287LAP2021.3.10
北海道プロドライバー育成計画
レースにしてもラリーにしても、競争ドライビングは常に滑るマシンとの戦いのような気がする。アンダーステアにしてもオーバーステアにしても、タイヤがスキッドした状態をいかにコントロールするかがドライビングのキモなのだ。
だとしたら、日頃から滑りやすい環境に身を置いている雪国の人には、究極ドライビングの潜在的才能が宿っているのではないかと思う。北海道でドライバーを育てろ。官民あげて。過去にはWRCラリー車の開発を担当し、ラリーにも挑戦した木下隆之が熱く語る。
トレーニングに最適な地
冬になると雪路を走りたくなるのはレーシングドライバーの性なのか、もともと滑りやすい環境が好きなのか、そもそも潜在的にラリーやダートトライアルに興味があるからなのか、そのすべてかもしれないのだけれど、雪の便りを耳にするとじっとしていられないのである。
今年もすでに何度か、圧雪路を求めて雪深い地域を訪ねた。神奈川県在住だから、日帰りで足を伸ばすとなると、山梨県西北部か長野県南部になる。もっと深い雪路を期待するのならば、北アルプスを目指すことになる。
といっても、関東近郊から多少足を伸ばした程度ではあまりスリッピーにはならない。暖冬の影響なのか、よほどの寒気団に襲われない限り、スノーロードといっても路面はシャバシャバのシャーベット状であり、運が悪ければ、アスファルトがマーブル状に現れる。わざわざ遠征してきた意味が薄れ、ガックリと肩を落とすのである。
やはり北海道まで飛ぶか…。
さすがに旭川は、良質なスノーロードには恵まれていた。空港に降り立つと目の前は一面の銀世界であり、スノードライビングを求めてやってきた僕には夢のような世界が広がるのだ。
じつは旭川空港近隣のレンタカー屋で、FRモデルを借りようとして希望した。
「北海道でFR駆動ですか?」
「はい、せっかくの雪道なので…」
「好きですねぇ」
受付の男性は、僕がFRを求めた理由を理解したようで、頬の端を僅かに歪めて笑った。
「あいにく、揃えていないんです。借りようとする人もまずいませんので…」申し訳なさそうにして、そしてまた笑った。
レンタルしたAWDのボルボで山岳路を走っていると、目の前を一台のスポーツカーが走り去った。
トヨタ86。細やかにチューニングしているであろうことは、雰囲気でわかった。さすがに車高を下げてはいなかったが、バケットシートや競技用ステアリングをチラリと確認できたのだ。
雪深い北海道で目にすると、ちょっと違和感がある。というより、微笑ましい。雪国でFRのチューニングクーペ。これはもちろん走り好きである証拠であろうし、日常的にドリフトを楽しんでいるに違いないのである。
ストーカーと思われない範囲で後を追った。けして急いでいるわけではなさそうだったし、飛ばそうという素振りもなかった。だがそれがかえって、雪国ドライバーの凄みでもあった。
ペースは穏やかである。おそらく目的地があって、そこに向かってただ移動しているに過ぎないという雰囲気である。だというのに、ときおりマシンをスライドさせたり、いや、スライドしてしまった86を瞬間的なカウンターステアで押さえ込んでいるという落ち着きぶりに、凄みを感じたのである。
北海道の日常にはスライドコントールがある。
かつてボルボは、北欧の国スウェーデンの自動車メーカーであるにも関わらず、FR駆動を量産していた。対するサーブはFFが主体だった。
その点をボルボの商品企画担当者に問いただすと、興味深い回答が得られた。
「アクセルが第二のステアリングになるからです」
確かに高度なスキルがあれば、FR駆動は走りやすい。踏破性はともかく、旋回性能では優位性があるのだ。なるほどねぇ、と感心した記憶がある。
日常にスライドが寄り添う
30年ほど前、「スカイラインドライビングパーク」という運転スクールを企画、校長という立場で運営した。
スカイラインとタイトルを冠してはいるものの、対象はスカイラインに限らず、日常でスポーツドライビングに触れてもらおうというのが主旨。全国津々浦々、様々な地域に出向いてドライビングを指南するのである。
カリキュラムは僕が作成した。だが大失態をやらかしている。全国遠征において画一的な内容で統一したことに破綻が生じたのだ。
当時はまだABSは一般的ではなく、カリキュラムの中には「ハードブレーキング体験」が含まれていた。水を撒いたスリッピーな路面でフルブレーキングを開始、タイヤがロックした瞬間にリリースすることで旋回力が復活することを体験してもらうという内容である。安全な速度域で限界特性を感じ取れるという意味で好評だったのだが、それが通じたのは本州のみ。津軽海峡を超えて北海道でそのカリキュラムを実施すると、参加者は意味不明という表情になるのである。タイヤがロックした瞬間にブレーキ踏力を緩めて旋回力を復活させる…といったことは、雪深いの国では日常的なことであり、いまさらなにを…なのである。雪国の人のドライビングスキルに脱帽した記憶がある。
ならば世界的ラリースト、あるいはレーシングドライバーを北海道で養成してみてはいかがだろうかと思い立ったのも、当然の発想であろう。
4年連続全日本ラリーチャンピオンをはじめ、氷のWRCラリーモンテカルロを制したこともある奴田原文雄選手は、北海道を地盤に現役で活躍している。
思えば、フィンランドは優秀なドライバーを数多く生み出している。F1王者のケケ・ロズベルグ、ミカ・ハッキネン、キミ・ライコネン…。ヘイキ・コバライネンやJ.J.レートなど、多くのフィンランド人ドライバーがサーキットを席巻した。
ラリー界も席巻している。ラウノ・アルトーネン、マルク・アレン、ユハ・カンクネン、ハンヌ・ミッコラ…。いやはや、リストアップしたらキリがない。紙数を使い果たしてしまう。華やかな成績を残したドライバーは枚挙にいとまがないのだ。
フィンランド共和国の人口は約552万人。世界で114番目の、いわば小国である。GDPは約3,000億ドル。世界33位である。日本はその22倍の人口約1億2700万人を有する経済大国である。そんな小国なのに、日本より多く優秀なドライバーを輩出しているのは、滑りやすい国であることに優位性があるのではないかと想像してしまうのである。
それだけではないだろう。よく、北欧の人は夜でも目が見えるという。だからラリーや耐久レースで強いのかもしれない。
ワールドカップ・サッカーで頻繁に耳にするウルグアイは、人口約344万人の小国だ。世界で131番目である。日本の36分の1しか人口がない。だが、これまでW杯で優勝二回、直近の2018年にはベスト8入りを果たしている。W杯の上位国なのである。
人口が多ければ、才能豊かな選手が多いはずであろう。分母が大きければ、優秀な人材が埋もれている可能性は高い。その意味では、人口の少ない小国は不利であるはずだが、結果はそうとは限らない。いかに国民がそのスポーツに親しんでいるのか、という点で世界的勢力図に影響するのは想像の通りだ。
ウルグアイという、サッカー以外では滅多に耳にすることのない小さな国が、世界の経済国と伍して戦っている姿を目にすると、強さは人口だけではないなぁと思うのである。
つまり、論旨をいうのならば、北海道で優秀なドライバーを育て上げてみては…と僕は思うのである。もし僕が北海道知事だったら…、という幼稚な妄想をするのならば、スポーツ庁と連携し、「北海道ドライバー育成プログラム」を立ち上げますね。官民あげて育てれば、世界に通じるプロドライバーを多く育て上げることができると確信する。
ちなみに北海道在住の奴田原選手は、「奴田原ラリースクール」を主催している。
僕が北海道知事ならば…(笑)、北海道庁舎に「奴田原ラリースクール支援部隊」を組織するのになぁ、と思う。それがひいては日本のためになるし、北海道経済に貢献すると確信するからである。
ともあれ、滑りやすい雪路でのスノードライブは、僕のような内地のドライバーにとっては刺激になる。だからこそ、頻繁に北海道に通うのである。黒光りしたアイスバーンを見て、しめしめ…と思うようになったらこっちのものだ。
できれば旭川のレンタカー屋には、FR駆動を揃えていて欲しいものである。
キノシタの近況
GRヤリスを改めてドライブして、その潜在的な性能の高さに脱帽する日々である。デビュー直後にドライブした時よりも、さらに戦闘力が増しているように感じるのだ。日増しに性能の高まりを感じるなんて、驚きです。