254LAP2019.10.23
ジムカーナにドライビングの真髄をみた
山野哲也選手が、2019年の全日本ジムカーナ選手権PN2クラスでチャンピオンに輝いた。通算114勝を達成(2019年10月現在)、勝率55.61%だというから超人である。西原正樹選手も同じく全日本ジムカーナ選手権SCクラスで王者を獲得。「ジムカーナの西原」の名は轟き渡る。そんな二人と親交のある木下隆之も、かつてはジムカーナに没頭し、学生チャンピオンに輝いている。レースの世界に駒を進めた木下隆之が、ジムカーナの楽しさと奥深さを語る。
後輩に頭を下げてまで裏ワザを…
先日、山野哲也君とドライビング談義に花を咲かせた。メディア対抗ロードスター4時間耐久レースに参戦するにあたり、ドライビングの技を御教示いただこうかと連絡をしたのだ。
山野哲也と言えば、ジムカーナ界を席巻し続けている史上最強の男である。スーパーGTでの大活躍も記憶しているけれど、僕の中ではやはり、ジムカーナの天才。丁寧なドライビングスタイルには定評がある。マシンを無駄なく走らせる天才と認識していたのだ。
そんな彼からロードスターの裏技をこっそりと聞き出し、抜け駆けしようとしたわけである。そう、僕は、姑息な男なのである。
「来週のレースで、ポールを獲りたいんだ。技を教えてほしい」
僕は恥も外聞もなく、後輩である彼に、頭を下げた。「聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥」という格言は、ほとんど僕の座右の銘である。しかも、抜け駆けの事実を伏せておけば、誰も僕に指を差して笑いはしないのである。
「いや、タカユキさんなら、教えなくても獲れますよ」彼はいつも僕のことを、ファーストネームで呼ぶ。
「いや、コンマ3秒先が見えないんだよ」実はロードスターレースには、これまでにも出場している。だが、助っ人として召集され挑んだ昨年の予選で、3番手のタイムに終わっている。期待を裏切ってしまったのだ。
その時、最速タイムを記録したのが山野君だった。ノーマルの1.5リッターロードスターによる筑波レースでのドライビングを学ぶのに、これほど理想の男がいるだろうか。しかも彼は、ブリヂストン契約ドライバーである。マシンに装着されているプリヂストンタイヤの開発に彼が携わっていないはずがない。
幸いなことに、今年のロードスターレースのエントリーリストに、山野哲也の名がなかった。全日本ジムカーナ選手権とスケジュールが重なっており、出場を辞退していたのである。こういうとき僕の頭は、誰よりも高速で回転するのである。
ちなみに、僕がロードスターに乗るのは年に一度である。筑波を走るのも年に一度。まして新開発のブリヂストンタイヤを履くのは初めてなのだ。
「鬼の居ぬ間に、最速タイムを叩き出したいんだ」
彼がいないときにしか、チャンスはないと思っていた。
僕が彼に頭を下げたときにすでに、僕のポールポジション獲得は決定したも同然である。あとはこの件を口外しなければいいだけだ。
「さすがタカユキさんですね」
賞賛の嵐に包まれる姿をすでに想像していた。
まるで予備校の講師のように…
山野君の懇切丁寧なアドバイスは、目から鱗が落ちるものばかりだった。というより、僕がこれほどまで長くレースを続けてきたことで、忘れかけていたドライビングの基本を蘇らせてくれたのである。
「まず、コースの特徴からお話ししましょう」
そういって彼は、予備校生に分かりやすく講義を進めるように、話を始めた。
「第一ヘアピンの立ち上がりは、カントの変化に注意する必要があります。コース幅の50%よりわずかにはらんだところから、傾斜がゆるくなるのです。フロントタイヤがそのポイントに差し掛かると、トレッドの接地面が減少します。それを意識したドライビングにアジャストする事が大切なのです」
僕は、やはり予備校生のようになってメモ帳にペンを走らせた。
「ダンロップコーナーの進入は、入り口のアウト側にわずかに路面の補修個所があります。幅にしてタイヤ半分程です。摩擦係数が増します。そこでステアリングを斬り込むと反応が得られます」
そこにタイヤ半分ほどの幅で、路面変化が生じているなど気にもとめていなかった。
山野君のアドバイスは、微に入り細を穿つものだった。路面のカントの変化にも敏感に反応し、タイヤ半分に満たない路面のミューにもこだわる。
「ロードスターにも特徴があります」
予備校は、教科書の次のページ、第二章に進んだ。
「2速から3速にシフトアップするときに、ミッションマウントが揺れます。ややゲートが変化しますから注意して下さいね」
クイックシフトでの注意点である。ロードスターのシフトストロークはミニマムに削られている。手首の僅かな動きだけで、小気味良く吸い込まれるような感覚が気持ち良い。だが、コーナリング中に横Gか加わっている時には、やや渋くなるのだ。
「早めにアクセルを踏み込んでしまうと、フロントタイヤのスリップアングルが増すことになり、抵抗が増えてしまいます。特に最終コーナー立ち上がりでのアクセルオンは我慢してくださいね。タカユキさんは踏める人だから踏んでしまいますよね」そう言って笑った。
たしかに、最終コーナーの全開率には自信があった。進入で一瞬アクセルオフをすれば、すかさずのアクセルペダルを床まで踏み込んだままで駆け抜けることができていた。マシンが激しくテールスライドするのは覚悟のうえだ。強引なカウンターステアでねじ伏せるのは得意だと自覚していた。なのに、もっと踏めと鼓舞されるのかと思ったら、抑えろと指示されたのである。
「アウト側の縁石には、ほとんど触れませんよ」
「マジ?」
暴れるマシンをカウンターでねじふせながらアクセルを踏み切るには、アウト側の縁石のさらに外側までコース幅を使う必要がある。実際に過去には、4輪脱輪で警告を受けている。だからなんだよと開き直ってもいた。だが、4輪脱輪までしてコース幅をワイドに活用することは、規則で禁止されているだけではなく、そもそもタイムを悪化させているというのだ。高い全開率をよしとする僕の理想像が見事に否定されたのだ。
「ロードスターはローパワーなので、抵抗を減らすことです」
僕は黙って頷くしかなった。
些細な変化にも注意を払ってきたはずなのに…
実は僕は、学生時代に学生ジムカーナチャンピオンになったことがある。40年も前の話だが、今でもコース図を描けるし、そのときの最速の方程式を説明することもできる。
完熟歩行では、腰を折って、路面の些細な変化を見逃さないようにした。ステアリングの舵角ひとつにもこだわり、1mmでもロスを生まないように心掛けてもいた。
雌雄を決する最終セクションは、直径10.5mのバイロンで規制された円を360度クルリと回り終えてゴールラインを横切る設定だった。そこで僕はサイドターンを使わず、マシンの最小回転半径にまかせて旋回するドライビングに挑んだ。ライバル達は、派手にスライドさせながらテクニックを披露し拍手喝采を浴びていたが、それをも封印した。タイムを叩き出すために、ロスを抑える手段を選んだ。マシンのフロントタイヤのグリップが想像に増して高く感じていたし、そのマシンはロールによるキャンバー変化が少ないことを知っていた。大舵角でもコーナリングフォースが低下しにくいタイヤ特性であることも調べがついていたからだ。結果的にとても地味なアタックとなったのだけれど、それによってチャンピオンを手にしている。かつての僕は、これでもクレバーだったのである。
ニュルブルクリンクへの挑戦を開始する前に僕は、あの25kmに及ぶコースを徹底的に覚えた。
僕のニュルブルクリンクの師匠であるローランド・アッシュは、コースの一部始終を詳細に分析し、理想的なコーナリングラインを伝授してくれた。アウト・イン・アウトを無視してでも、カントを利用するべきだと僕を諭したし、舗装が修復された路面はミューが低下しているから、クリッピングすら無視しろと教えてくれた。その積み重ねによって、飛躍的にラップタイムが上がったのだ。
「キノシタさんは、ニュルブルクリンクを完璧に知り尽くしてしますからね」
そう言って褒められることがある。だが僕の答えは「NO」だ。
というのも、どんなコーナーが続くのかは、今ここでコース図を詳細に描けるほど熟知しているけれど、路面の小さな補修の跡や、それがどんな素材のアスファルトで補修されたのかまでは知らないからなのだ。その意味では、まだまだ僕は「ニュルブルクリンクを知り尽くしてはいない」と思っている。
というほどに、コースを知ることは奥が深い。それがラップタイムに影響する。それは身をもって知っているはずなのである。
だが、山野哲也というドライバーから教えを乞うまで、そのことを忘れてしまっていたことを恥じた。
西原正樹流ドライビング
僕がいつも感心しているジムカーナドライバーにもうひとり、西原正樹という男がいる。彼も山野哲也君と同様に大ベテランであり、それでいてドライビングスキルと闘争心は衰えることなく、現在も一線で活躍し続けている。今年もまたSCクラスチャンピオンに輝いた。
実は、僕がプロデュースするステアリングを使用してくれていて、いつも確実なフィードバックがもらえるのだ。
彼のドライビングは豪快であり、繊細である。競技マシンがインプレッサだとういう事もあり、絶大なパワーを積極的に叩きつける。それでいて、低速コーナーでは一切の無駄を排除するドライビングが光る。
一方で彼は今、海外のジムカーナW杯にも参戦。ジムカーナという競技を世界に広めるべく、伝道師としての使命を担っている。もはや単なるドライバーではなく、世界のパイオニアになろうという逸材なのだ。
僕の周りには、山野哲也と西原正樹という二人のプロフェッショナルドライバーがいる。彼らのドライビングに学ぶことは多い。
ジムカーナのススメ
ことほど左様に、ジムカーナの奥深さを再確認した次第である。たった1分前後のコースに、ドライビングのさまざまな要素が詰め込まれている。加速する、曲がる、減速する。そのドライビングの三要素だけではなく、加速しながら曲がる、曲りながら減速する、あるいは曲がりながらさらに曲がる…といった複雑なドライビングを強いられる。
しかも、それがコンマ1秒を争う世界で行なわれているのだ。コースのカントや路面のミューにことさら神経を注がなければ、最速タイムを記録することは不可能なのだ。
それでいてジムカーナの不思議なところは、意外にラップタイムに差が生まれることだ。我々レーシングドライバーが富士スピードウエイを攻めても、ラップタイムの誤差はコンマ1秒前後である。4.5kmのコースを限界まで攻めても、である。コクピットの中では、大きな失敗と最高の成功を繰り返している。だが、コントロールラインを横切ると、結果的にコンマ1秒前後に収まっているのだ。
それはそれで素晴らしいことでもあるのだが、ジムカーナではミスがミスとしてタイムに大きく影響する。あの一瞬の挙動の乱れが、コンマ3秒にも5秒にも影響したのだと、感覚に伝えることができる。その意味では、ドライビングを学ぶには最適な競技といえるかもしれない。
比較的マシンへの負担は少ない。クラッシュのリスクも抑えられている。大掛かりな道具も必要がない。空き地があれば、どこででも競技が可能だ。それでいて、ドライビングの全てが凝縮されている。モータースポーツの理想の姿と言えるかもしれない。
そろそろまたジムカーナを始めようかな。天才・山野くんに教えてもらっても、にわか仕込みで勝てるほどモータースポーツは甘くはなかった。秘策を携えて挑んだロードスターは、予選10位という自己ワーストを記録してしまった。耳で学んだことだけでは、1年ぶりの、最初の1周だけしかないチャンスを活かすことはできないのである。
本格的にジムカーナを、始めることにしますか…。
キノシタの近況
ニュルブルクリンクからの帰り、台風19号の影響でベトナム・ハノイに足留めとなった。だが、そこで見た光景はなかなか刺激的で、僕のバイク熱を高めたのである。常夏だからスイミングも出来たし。それでも、被災者のことを思うと心が痛いです。