌てた僕は、グリッドマーシャルに頼み込んで蓋をはずしてもらうことができた。僕以外の全車がフォーメーションラップに出かけたあと、ひとりグリッドに取り残された僕はグリッドマーシャルに向かって大きな声で叫んだ。
「フタ〜、はずしてください〜」
 事態を察し、慌てて駆けつけてきてくれたマーシャルが無事に吸気口を開けてくれたことで事なきを得た。隊列から遅れながらもフォーメーションラップに進むことができたのである。
 そこからは実に都合がいい。遅れたマシンは最後尾スタートが課せられる。だがこれは現在のルール。当時は自らのグリッドに舞い戻っても良かったのだ。だから僕は必死になって、ウエービングするライバルの列を縫いながら、自らのグリッドに戻ろうとしたのである。アクセル全開で……。
 時間的にはギリギリのタイミングで間に合ったように見えた。僕以外の全てのマシンはすでにグリッドに停止している。その脇を、まるで遅刻して教室に駆け込んできた高校生のような恐縮した姿勢で自らのグリッドに停止しようとした。停止しようとした。
 その瞬間である。あろうことか僕はまだ停止もしていないのにもかかわらず、シグナルが青に変わったのである。
「マジっすか!?」
 瞬間的に事態を飲み込めなかったものの、止まるのも危険だからという理由でアクセルを床まで踏み込んだ。すると勢いがついているものだから当然といえば当然のようにライバルをリード。1コーナーへは楽々トップで進入したのである。労せずして優勝である。
 これでもお咎めなしなんだから、味をしめないドライバーなどいやしないだろう(笑)
 こんな合法違法のギリギリの裏技は偶然の産物だが、結果として合法的に優勝しているのだ。
 もちろんその後になって規則書に「フォーメーションラップに遅れた車両は最後尾スタートとする」という一文が書き加えられることになるのだが……。

「スタートのシグナルはシグナルではなくて…」

木下コラム194LAPイメージ写真
木下コラム194LAPイメージ写真

 ふたたび、過去の姑息な裏技を紹介しましょうか。
 スタートのシグナルを点灯は、メインポスト上のマーシャルが手動でレバーを倒す必要があった。今のように、指先でボタンを押すのではなく、ボルトで固定されたシフトレバーのような無骨なステッキを操作していたのだ。
 僕はサポートイベントのスタートを絶えず確認し、その日のスタートマーシャルの癖を掴もうと観察していた。赤から青にするタイミングや(かつてはブラックアウトではなく青灯点灯だった…)、目線の移動や体の動きを盗んで、自分のレースの参考にしようとしたのだ。
 その時、僕は、実に都合のいいことを発見してしまった。
 シグナル点灯のレバーを押す瞬間に、マーシャルの肩が大きく動くことを発見したのだ。点灯のためのレバーは、支点をボルトで固定されている。錆びかけているのか強く締め上げられているのか、動きがシブいようで、力を込めた時に肩が大きく動いたのである。
 だからもう、スタートの瞬間に僕はシグナルを注視などしない。マーシャルの肩の動きでタイミングを計っていたのだ。それによって、おそらく人間では不可能な0.2秒以下のリアクションタイムでスタートが可能になった。それ以来ほとんどのレースで、ライバルを置き去りにしたまま悠々と1コーナーに進入した。労せずして優勝である。
 これで味をしめないドライバーなどいやしないだろう(笑)。

 ちなみに後日談があって、レースウイークの深夜、マーシャルがいないことを見計らってメインポストによじ登り、レバーの支点だったボルトをスパナで、さらに硬く締め上げ、より肩が大袈裟に動くように細工したドライバーがいたとかいないとか……。

木下コラム194LAPイメージ写真
木下コラム194LAPイメージ写真
木下コラム194LAPイメージ写真
木下コラム194LAPイメージ写真

「新技が次々に浮かんできてしまうのです…」

 モータースポーツの世界に長く居ると、合法的な裏をかくのが習性となってしまう。だから先日、サッカーW杯予選を見ていて、ふとあることに気がついてしまった。題して「僕でも得点王になる方法」である。
 僕が描いた秘策はこうだ。想像力豊かに、その滑稽な姿を頭に浮かべてほしい。
 まず、髪を伸ばす。そうだなぁ、短髪の人なら2年ほど散髪はやめたほうがいい。山下達郎かアルフィーのギターリスト高見沢俊彦並みに、背中まで届くようなロン毛が望ましい。
 そして、その髪をドレッドヘアーに編み込む。
 絡まり合ってロープ状になった髪の束をすくい上げて、頭上で巻き上げる。最終的には、「壺」か「植木鉢」のように、天に向かって開くような形にまとめあげる。けん玉の大皿のような形になればほぼ完成だ。
 想像力豊かな人ならば、もうお分かりかもしれませんね(笑)。

 さて、そこまで髪型が形作られたらもう、目的達成されたのも同然。
 キックオフと同時に、球をヒョイっと頭に乗せ、壺からこぼれ落ちないようにバランスをとりながら、ただひたすらゴールに向かって歩いていけばいい。オットセイが球を鼻先に乗せるような要領で、爪先でチョコンと蹴り上げればいいのだ。
 敵が執拗にチャージを仕掛けてくるだろうけど、球を落とさぬようにバランスを崩さないことが肝心。ゴールキーパーが立ちはだかるだろうけれど、ちょっと勢いをつけてゴールネットまでボールごと飛び込めばそれでまず1点だ。あとはその作業を、ひたすら欲しい点数分だけ繰り返していればいいのだ。味方がボールを奪ったら、ボールは必ず君に集まることだろう。それすなわち1点の追加である。
 その気になれば、1ゲームで20点くらいは稼げるだろう。2014年ブラジル大会の得点王は、6点を稼いだハメス・ロドリゲス(コロンビア)だ。2002年の日韓W杯では、ロナウド(ブラジル)が得点した8点が最多だ。ロナウドは3大会に参加してようやく15点をカウントしたにすぎない。そう、君は1大会の1ゲームの、それこそ前半だけでロナウドの3年分以上を稼ぐことが可能なのである。
 ゴールポストとの往復に飽きてきたら、得点王になった時のインタビューに備えて、気の利いたコメントでも考えておけばいいだろう。
「2年間、努力してきました」
「家族の協力もありました」
 だとかなんとか……。

 ルールブックを紐解いたわけではないから責任は持たないけれど、おそらくこの秘策は合法だと思う。髪型に制限はないはずだし、ボールに手を触れてもいない。したがってハンドは取られない。ヘディングしたままボールを運び、そのままヘディングゴールで得点を奪うという解釈だ。ねっ、得点王になれるでしょ。
 副次的に、男性化粧品メーカーのハード系ヘアスプレーのCM依頼がくるかもしれないぞ。
 心配されるのは、サッカーを冒涜したとバッシングされる危険性があることだ。記録は前人未到だけど、君がスターになれるかどうかは僕の責任じゃない。FIFA国際サッカー連盟は緊急会議を開き、ルールの刷新に取り組むことになるだろうけれど、法は不遡及だから、君の圧倒的な記録は覆らないだろう。

木下コラム194LAPイメージ写真

「無失点ゴールキーパーにもなれるぞ」

 さらに、もうひとつ秘策をお伝えすることにしましょうか。
 題して「無失点のゴールキーパーになる方法」である。攻撃力だけではなく、ディフェンスも完璧になれるわけだ。
 まず、髪を伸ばす。
 ここまでは得点王技と段取りは同じ。
 ただ、2年や3年では長さが足りない。できれば、10年から20年。場合によっては50年ほどかかるかもしれない。
 その髪を、ドレッドヘアーに編み込む。
 もう薄々感づいた方もいるかもしれませんね……。
 ここからが特徴的だ。
 絡まり合ってロープ状になった髪の束をすくい上げて、頭上で巻き上げる……のではなく、平たく左右にひろげる。顔を中心に、クジャクが羽をひろげたかのように平面とするのである。額装された自画像のようになれば完成は近い。そのスタイルで、羽をひたすらひろげていくのである。最終的には、ゴール枠と同じサイズまで……。ゴールのサイズは横が7.32mで縦が2.44mである。つまり、17.86m2になれば完成だ。

 説明するのも馬鹿らしくなってきたぞ。
 つまり、ゴール枠に蓋をしてしまうのである。
 遡って、髪型は自由だろう。身体の一部だから、それを防御壁に使うことも合法のはずだ。
 問題があるとすれば、スタジアムに入れるかどうかである。控え室からピッチまでの廊下は意外に狭い。横になったり縦になったりして、縫うようにしてピッチまでたどり着くことにしよう。

 あーあー、くだらね(笑)。
 だが、秘策が浮かんだ時には思わず手を打った。なぜ日本代表選手がこのことに気づかないのか、理解不能だった。岡崎慎司は発毛が弱そうだから無理かもしれないけれど、香川真司や柴崎岳あたりは素質がありそうである。
 ハーフナー・マイクは身長が194cmもあるから、壺型の髪型にすればチャージもあたり負けないだろう。得点王は確約されたようなものなのだ。

木下コラム194LAPイメージ写真
木下コラム194LAPイメージ写真

 そう、モータースポーツ界に長く身を置き、様々なアイデアや裏技に接していると、発想が少々歪んできてしまうのかもしれない。規則に抵触しない裏技を常に模索しているうちに、ついつい発想が汚れてくるのだ。
 だが、そんな自由な発想の自分、決して嫌いじゃないなぁ。ナンセンスなネタでキャッキャッと笑える自分の性格はどうかと思うけれど……。

 モータースポーツは実に複雑な競技でもある。高度な技術が注がれたマシンを道具としているし、複雑なルールの下で争われるものだ。だからこそ、どこかに規則の抜け道が残される。その裏技を発見するのも才能のひとつだし、面白みでもある。
 実際にはこんな姑息なことばかりではなく、NASAも驚くほどの先進的技術と、高度な頭脳によって設立しているのがモータースポーツの世界なのだ。WECだってWRCだって、博士号を持つような天才たちが頭ひねって、最強マシンを作り上げている。
 かつては、「×△※は禁止する」というのが規則書の書き方だった。だが最近は、「……以外は禁止する」である。触れていい部分だけが指摘されている。つまり、「これは書いてないからヤッチャッテいいね」が許されないのだ。エンジニアたちのハードルは高くなった。
 優秀な頭脳だけでは勝てない。幼稚とも思えるような自由な発想も必要だ。
 だからモータースポーツって、面白い!

※FJ1600の写真などは、入門用カテゴリーにも詳しい、モータージャーナリストの秦直之さんから提供を受けました。ありがとう。

キノシタの近況

キノシタの近況 キノシタの近況

 ニュルブルクリンク24時間のための予選レースに来ております。まだ肌寒いアイフェル地方だけど、早くも熱気に包まれているね。我がチームタイランドは、南国からのドライバーが多いのに、みんな薄着です。興奮で熱を持っているようです。(笑)

木下 隆之/レーシングドライバー

木下隆之

 1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」
木下隆之オフィシャルサイト >