レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

226LAP2018.8.22

石油会社統合でどうなる? レース業界

 1980年代のサーキットは、石油会社の鮮やかなロゴで彩られていたように思う。時代はバブル景気に浮かれていた。石油会社も、円高により得た豊富な資金をモータースポーツに注いでいた。だが、このとこの世界情勢はかつての状況とは異なっている。たびたび繰り返されるM &Aによって石油ブランドの集約が進み、それに並行してスポンサーも減りつつある。かつて石油ブランドのスポンサードで走った木下隆之は何を思うのか。

サーキット=石油ブランドの時代

 ポルシェやフェラーリはシェルとの関係が深い。出光はグルーブA仕様のホンダシビックにスポンサードしていた。日本石油は「日石トラストポルシェ962C」を1987年に全日本スポーツプロトタイプカー選手権で走らせた。1993年の全日本F3000選手権に登場したE・アーバインは、コスモ石油のロゴをまとった。モービル石油はホンダと良好な関係を築いていた。エッソはしばらくトヨタとのコラボ時代が続いた。
 何よりも、ホンダF1黄金期のN・マンセルとN・ピケが操るウイリアムズFW11にはモービル1の文字が輝いていたし、A・セナとA・プロストが駆るマクラーレンMP4/5Bにはシェルのロゴが誇らしげだった。
 というように、1980年代は石油会社のロゴが色鮮やかにサーキットを飾ってきたのだ。
 最近ではエネオスがSUPER GT500でレクサスRCFを走らせたし、キグナスがスーパーフォーミュラで石浦宏明がドライブするチームをスポンサードした。ペトロナスカラーも多くのカテゴリーでその姿を見る。

  • ホンダF1黄金期をモービル石油が支えた。N・マンセルとN・ピケとモービル1のイメージは濃い。マシンはウイリアムズFW11。
    ホンダF1黄金期をモービル石油が支えた。N・マンセルとN・ピケとモービル1のイメージは濃い。マシンはウイリアムズFW11。
  • 今でこそトヨタのイメーシが濃強いA・ロッテラーと日産のエースに昇格した松田次生だが、かつてはモービル1の看板を背負ってホンダで戦っていた。
    今でこそトヨタのイメーシが濃強いA・ロッテラーと日産のエースに昇格した松田次生だが、かつてはモービル1の看板を背負ってホンダで戦っていた。
  • マクラーレンホンダにはシェルのマークが誇らしげだ。
    マクラーレンホンダにはシェルのマークが誇らしげだ。
  • 井口卓人や蒲生尚弥などは、ペトロナスのパックアップを受けてトップドライバーに巣立っていった。
    井口卓人や蒲生尚弥などは、ペトロナスのバックアップを受けてトップドライバーに巣立っていった。
  • キグナスでフォーミュラニッポン時代を過ごした石浦宏明は、のちにスーパーフォーミュラ王者に輝く。
    キグナスでフォーミュラニッポン時代を過ごした石浦宏明は、のちにスーパーフォーミュラ王者に輝く。
  • 石油会社同士のバトルも、けして珍しくはなかった。
    石油会社同士のバトルも、決して珍しくはなかった。

 そもそも日本のモータースポーツは、黎明期から石油会社の絶大なサポートをうけて発展してきた。その理由は至極明快で、石油ブランドとモータースポーツはただならぬ親和性があるからなのだ。
 エンジンを高回転まで回してパワーを得るレーシングマシンには高品質のガソリンが不可欠だからスポンサードする側、つまり石油会社はイメージアップの手段としてモータースポーツを積極的に活用しやすい。
 ガソリンは厳格に成分や品質が保たれているから、こう言って良ければ、どのガソリンを給油しても性能に差がない。となれば、ガソリンの販売増にはイメージアップが欠かせないものとなる。そのために、積極的に華やかなイメージの強いモータースポーツを宣伝ツールとして活用した。自動車ユーザーは必ずガソリンスタンドに立ち寄るわけだから、石油会社とモータースポーツほど相性のいい関係はほかにないのである。
 当然サーキットにはガソリンスタンドがある。富士スピードウエイといえば三菱石油をイメージする。名門東名自動車の黄金期には、丸善石油がメインスポンサーになっていた。今でもTOMEIの名を耳にすると、「丸善テクニカ」のロゴが目に浮かぶほどである。

  • 名門東名自動車(現東名パワード)は、丸善石油とのコンビネーションによってレース界を席巻した。
    名門東名自動車(現東名パワード)は、丸善石油とのコンビネーションによってレース界を席巻した。
  • モータースポーツ黎明期を石油会社が支えた。
    モータースポーツ黎明期を石油会社が支えた。
  • マルゼンテクニカは丸善石油のオイルブランドである。ガソリンだけでなくオイルも石油会社の商品なのだから、これほどモータースポーツと親和性のあるブランドはない。
    マルゼンテクニカは丸善石油のオイルブランドである。ガソリンだけでなくオイルも石油会社の商品なのだから、これほどモータースポーツと親和性のあるブランドはない。

石油会社の合従連衡は激しい

 ただ、石油会社再編よって、時代は変わりつつある。2019年4月に予定されている出光興産と昭和シェル石油の経営統合で、国内の石油業界はJXTGホールディングスとの2強時代に入る。30年近く続いた石油各社の合従連衡はひとつの区切りを迎えるわけだ。
 石油業界は、2000年から本格的な需要減少の局面を迎えた。少子化や電気自動車の普及で石油需要は年2〜3%ずつ減少。この20年で売り上げは30%以上減ったというのだ。合従連衡もやむなしであろう。
 約30年前に遡ると、石油ブランドは百花繚乱の時代を過ごしていた。だがそれが毎年のように合併吸収を繰り返し、2強時代に迫ろうとしているのだ。
 昭和石油はシェル石油と1985年に合併、2019年4月に出光興産と統合しようとしている。 日本石油と三菱石油が統合して日石三菱になったのは1999年だ。それが2008年に九州石油と合併し新日本石油となり、一方で1992年に日本鉱業と共同石油が日鉱共石となり、翌年に改称したジャパンエナジーと合併、2010年にはJXホールディングスとなっている。
 さらに言えば、東燃とゼネラル石油が合併した東燃ゼネラル石油と、エッソ石油とモービル石油の合併で設立されたエクソンモービルが合併、2014年に新生東燃ゼネラル石油となり、そこに三井石油が加わる。その大連合と、JXホールディングスが合併し、現在のJXTGホールディングスができ上がったのである。それがエネオスだ。
 ちなみにコスモ石油は、1986年に大協石油と丸善石油の合併によって誕生したブランドである。
 つまり、様々な石油会社が生き残りをかけて合従連衡をしているうちの現在の2強に、コスモ石油を加えれば3強時代になったのである。もはや、系譜図で整理しないと理解不能である。

 僕が全日本ツーリングカー選手権をスカイラインGT-Rで走っていた頃のスポンサーは、共同石油である。だから車名は「共石スカイラインGT-R」であった。だが、翌年の合併により、「日鉱共石スカイラインGT-R」と改称している。エネオスになるはるか前である。ということは、エネオスRCFをドライブする大嶋和也は僕のはるか後輩になるのだ。もはや、本人たちも気がつかないほど、合従連衡は系譜を複雑なものにしているのである。
 一方で僕は、富士興産の全面的なバックアップを得て「FKマッシモスカイラインGT-R」で戦った時代もある。僕のレース人生には、多くの石油会社のサポートがあったから成り立った。おそらくレーシングドライバーの多くが、遠近ともかく何らかの形で石油会社に支えられてきたのだと思う。
「ああ〜、あの頃は華やかだったなぁ・・・」
 なのである。

  • 木下隆之が全日本ツーリンクカー選手権を戦っていた「共石スカイラインGT-R」は、その翌年には「日鉱共石スカイラインGT-R」となった。合従連衡の波をもろに受けたのだ。
    木下隆之が全日本ツーリングカー選手権を戦っていた「共石スカイラインGT-R」は、その翌年には「日鉱共石スカイラインGT-R」となった。合従連衡の波をもろに受けたのだ。
  • 僕が走っていた「共石スカイラインGT-R」のその数10年後の姿が「エネオスRCF」だと知るものは少ない。
    僕が走っていた「共石スカイラインGT-R」のその数10年後の姿が「エネオスRCF」だと知るものは少ない。
  • 大嶋和也はその意味でも僕の後輩?
    大嶋和也はその意味でも僕の後輩?

これからも密接な関係は続く

 ただ、合従連衡によって石油ブランドが減ったとはいえ、決して悲観的には考えていない。
 というのも、かつて合従連衡で疲弊していた石油会社は、業績を伸ばし始めているからなのだ。
 15社もの石油会社が乱立したあの時代は、ガソリンの安売り合戦で利幅が小さかった。1リッターのガソリンを販売しても利益は出ず、逆に1円前後も損をしていたのだ。だが寡占状態になり、利幅が改善した2円/1リッターを稼ぐほどまでに改善したのである。これからモータースポーツに投じる資金がないとはいえないのだ。
 EVシフトや少子化によって、国内ガソリン需要は決して明るくはない。だが、各社の目線は国内市場から需要が見込めるアジアに向き始めている。JXTGはアジアでガソリンスタンドの運営を開始したし、出光はベトナムで製油所を稼働させ始めた。これからアジアに進出するレーシングチームにとっては朗報だろう。

 EVレースへの流れも、モータースポーツと石油会社との関係を密接に導く可能性がある。ガソリンスタンドはもはやガソリンを売るだけではなく、電気スタンドに変身するかもしれないからなのだ。
 そもそも、ガソリンスタンドは給油や給電場所ではなく、ドライバーが何らかを求めて立ち寄る場所になる。それがコンビニなのかレストルームなのか多岐に変化していくのだろうが、クルマとスタンドの密接な関係は薄れない。だとすれば今後もモータースポーツと石油会社は良好な関係を続けていくのだと期待できる。
 かつてのように、どのカテゴリーにも石油ブランドが目につくような時代にはならないだろうが、まだまだ石油会社はモータースポーツを支えてくれると期待している。だってガソリンを燃やして走るのがレースの形態であり、これほど親和性のあるスポーツはないのだ。

キノシタの近況

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連日の猛暑日を楽しんでいます。こんなに猛暑日でなく夏日でいいから、そのぶん長く続けばいいのにね。連日のプール、連日の水撒き。社会復帰は難しそうですね。