レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

274LAP2020.8.27

24時間レースの戦い方。

24時間レース花盛りである。伝統的なル・マン24時間やニュルブルクリンク24時間が開幕を迎える2020年9月、日本でも富士24時間が開催される。スーパー耐久マシンで競われるこのレースは、FIAが定めるGT3から、デミオやロードスターといった小排気量クラスまでが入り乱れる。まさに実力均衡、様々な走り自慢のマシンとドライバーが24時間後のチェッカーフラッグを潜り抜けんと先を急ぐ。チームやドライバーが多種多様だから、戦略も多岐にわたる。数々の24時間レースを制してきた木下隆之が、その戦い方をそっと語る。

世界の猛者が集結

僕が過酷な24時間レースに魅せられたのは、初めての挑戦となったスパ・フランコルシャン24時間レースだったと思う。欧米から集まった力自慢のメーカーが、ベルギーの伝統的サーキットに集結した。僕は当時日産契約だったこともあり、R32型スカイラインGT-Rの世界制覇プロジェクトのメンバーに組み入れられた。ワークス体制で挑んだのである。
それ以来、欧州巡りは続いた。スパ・フランコルシャン24時間を制したのち、ニュルブルクリンク24時間でも勝利。母国日本では十勝24時間レースを戦った。気がついたらニュルブルクリンク24時間参戦は、日本人最多を記録、自称24時間男を名乗ることになっていた。
日産からファルケンに移籍し、ホンダ、トーヨー、トヨタとワークス畑を歩いてきた。ドイツのチームとのジョイントもあったし、最近ではタイランドのプロジェクトにも参画している。24時間レース詣ではもうやめられない。

そんな数多くの戦績を通じて、様々な戦い方があることを学んだ。まず、プロジェクトを成功させるために欠かせないのは、熟考した上での戦略である。目標リザルトといっても良い。我々は何をしたいのか、気持ちをひとつにしつつ、それに向かってブレずに邁進することだ。
チームには様々なメンバーが集結する。24時間レースともなると、助っ人メンバーが加わることもある。それはメカニックやマネージャーだけでなく、ドライバーも含まれる。ちなみに、今シーズン僕がドライバーとして参画するSS/YZ Racing with Studieは、レギュラーの僕と砂子塾長と鈴木宏和に加え、ル・マンを制した「世界の荒」こと荒聖治、そしてなんと、暴れん坊の名を欲しいままにするJ.Pオリベイラを起用する。
このメンバーを見て、我々チームのキャラクターがおよそ理解できると思う。置きにくるレースにならないことは明白だ。レースを大いに掻き回す可能性が高い。攻撃的な戦略を敷いてくれることは間違いない。

マシン温存時代から24時間スプリント化へ

かつて自動車が壊れやすかった頃、とにかく守りのレースに徹することが勝利の方程式だった。タイヤ交換と給油は欠かせないルーティンワークであるばかりか、ピットインのたびにブレーキパッドの交換が必要な時もあったし、オイルの補充も定められた作業であった。
スタートしても、すぐにブレーキング競争は封印された。シグナルがブラックアウト、24時間レースの火蓋が切られた瞬間から、まるでエコランのような静かなレースが始まったものだ。
マシンを故障させないことが最優先された。ギアシフトはゆっくりと親指と人差し指でレバーを摘むようにして行われた。ブレーキペダルに乗せる足は、豆腐を潰さないかのように優しいタッチで。消耗パーツを労っていたのだ。ゆっくり亀のように走ること。それがウサギのように速く走る方法だった。

それがやがて、ハイペースレースに移行していくことになる。マシンの耐久性が高まり、多少負担をかけても走り切れる計算が成り立ったのだ。
その頃の戦略は、マシンの温存を封印し、予めパーツ交換を覚悟した作戦を採用することだった。レース中にミッショントラブルの可能性があるのならば、レース半ばでの交換を予定した。丁寧なシフト操作でミッショントラブルを回避するのではなく、飛ばすだけ飛ばして、ミッション交換の時間を稼ぐことだった。日産がグループCカーでル・マンを制した時、12時間経過後のミッション交換を16分で終えマシンをコース上に送り出した、そのエピソードは伝説として、今でも語り草だ。
僕がスーパーGT500スープラでニュルブルクリンク24時間レースに挑んだとき、14時間経過時点でオイル交換を敢行した。あらかじめオイルを高熱に温め、まるでガソリンの強制給油のように下からオイルを抜き、同時に上から高熱のオイルを送り込んだ。それをドライバーチェンジの短時間で、タイムロスなくやり終えた。そのための特殊な装置を開発し、投入したのである。マシンをもたせるのではなく、戦略的ルーティンを敷いていたのだ。マシンを労わり、ピットでの作業時間を節約するのではなく、ピットでの作業時間以上をコース上で稼ぐことが主流になった。

やがて、レースペースはさらに上がってくる。マシンはFIAの定めるGT3やGT4マシンに移行し、技術の進歩もありマシンは壊れなくなった。マシンを温存するチームは少なくなり、一か八かのドライビングに挑むドライバーが増えた。守っていては勝てない。幸運が重なり、奇跡的にクラッシュに見舞われなかったチームが勝利する。そんな攻撃的なレースに昇華したのだ。24時間レースのスプリント化である。

ドライバーのラインナップで戦略が予測できる

僕はこれまで多くのレースで、スタートドライバーに起用されることが多かった。24時間レースの経験が豊富だったことや、マシンに優しいと評されていたことに加え、スタート後のポジション争いが悪くなかったことが理由だと思うが、何よりもペースコントロールの巧みさを期待されていたように思う。スタートドライバーのペースが、そのチームの基本ペースになることが多いからだ。
レースは年ごとで雰囲気が異なる。殺気立つシーズンもあれば穏やかなシーズンもある。そんな場の空気を掴み、その後に続く基本ペースを作り込むことが求められたのだ。

今年のスーパー耐久開幕戦は、世界的パンデミックの影響で9月にずれ込んだ。開幕戦がいきなりの24時間レースなのである。ドライバーはもちろんのこと、チームも気持を束ねる間すらなく、もっともチームワークが求められる24時間レースに挑むことになる。暗中模索のスタートなのだ。
そんな中、我々SS/YZ Racing with Studieはどんなレースをするのだろう。まずはスタートドライバーの人選で、そのあたりが露わになる(笑)

キノシタの近況

SS/YZ Racing with Studieは世界の荒に加え、J.Pオリベイラを起用することにした。いかにもSS/YZ Racing with Studieだと言えるだろう。スピードに不足はない。9月3日からの富士24時間に期待してください。