レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

271LAP2020.7.8

珍妙な”フィギュア”というモータースポーツ

全日本学生自動車連盟に所属する大学体育会自動車部に、珍妙な競技が存在する。珍妙といっては失礼かとは思うけれど、これがモータースポーツなのかとにわかには納得しづらい。不思議な空気の漂う競技なのだ。
それを「フィギュア」という。教習所のように区画されたコースを、いかに正確に速く走り切るか…という競技なのだか、これが世間には理解しづらい。華やかなモータースポーツとは一線を画すからだ。だが、自身も学生時代には体育会自動車部に在籍し、関東学生王者に輝いた木下隆之が、その珍妙なフィギュアの魅力を語る。

クルマ様に挨拶

「押忍っ、明治学院大学体育会自動車部一年木下隆之、よろしくお願いします!」
腹の底から張り裂けるような声を上げ、自らの所属と名前を告げたのちに、深々とお辞儀をしてから乗り込むのである。
お辞儀は誰に?
もちろん神聖なクルマ様にである。
体育会自動車部で、もっとも大切にされるのはクルマである。ほとんど宗教の偶像崇拝に近い。自動車部といえども、大学からそれなりの活動資金をいただいている公式の部活動であり、その予算で購入した”部車”は、神棚に祀りたいほど神聖な存在なのだ。
なおかつ、部車に挨拶をしたあとには、その場にいる先輩の数だけ頭を下げなければならない。
「よろしくお願いします! よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!よろしくお願いします!」
ひとりでも数が合わなければ、その場で腕立て伏せ10回である。
そんな儀式を終えてから、ようやく部車に乗り込むことが許される。
そして3枚重ねの座布団をシートに敷く。
そしてドアロックをする。
そしてシートベルトを…締めない。
部車に乗り込むには、そんな儀式を欠かしてはならないのだ。
まったく体育会自動車部とは、珍妙である。

フィギュアという競技

クルマを走らせ技術を競うという意味では、フィギュアは紛うかたなきモータースポーツである。だがその趣はちょっと異なる。速度はアイドリング+αの極低速である。爆音は響かない。スキール音もしない。というよりむしろ、タイヤを滑らせてはいけないのだ。クルマに負担をかけることなく、スムーズに走らせる競技なのである。
同乗する審査員の頭が、運転操作により前後左右に揺れたら減点。審査員のほとんどは各大学のOBで、嫌味なOBは「チッ」と舌打ちしたりするから緊張感はMAX。
競技会場はたいがい、自動車運転免許試験場で行われる。
免許取得者ならば必ず経験したクランクやS字コース、あるいは車庫入れを想像して欲しい。運転免許試験場の難所をさらに数倍ほど狭くしたコースを路面に描き、その定められたコースを限りなく速く、そして正確に、つまり、描いた線に触れたり脱輪したりすることなく完走する競技なのだ。
その難易度は超絶である。例えば目視できない助手席側のタイヤを、縁石に数センチ単位で寄せたり沿わせたりする必要がある。クランクやS字は、スムーズに通過できるはずもなく、何度も前後に切り返しながらようやく通過できるサイズに狭められている。

そこで求められるのは、尋常ならざる車両感覚である。バックミラー等での目視ならば数ミリ単位でかわす。目視できなければ、空想と想像の世界でタイヤを沿わせる。それでも数センチの乱れも許されない。ギアは1速かバックであり、速度はトロトロと牛歩の如く低速だ。
たとえていうならば、チベットの崖を伝い歩きするヤギのテクニックである。ポツンと一軒家を訪ねる軽トラの技能だ。
3枚もの座布団を尻に敷いたのは、ハンドルをクルクルと回し続けるからである。当時はパワーステアリングなどという怠惰な文明の利器は普及しておらず、したがってハンドルは死ぬほど重い。ほぼ中腰でハンドルに覆い被さるようなポジションでなければ、およそ5分から10分の競技中、ステアリングを回し続けられないのである。窓から顔を出してタイヤのありかを確認するときにも、中腰スタイルは都合がよかった。だから、腕力を鍛えるために、前述したような「お仕置き」は腕立て伏せなのである。

フィギュアは5種目に区分けされていた。カローラやサニーといった1200cc前後の「小四」(当時は1200cc前後が主流だった)と、クラウンやセドリックといった「セダン」と、さらに2トンの「小貨」と4.5トンの「大型」に区分されており、その中の「小四」を除いた3種目をひとりで走り切るのが「三種」である。
三種はオールマイティな能力が求められる上に、配点も高いから、たいがいクラブのエースが担当する傾向にあった。もちろんキノシタも三種である。だが、負担がのしかかることから、今では三種は廃止されているという。

そもそもフィギュアとは…と思ってネット検索すると、表示されるのは数々のアニメキャラクターばかり。竈門禰豆子やはんなり京娘といった、門外漢にはさっぱりわからぬフィギュアアイドルが華やかだ。知っているのはBMW Team Studieが走らせていた初音ミクだけ。なかなか自動車競技のフィギュアにたどり着けない。もしくは、浅田真央ちゃんのフィギュアスケートである。
フィギュアスケートも、以前は「規定」という種目があった。氷盤に半径5mほどの円が接する8の字が描かれている。片足を高々と上げて、その円をなぞるように8の字に滑る。途中でエッジを入れ替えさせるのは難易度を高めるためだろう。つまりは、ショーのように華やかでも、4回転ジャンプのように躍動的でもない。テクニックだけを評価する地味な競技だった。それと自動車競技のフィギュアは似ている。
フィギュアとは、英語のFigureから来ている。図形とか、模様という意味が転じて、工作物の図面のような複雑なコースを走ることになったのだと推察する。

青春をかけたフィギュア

フィギュアは学生自動車連盟に属する体育会自動車部にとって、もっともメジャーな競技である。ダートトライアルやジムカーナに優って、もっとも重要視されるのがフィギュアなのだ。
そこまでメジャーになったのは、貧乏学生ならではの経済的な事情が関係している。ダートトライアルやジムカーナは金がかかる。だから頻繁に走ることはできない。だがフィギュアならば手軽だ、敷地の片隅で訓練することができるばかりではなく、解体屋から譲り受けてきたカローラやクラウンが役に立つ。
各校の自動車部は例外なく、2トントラックを所有している。ダートラ大会に参加するためには、部が所有する競技車を運搬する必要があるからだ。その運搬のためのトラックが、フィギュアでは競技車に変身するのだから都合がいい。

青春の群像

さて、これがモータースポーツかと問われると答えに窮する。モータースポーツにエンターテインメント性が不可欠だと言うのなら、フィギュアはモータースポーツではない。競技会場に響くのは、声を枯らした学生の声援だけだ。
「先輩、ファイっとでーす!、ファイっファイっでーす!」
応援が独特の発音なのは、体育会の特性である。
その声援が暗号化されて選手への指示になったという疑惑が上がり、後年には声援も禁止になったという。ということはつまり、お寺の境内のようにシーンと静まり返った静寂の中、粛々と競技が進む。聞こえるのは、アイドリングの微かな響きと、タイヤが路面の砂粒を踏み締める音だけだというのだから、ますます珍妙である。
入部して、フィギュアがメイン競技だと知らされた時のショックは忘れられない。もともと自動車部なら、クルマ通学が許されるのだと期待して入部したという不埒な動機だったのだが、それでもラリーやサーキットレースなどに参加できるのだと錯覚していた。春の勧誘ではフィギュアの存在など一切知らされず、みんなでドライブしていればいいらしい…なんて幻想の世界を思い描いていた。入部届に印鑑を押した瞬間にフィギュアの存在を聞かされ、膝の力が抜けたことを思い出す。

安全規定は無視して

そもそも、シートベルトをせずに公認競技に参加していいのだろうか。たしかに当時は道交法でもシートベルトは義務化されていなかった。もともと練習も試合もクローズドの施設内だから、道交法の対象にはならないとはいえ、公的な側面もある学生連盟の公式競技でシートベルトをしないのは、今思えば珍妙である。
フィギュアの試合では、助手席に審査員が乗る。速さと正確さだけではなく、運転のスタイルをも審査されるのだ。シフトチェンジのギア鳴りや、急発進や急ブレーキも禁止だ。停止状態のステアリング操作も減点対象である。いわゆるすえ切りは、クルマを痛めるという認識だったのだろう。いまとなっては、すえ切りするためのパワステなのだが、それも当時の道理に反するというわけである。
日頃のフィギュア練習では、先輩がボンネットに座ったり、バンパーに足をかけることも少なくなかった。大型にいたっては、ルーフ上のキャリアに2〜3人の先輩が乗ることもしばしば。当時はパワーステアリングなどなかったから、その死ぬほど重いステアリングをさらに重くするために、フロントに荷重を加えるのである。つまり、パワーステアリングのない4.5トントラックのハンドルを必死になって回しているその目の前のガラス越し数センチ前には、バンパーによじ登ってニヤニヤ笑う鬼の先輩の顔があるのである。これが珍妙でなくて、なにが珍妙だというのだろうか。笑って吹き出さなかったことが不思議である。

奥が深いモータースポーツ

とはいうものの、これがやってみると面白いのである。ゲーム性があるから、見事に走り抜けた時には快感が走る。いかに効率的なラインで走ることができるのかを導き出す戦略的な思考も求められる。素早く走り切るために都合の良いラインを瞬時に見極める能力も問われる。
卒業まで4年間、退部せずにまっとうしたOB&OGが異口同音に、フィギュアは面白かったと口にするのがその証拠だ。
そんなのが役に立つのか?という質問を受けることも少なくないが、役に立つのはファミレスで駐車する時くらいである。コインパーキングの駐車がだれよりも上手いと自信を持って言えるのは、青春を捧げたフィギュアが染み付いているからである。ダートラで素早くカウンターステアが当てられるのは、フィギュアで鍛えた腕力とステアリングの回し方によるものだと思う。
言葉で説明するのは難しいのだが、とても効率的な駐車の方法がある。教習所でも教えてくれないということは教官も知らないという奥義である。それを鮮やかに決めたとき、体育会自動車部であったことを誇りに思うのだ。
僕はのちにレースの世界に足を踏み入れることになるのだが、当時は全日本ツーリングカー選手権のマシンとてパワステがなかった。それでも300kmレースを完走できたのは、先輩がバンパーで仁王立ちする中、過酷なトレーニングに耐えたからであろう。

特殊な生い立ちからプロドライバーに

昨今、レーシングカートあがりのドライバーが幅をきかせている。幼少の頃からモーターレーシングでの経験を積み、ドライビング感覚を磨いてきたドライバーが重宝がられている。ラリーあがりもいる。ジムカーナを制してサーキットレースに進出したレーシングドライバーもいる。だが、フィギュア上がりのレーシングドライバーなど、この木下隆之を置いて他にはおるまい。時速1キロか2キロの世界から300キロオーバーの世界を創造したのだから、これは褒められて良いと思う。
「押忍っ、明治学院大学体育会自動車部一年木下隆之、ありがとうございました!」
そう言いつつ、先輩の数だけ「よろしくお願いします!」を連呼しなくて済むようになったのだから、僕もずいぶんと出世したものである。

キノシタの近況

2020年のモータースポーツスケジュールが発表されましたね。このコラムがアップされる数日後には、スーパーGTの公式テストも終えている。爆音を聞かずに半年も過ごしたのは、レーシングドライバーになってから初めてのことだと思う。鼓膜が驚かないものかと今から心配だ。