231LAP2018.11.7
モータースポーツって、もっとお客様重視でいいんじゃない?
安全管理や公平性を保つのために厳格なルールに縛られているモータースポーツの世界にも、ほっと息を抜く瞬間があってもいい。今年ブランパンGTアジアを戦った木下隆之は、そのシリーズ特有の柔軟な裁定やウイットに富んだ運営に共感を覚えたという。エントラントも主催者も、もちろんレースを応援に来てくれるファンの方々もみんながイキイキしている姿は心地いいものである、と。
ルール違反には厳しいペナルティが科せられる
モータースポーツは、厳格な規則でがんじがらめに縛られている。車両規則書は百科事典のように厚く、素人には難解な数字や記号が並んでいるように見える。専門用語が羅列されているから、門外漢には車両規則書なのか物理学の参考書なのか区別がつかないだろうという世界。
ドライバーに関するルールも厳格だ。頭に叩き込むのに苦労する。レース中のオペレーションやスタート進行やら、事故後の対応などはちょっと複雑である。ローカルルールや特別ルールが適用されることも少なくないから、よけいに理解に苦しむのである。しかも、許されることと許されないことが入り乱れていて、規則書の行間を読まなければならないのだ。
171LAPでも紹介したけれど、ニュルブルクリンク24時間レースに参戦するには事前に筆記試験を受けなければならない。これがとっても難解で、たとえば、レース中のインカービデオを観せられて、「あなたはこの時、どちらか抜くべきですか?」なんていう実戦的な問題もある。「ケースバイケースだし・・・」では不合格。「これは命に関わる問題ですよ」と突きつけてくる。100点満点でなければレースへのエントリーすら受理されないのである。映像レース毎に規則書を読み返すドライバーがいるとは思えないけれど、一冊くらい規則書をバッグに忍ばせてサーキットインする必要があるかもしれないね。
たとえば、レースのたびに競技用ライセンスと免許証の確認作業があり、エントリー用紙との数字に違いがないかも確認されるという生真面目さだ。その必要性は不明だが、とにもかくにも厳重で、ヘルメットやハンスシステムなど、装備品もレース前に必ず確認される。
レーシングスーツを含めたレーシングギアをフル装備した状態での体重測定がある。今年参戦したブランパンGTアジアでは、ドライバーの体重75kgを基準とし、それ以下であればマシンにウエイトが積まれる。逆に重ければウエイトをおろせる。体重による有利不利を補正されるのだ。せっかくダイエットしても水泡に帰す。重量級のブーちゃんが少なくないのは、ウエイトがハンディキャップにならないからかもしれない。
というルールだから、レースウイーク初日に行われる計量では太っていたい。75kg以下の僕は、計量で不利になるのを避けるために、腹がプクプクになるまで水を飲んだり、バナナやリンゴを頬張ってから体重計に乗るようにしている。涙ぐましい努力は、まるでボクシングの計量のようである。レースの世界はなかなか厳しいのだ。
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体重計は、マシンの重量測定に使用されるもの。一輪分のスペースに立つ。
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すべての装備品を含めて78.0kg。基準は75kgだから、3kgのウエイトをおろすことが許された。日頃の不摂生が有利に働いたわけだ。
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超軽量が武器のKTMに重量級のオージードライバーとは、せっかくの軽さも台無しだね、とは思ったものの、ウエイト調整で重さがハンディキャップにならないのだ。だからブーちゃんが少なくない。
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観客優先のエンターテインメント性にこそ、モータースポーツの本質がある
今年参戦したブランパンGTアジアは、ある意味ルールが緩い。緩いというのは采配が柔軟という意味であって、安全確保が疎かになっているのとも、競技が不公正になっているのとも違う。エンターテインメント性を最優先した考え方なのだ。レースに有利不利が生じなければ、臨機応変にルールの変更が行われることも少なくない。縛られるのが嫌いな僕が居心地いいと感じるのは、そのせいだと思う。
たとえば最近監視の目が厳しい「4輪脱輪禁止」の件、そもそも4輪脱輪肯定論者の僕を納得させてくれるのだ。
最終戦の中国・寧波サーキットは、とてもメリハリの効いたサーキットだった。インカットを誘うタイトコーナーには、コンクリートを重ねたような縁石を高々と盛り上げている。「インカットしたければ、オウンリスクでどうぞ」というわけだ。
一方、コーナーアウト側のエスケープゾーンは広々とアスファルトが敷かれている。コースアウトしても復帰しやすい。だったらそのエリアを利用して走ったほうが速いんじゃない? と思えるコーナーも多数ある。とくに、寧波サーキットの1コーナーから2コーナーまでの短いつなぎは、一旦コースアウトしてから大外をまくったほうが、マシンによっては速いセクションだった。
ここでの裁定がイカしていた。金曜日の走行開始時点では、「4輪脱輪禁止」が通達されていた。だが、アウト側大外まくりのラインを利用して走行し始めたドライバーが多数続出した。それを確認したオーガナイザーがこんな通達をしたのだ。
「4輪脱輪走行を許可します」
その通達を耳にして僕は腰を抜かしかけた。これまで4輪脱輪禁止ルールの必要性を理解できずにモヤモヤとした気持ちで戦ってきた僕は、その柔軟な裁定に快哉をあげた。しかもルール変更の理由が痛快極まりない。
「だってそのほうがカッコいいじゃん」である。
意訳するとそうなるだけで、横浜弁であるわけもなく、そんな幼稚な言葉でもなかったはずだが、僕の耳にはそう聞こえた。正確に和訳すれば「有利不利はありません。ですので、映像的に迫力がある4輪脱輪を認めます」というわけだ。思わず競技長の手を握って、ハグしたい気持ちになった。
実際に、様々なラインに挑むドライバーが入り乱れて、レースをエキサイティングにした。
意味のわからない規則を守るのは苦痛である。ある刑務所では、意味のないことを永遠に続けさせるという重刑があるという。というのは大袈裟だけど、苦痛であっても、守らなければ罰則を受けるから渋々従ってきた。だが寧波ラウンドでは、自由に走ることが許されたのだ。僕は首輪を解かれた犬のようになった。
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中国・寧波サーキットは、タイトなコーナーが連続するテクニカルサーキットだ。インカットを阻止するために、イン側にはコンクリートの山が盛り上がっている。
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もはやどっちがコースなのか判断に迷う。向かって右側が本来のコースだ。
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一旦コースアウトしてから大きく弧を描いて走行したほうが速い。そして見栄えがいい。
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ライバルAMGとの激しい攻防。4輪脱輪が許されているから、アウト側もコースとして有効に活用する。
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世界各国でライブ観戦する数千万人のために
ブランパンGTアジアは、エンターテインメント性を優先しているカテゴリーである。とくにSNS時代への対応が素早い。誤解を恐れずに言えば、観客動員を増やすことに労を費やすよりも、ライブストリーミングやYouTubeの先にいる数千万人をターゲットにしているのだ。それは、実際にサーキットに足を運んで観戦してくれるファンにも恩恵がある。入場料金などは低く抑え、観戦エリアの制限もほとんどない。
「おもてなしはできませんが、ご自由に楽しんでいってください」といった姿勢が清々しい。
「金をかけて歓待するけれど、いい席で観たければたっぷりと金を払ってくださいね・・・」という入場料収入に依存した体質からすれば異質の収益構造なのだ。そのかわり、プログラムすらない。(日本ラウンドは立派な冊子が販売されていましたね…)
ドライバーズブリーフィングでは必ず、スタートの隊列に関して厳しく確認される。1コーナー側からの映像を観せられて、ローリングスタートの隊列に関して厳しい指示が下されるのだ。
「みなさんよく観てください。正確に2列になって、美しく進んできてください。先頭がこのラインを横切った瞬間にスタートシグナルを点灯させます。なぜならば、こっちのほうがカッコイイからです」
モニターでライブ観戦している世界の数千万人を意識しているのだ。
「スタートシグナルが青になったら、大きく広がって1コーナーに突入してください。なぜならば、そのほうがカッコイイからです。」
エンターテインメントへのこだわりはハンパないのである。大きく広がろうが、どんなタイミングで1コーナーに突進しようがこっちの勝手だが、競技長の狙いには賛同する。だったらこっちも役者になって、数千万人の期待に応えてあげようという気にもなろうというものだ。
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「スタート直後の攻防は絵になるから華やかに・・・」これは競技長からの指示である。
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ポールシッターにはもっとも有利なグリッドが与えられるが、絵柄を乱すスタートダッシュは厳しく監視されている。
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オフィシャル写真も自由に活用できる。やれ許可だとか版権だとか、うるさく言われることはない。
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レーシングドライバーは皆がマザコンというわけではない
ちなみに、171LAPで紹介したニュルブルクリンク24時間の出場許可テストとは対象的なことが起こった。ブランパンGTアジアに出場するためのテストという点ではニュルブルクリンク24時間のそれと狙いは同じなのだが、出題に決定的に差があった。
そもそもこの程度の問題に取り組む必要がどこにあるのか疑問に思っていた僕に、ブランパンGTアジアで行われた筆記テストに、ひとつの回答を得たような気がしたのである。
その代表的な設問を意訳すると以下。答えは二択だった。
「あなたはスピンしてしまい、コースサイドのサンドトラップにはまって身動きが取れなくなってしまいました。あなたがするべき行動は以下のどれでしょうか?」
回答1:「安全を確認して、その場で救出されるのを待つ」
回答2:「自分の携帯電話で母親に電話して、「助けて〜」とお願いする」
プッと吹き出しそうになって、あらためて行間を読もうと必死になった。こんなブランパンGTアジアが僕の肌に合う。
安全に関しては厳格であって欲しいとは思うものの、競技がエンターテインメントであるということと、ウイットに富んだ笑いは必要だと思う。
キノシタの近況
ブランパンGTアジアで個人タイトルは2位、スタディはチームチャンピオンに輝いたこともあり、主催者から年間表彰式への招待状が届いた。場所はロンドン。おそらくタキシードでドレスアップ。パートナー同伴で赤い絨毯の上を歩かされるのだろう。名誉なことですね。