レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

236LAP2019.1.30

モータースポーツを、メジャー競技に例えると…

 モータースボーツは特殊な世界だから、門外漢にも興味が芽生えるらしい。だからことあるごとに、レースの仕組みや環境など、質問される。ただ、答えに窮することも少なくない。「F1ってどれほどスゴイんですか?」 そんな漠然とした質問にどう答えいいいかわからないのである。それで木下隆之は、メジャースポーツに例えて答えることにしているという。だがそれが思わぬ誤解を…。

レース界は、なかなか興味深いですね

 大学を卒業してから30数年ぶりの同窓会があった。もう記憶が曖昧だし、もはや担任の先生なのか同級生なのか見分けがつかないほど変わり果ててしまった友人も出席していたけれど、かつて同じ学び舎で青春を分かち合った仲間との再会は気持ちを大きく若返らせてくれる。上下関係も雇用関係も、いっさいのしがらみがない仲間だけの集いというのは、気持ちを解放してくれるのだ。そんなとき、たいがいこんな質問攻めになる。
「へぇ〜、現役でレースやっているのか…。で、どんなレースをしているの?」
 レーシングドライバーなんて職業はたしかに特殊である。街中でそうそう出会うものでもない。だから興味が湧くようで、質問攻めはとどまることを知らないのだ。まして、若気の至りと勢いでやり始めた血気盛んな頃ならまだしも、結構な歳になるまで続けているというのだから、一般常識的にもカラクリを探りたくなる。僕がレースを続けていることイコール、レースとはどれほど不思議な世界なのだろう…という疑問に直結するらしい。だから懇切丁寧に、質問には回答することにしている。
 ただし…。

GTでGT3でFNでF4で…。なにがなにやら…

 正確に説明しようとしても、なかなか意図が伝わらずに難儀するのがいつものパターンだ。そもそもレースは専門用語カテゴリーも多すぎる。たとえば参戦カテゴリーを説明するにしても、一言ですっきりと伝えるのは至難の技だ。F1やル・マン24時間あたりまでは世間的にポピュラーだから説明は不要なのだが、スーパーGTだGT3だGT4だとなると、もはや複雑な記号を羅列しているにすぎない。TCRでF4。「STXにはGT-RとGT3が…」などとは、関係者の僕でも口淀んでしまうほどだ。
 中にはちょっとだけ詳しい友達がいて、「GT300はGT3なんだよね」なんて質問がくる。それに対しても「そうだよ」で軽く流せばいいのに「そんなものかもしれないけど…」などと小首を傾げてしまうと話が複雑になる。「えっ、違うのか。どう違うんだ?」と攻められたらもう迷路に紛れ込んだようなものだ。かつて、不正確なまま訂正しないで放っておいたら、混乱を招いたことがある。

「キノシタはF1で最多勝なんだってね。チャンピオンなんだよね。凄いわ」
 おそらくF1とN1を言い間違えているのだろうと、説明もせずに頷いたことがある。ちょうど何度目かのチャンピオンを獲得したときのことだったし、深く説明する必要性も感じられなかったから、そのままスルーしたのだ。だが、それがあとで誤解を招いた。その話が一人歩きして、いつのまにか「キノシタはセナと競ったらしいぜ」みたいな武勇伝になっていた。次第に「キノシタは見栄を張って嘘をついた」と烙印を押されそうになった経験があるから、軽はずみな流せなくなったのである。
 かといって、サーキットに一度も来たこともない友達に、スーパーフォーミュラとフォーミュラ・ニッポンの違いを説明する必要性は感じないし、かといって放っておくと無用な誤解を招くし…。いやはや、モータースポーツの説明は難しいのである。

身近なスポーツに例えると…

 最近の僕は、誰もが知っているであろう他のスポーツに例えて説明することにしている。
「あの~、なんていうか、たとえばサッカーに例えると、いや野球だと…」
 メジャーなスポーツに例えると、たいがい納得してもらえる。僕にとっても、プロ野球やJリーグを例にしてモータースポーツを当てはめると説明しやすい。あるいはオリンピック競技などを絡めると、イメージを伝えやすいのである。
「耐久レース? そんなレースがあるのか…」
「陸上競技に例えると、マラソンだよね。長距離を走って、最初にゴールテープをカットした選手が優勝なんだよ」
「ドイツのニュルブルクリンク24時間レースに出てるらしいね。24時間を一人で走るのか?」
「いや、駅伝と同じで、複数のドライバーがバトンならぬステアリングを渡しながらひたすらゴールを目指すんだよ」
「なるほどね…」

「短距離走もあるのか?」
「たった10周のレースもある。マラソンのように一般道を走るのではなくて、トラックの中で勝負を決めるんだ。スタジアムはいわばサーキットだよね」
「短距離走と同じならば、100m走もあるのか?」
「ドラックレースといって、1/4マイル、つまり400m競争がある。速いマシンなら5秒くらいで駆け抜けてしまうんだよ」
「ボルトより速い」
「圧倒的にね」

「日本人ドライバーも海外レースを目指すのか?」
「プロ野球選手がメジャーリーグを目指すように、海外で活躍したくなるものだね」
「やっぱりアメリカのレベルが一番高いのか?」
「そうとも言えなくて、野球はベースボールの国であるアメリカが頂点かもしれないけれど、優秀なJリーガーがヨーロッパのチームに移籍するように、レースの世界もヨーロッパ移籍がポピュラーなんだ」
「なるほどね」

「F1とル・マンを掛け持ちしているドライバーがいると聞いたよ?」
「アロンソのことだね。彼はつまり、トラック競技の短距離走と、フルマラソンの両方の制覇を目指していると考えてもいい」
「ボルトがボストンマラソンで優勝したがるのと同じ?」
「そうといえる。あえていうのならはF1は一気に走りきる100mであり、ル・マンは長距離を走るようにペース配分も必要になるからね」
「でも、アロンソってF1はホンダ所属だったんじゃないのか。ル・マンはトヨタ所属なんてことが可能なのか」
「他のスポーツは所属チームに契約で縛られるから、軽はずみに横断はできない。読売ジャイアンツの選手が、他の試合では広島カープの赤ヘルをかぶるなんてことは不可能だからね」
「それが可能なのか?」
「モータースポーツはそのあたりはちょっと緩い。カテゴリーごとの契約だからそれが可能なのだよ」
「赤ヘルかぶった読売ジャイアンツがいると?」
「さすがにそれはあり得ないけれど、W杯カップにも似たような例がある。W杯は国別代表戦だから、所属チームのある国籍を離れて戦っているよね。クリスティアーノ・ロナウドが日頃はユベントスFCで戦っているのに、W杯でチームメイトと戦うみたいにね」

「日産の23番号はエースナンバーなの?」
「ニッサン、ニイサン、2と3…。語呂合わせだよね。それがいつしかエースナンバーになった。プロ野球の18番は、優れた選手にしか与えられない。それと似ているかもね」

ときには誤解を招くこともある

「ブランパンGTアジアとはどんなレース?」
「サッカーでいえば、アジアチャンピオンリーグのようなものだね。マレーシア、タイ、日本、中国、韓国を転戦して、最強のドライバーとチームを決めるんだ」
「キノシタはそれにも参戦している?」
「そうだね、日本のプロ野球もやりながら、台湾リーグの打席に立っているみたいな…」
「ヘルメットをかぶっているから顔がわからないね」
「そうかもしれないね。でもね、フェンシングなんて、突っ立っていたらマネキンか人間かもわからない。それから比べるとマシかもしれないね」
「そもそも、座ってハンドルをクルクルしているだけで疲れるのか?」
「そう思う気持ちも理解できなくはない。でもね、おそらくポブスレーでステアリング操作するパイロットも、スポーツを感じていると思うんだよ。彼らの気持ちがよくわかる」
「クルマが速ければ有利なんでしょ? もしくはクルマがヘボだったら勝てない。実力じゃなくて運不運ってこと?」
「たしかに、クルマの成績への依存度は高い。ボルトが二本の足だけで世界の頂点に駆け上がったのとは内容が異なるかもしれないね」
「やっぱり運次第だ」
「いや、それが違うんだ。競馬の武豊はたしかにいい馬に乗ることが多い。だから勝率が高い。だけどそれは武豊だと勝ってくれるからという理由で、馬主がリクエストするからなんだと思う。つまり、実力があるからいい馬に巡り会えるんだ」
「いいマシンに巡り会えると?」
「F1チャンピオンのL・ハミルトンは、最強のメルセデスマシンで戦い勝っているけれど、彼の勝利は運がいいから…とは誰も思っていないよね」
「実力があるからメルセデスから声がかかる」
「その通り」
「運不運ではないね」
「その意味ではやっぱり、実力主義なんだよ」

キングカズ、イチロー、そしてキノシタ

「レースは選手生命が長いのか?」
「相撲やボクシングといった格闘技に比べれば長いかもしれないね。五輪の馬術競技では法華津寛さんが77歳で現役だよね。77歳で現役プロレーシングドライバーというのは考えにくいけれど、走れなくはない。むしろ馬を操る技術が日々磨かれるように、レースマシンを操るテクニックを磨いていれば、選手生命は長いと思うよ」
「現役を引退したあとの活動は?」
「プロ野球やJリーガーのように、監督やテレビコメンテーターになる方も多いよね」
「みんななれるのか?」
「それはない。他のスポーツと同じで、現役の時にそれなりの実績を残した人でないと難しいよね」
「副業は?」
「相撲力士のチャンコ屋ではないけれど、お店を経営しているドライバーもいるよ」
 というように、メジャースポーツに例えて説明することにしている。聞く側は自らの頭の中で状況を反芻して納得してくれるから話が転がりやすいのだ。
 ただし、誤解を招くこともある。先日、僕の選手生命の話になって、適切な例えだと思ってビッグネームを出したら、話が妙な方向に一人歩きしはじめて困ったことがある。
「キノシタはなぜ引退しないんだ?」
「ん〜、サッカーの三浦和義はサッカーが好きだからいつまでも現役でいるんだと思う。財力も知名度があるから、引退後の生活には困らないはずだよね。むしろ引退した方が儲かると思う。だけどJ2でもJ3でも、いつでもピッチに立ってボールを蹴っていたい」
「それはすごいぞ」
「もしくはイチローかもしれないね。数十億円だった年俸が数千万円になっても、メジャーリーグでプレーをしていたい。それと似ているかな?」
 わかりやすくそう説明したら、同窓会の席が炎上しかけた。
「キノシタはキングカズなんだってよ。その割には知名度低いし…」
「いや、それはたとえで…汗」
「イチロー級なんだってさ。じゃ資産は数十億円!」
「だからそれはあくまで例え話で…」
 久しぶりに同窓会で顔を合わせた仲間だとはいえ、モータースポーツを説明するのはなかなか難しい。

キノシタの近況

  • キノシタの近況
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