レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

234LAP2018.12.26

百花繚乱! タイレディスカップ、3時間におよぶ美女たちの死闘

 今年も「IDEMITSU SUPER ENDURANCE600」に参戦した木下隆之は、チームに帯同していたひとりの美女を紹介された。その女性はミス・ベトナムだという。「レースをするためにここに来ました」 レースクイーンでもプレゼンターでもなく、ひとりのレーシングドライバーとしてサーキットインしたというのだ。「ミス・タイランドの女性も走っていますよ」 なんだそれ?彼女たちが出場するレースとは…?

乾季のタイランドは過ごしやすく、しかしレースは熱く…

今年もブリーラムで開催された「IDEMITSU SUPER ENDURANCE600」に参戦した。「600」とは「600分」を意味する。つまり60分×10。10時間耐久レースである。「なんで10時間耐久レースって呼ばないんだろうね」 なんてとりとめもないことを考えながらサーキットインしたのは、年も押し迫る12月15日のこと。僕にとってもタイランドにとっても、2018年を締めくくるシーズン最後のレースである。

タイ王国の玄関口であるバンコク・スワンナブーム空港に到着してから、ボロボロのエイビスをレンタルして陸路を延々380キロ。十数キロごとに点在する小さな村や町をかすめつつ、内陸を目指して田舎道を突き進むこと5時間でブリーラムの街にたどり着いた。
このようにバンコクに到着してからが長旅で、たとえば、羽田空港に到着した外国人ドライバーが、レンタカーを走らせて鈴鹿サーキットに向かうような感覚である。空路もなくはないが、国際線が発着するバンコクから、ブリーラムへのフライトが設定されているドンムアン空港までは陸路で40分ほど。LCCに乗り換えてトランジットすれば70分ほどでたどり着く。だが、便数が少なく、帰りは午後遅くまでブリーラムの田舎町に足留めされる。ノンビリ派は空路で、セッカチ派は陸路で…が相場のようだ。

バンコクの人口は約820万人。人口密度は日本より低いのに、一拠点集中が進むことで混雑は甚だしい。ところが一転、郊外は閑散とする。バンコクを離れれば、農業や酪農といった第一次産業の村が多い。野良犬や猫が路肩でくつろいでいる。交通の往来もどこか無秩序のようで、逆走するバイクや荷台に家族を乗せて走るピックアップトラックが多い。経済的に豊かな雰囲気はまったくない。道中は、そんな村や町を貫く幹線道路をひたすら突き進む。
ただし、ブリーラムの町に差し掛かると雰囲気がやや異なる。このところの経済発展は目覚ましいという。地元の大企業“チャン”が雇用と経済の中心のようで、彼らが落とす金が発展の源のようだ。ここからがブリーラムの町なのだとわかるのは、あきらかに整った路面や、タイでは珍しく街路灯が整然と並ぶからである。経済的な裕福な町であることを実感するのだ。
ちなみに、ブリーラムの正式なサーキット名は「チャンインターナショナルサーキット」。敷地内のサッカースタジアムもチャンが支えるブリーラムFCのホームグラウンドだ。レストランに行けば必ず「Changビール」を勧められる。

本格的レースとホノボノレースの融合

「IDEMITSU SUPER ENDURANCE600」も、町の発展を支えているようだ。モータースポーツが盛んな町で、スーパーGTやブランパンGTアジアの誘致など興行は目白押し。その中でも、「IDEMITSU SUPER ENDURANCE600」は多くのドライバーを集めた。そのひとりがTOYOTA GAZOO Racingタイランドのドライバーとして戦った僕だった。エントリー台数は83台。1チーム4名構成が基本だったから、1周約4.5kmのサーキットに約332名が集結したというわけだ。
「IDEMITSU SUPER ENDURANCE600」がヒートアップしているのは昨年の視察で実感していたし、今年は僕が自らステアリングを握って参戦する。フェンスの外からではなく、コクピットからの眺めは独特だった。それでも特に驚いたのは、サポートイベントとして開催されていた「IDEMITSU 180 ENDURANCE 2018」。その中に組み込まれていた「レディスレース」が僕の興味を引き付けた。
「IDEMITSU 180 ENDURANCE 2018」は、3つのクラスに分かれている。もっとも速いとされているツーリングカーが上位のグリッドを独占。続いてピックアップクラスが中盤を占め、そして後方の集団が「レディスレース」だ。そのレディスレースはふたつのクラスに分けられている。「Lady MT class 」と 「Lady AT class」。その字のごとく、女性限定であることは当然として、マニュアルトランスミッションとオートマチックトランスミッションのクラスに区別されているのである。参加マシンはすべてヴィオスだ。

美女たちの饗宴

「IDEMITSU 180 ENDURANCE 2018」の3部構成が、いかにもタイらしさを象徴していたように思う。先頭グループのセダンはタイではもっとも一般的な移動手段であり、セカンドグループのピックアップは荷台に家族を乗せて走る姿が少なくない。もちろん道路交通法では違法だが、黙認の文化がある。そして僕がもっとも惹きつけられた後続の集団は、いま勢いを増す女性ドライバー文化の象徴なのだ。それは日本だけでなく海外でも同様のようで、百花繚乱、殺伐としたサーキットに色を添えていた。

ヘルメットひとつで本格的な耐久レースに参戦可能だ

企画運営はartoosaka(アラット大阪)。スーパーGTに参戦しているタイランドチームartoと関係が深い。今回「レディスレース」ヴィオスは、Lady MTが9台。Lady ATが7台。合計16台の構成だ。
国籍も多彩で、日本からは8名の女性ドライバーを送り込んでいた。タイが20名。香港が3名。中国が2名。ベトナム2名という構成。エポックなのは、ミス・ベトナムの「LE THI NHAN」や「VO HOA MAI V1」が参戦、美貌を振りまいている側にはミス・タイランドがいるという豪華さだ。近年東南アジアのモータースポーツがヒートアップしていることを物語る。有名な美女が参戦することで世間的な知名度が飛躍的に高まるから、プロモーション効果は抜群というわけだ。
ちなみに、参加費はひとり50万円。マシンレンタル費やエントリー関係費はもちろんのこと、旅費まで含まれているというから、ヘルメットひとつでやってくればいいという手軽さだ。競争女子経験があり、これからタイで一旗あげようという鼻息の荒いドライバーもいる。実際に、そのレースを観戦していたタイチームからお呼びがかかることもあるという。
「目標は佐藤久実さんになることです!」眼を輝かせて、そう語る女性もいた。


「競争女子」が話題になっているように、日本でも女性限定のワンメイクレースが盛んになりつつある。そこから世界に羽ばたく女性ドライバーが誕生する可能性が高い。ただ、日本の女性限定レースは、いわばステージを用意してダンサーを待つような受け身であるのに対して、タイの「レディスレース」はドライバーの発掘から組織化されていることが特徴だ。ミス・ベトナムやミス・タイランドがドライバーとして華を添えるのは、今後の東南アジアにおけるモータースポーツの隆盛を期待したプロモーションでもある。

観光気分でもオッケーです

その一方で、リゾート王国タイの暖かさと微笑みに包まれた、旅行気分でのレーススタイルも容認している。今回も半数以上のドライバーが初レースだった。女学校の修学旅行的なホノボノとした雰囲気に包まれていたのはそのせいだろう。初レースが海外なんて、時代も変わったものだなぁとしみじみと思う。
「今回が初めてなんですぅ〜」
甘えた言葉で周囲を和ませるドライバーも少なくない。実際にレースが始まってみると、とってものどかな雰囲気だったことも事実。予選で上位を占めたベテランは、熱く激しいバトルを展開していた。しかしその一方で、ビギナードライバーはローリングスタートの意味も理解していないのか、前との間隔を大きく開けて、まるでランプウェイから高速道路へ乗り入れるかのようなドライブ感覚でいた。
レースはなかなか過酷で、3時間耐久形式である。となると、ひとりが担当する距離は決して短くない。ビギナーにはなかなか辛い試練である。でも、最後まで必死に走り続ける姿は微笑ましかった。

まあ、あまり深く洞察するものではないかもしれない。モータースポーツをよく知り愛するプロモーターがいて、資金力があり、モータースポーツに人生を捧げる女子がいて応援する人がいる。それがモータースポーツの飛躍と拡大に繋がればこれほど素晴らしいことはない。なんといっても、サーキットが華やかになる。
「サーキットに女は必要ない」 そう豪語する重鎮ドライバーもいたけれど、グリッドではニンマリと目尻を緩めていた。
「この中からSUPER GTへとコマを進めるドライバーが現れるかもしれないんですよ」 そう告げると、我が娘を見るような目になった。女性パワーは強い。

キノシタの近況

  • キノシタの近況

2018年にブランパンGTアジアを戦ったTeam Studie忘年会はお約束の朝までね。チームタイトルで得た巨大なトロフィーを抱えての記念撮影で気分がヒートアップ。その流れで夜の六本木に消えていったわけだ。これがまた来年の活力になる。