レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

288LAP2021.3.24

モータースポーツの生命力

新型コロナウイルスを日本に住む我々が認知したのが、2020年1月のこと。緊迫のニュースを耳にした時には、新型コロナウイルスがこれほど世界に影響を与えるとは誰も思いもしなかったはずだ。しかしその後、日本にも新型ウイルスの影響が海を渡ってきた。未曾有の外出自粛生活が始まったのが2020年の3月頃だったから、ほぼ1年間を経たことになる。
それでもモータースポーツは立ち上がった。関係者の決死の努力に支えられ、多くのモータースポーツが成立した。犠牲がなかったわけではもちろんない。多くの関係者の生活に傷痕を残した。それでも無事にコロナ禍を乗り越えつつあると言えよう。「モータースポーツの生命力に感謝する」。と木下隆之は言う。

必死にもがきながらもモータースポーツは立ち上がった

2021年のスーパーGTエントリーリストが発表された。日本でもっとも高い人気を誇るそのシリーズは、あいも変わらず盛況のようで、フルグリッドに近いマシンが開幕戦に集結するという。
ツーリングカーレースのもう一つの雄であるスーパー耐久レースも、ピットの数が足りずに新規チームの参戦が許可されない状況だというから嬉しいばかりだ。世界経済が復調の兆しを見せているとはいえ、足元の生活はけして豊かではない。コロナ禍が黒い影を落としている状況に変わりはない。だというのにグリッドをフルに埋めることができるとは、モータースポーツの生命力は侮れないと感心する。
これまで長くモータースポーツを支えてきてくれたスポンサーが、ほとんど欠けることなく顔を揃えたように思う。M&AやCIによりブランド名を変えたチームはあるものの、実体は継続参戦であり、モータースポーツの底堅さを物語っているのだ。

昨年の今頃、世界経済は真っ暗闇の中にいたことを思えば奇跡に近い。経済的な影響を強く受けるモータースポーツ界が例外であるはずもなく、暗中模索、初めての体験ゆえに経験則もなく、手がかりのない中で右往左往もがいていた。だというのに、蓋を開ければ、とりあえずモータースポーツは終わっていないのだ。
2020年のスーパーGTは、予定されていた全8戦を消化することができた。開幕戦が大幅に遅れ、サーキットが代替地に変更になったものの、予定した全8戦をフルグリッドで消化できたことは感動的でさえある。

2021年の杞憂

もっとも、2020年がフルグリッドに埋まるであろうことは想像に難くなかった。というのも、モータースポーツの契約は大方、すでに2019年秋頃に終えていた。コロナが襲ってきたその時期には、ほとんどの準備は整っていたからだ。よほどのことがなければ契約書通りにことが進むであろうと想像していた。むしろそのツケは翌年に、つまり2021年に荒波となって押し寄せてくるのであろうと杞憂していたのだ。
2020年は制約のある環境での開催になった。政府の指針を遵守したために、イベント会場への人数を制限。観客はおろか、スポンサーの入場も許されなかった。チーム関係者ですら人数を絞った。PCR検査の義務付けや、外食の制限、サーキットへの移動時にも密を避けるという異例の対応がなされた。その制約は、モータースポーツを支えているプレス関係にも及んだ。僕がもっとも心配したのはそこ。資金的なよりどころであるスポンサーですら、サーキットに足を踏みいれることができなかった。そのうえマスコミの報道までも制限されれば、スポンサーの離脱は必ず起こると予想されたのだ。
「金を払ったのに、競技を観ることすら許されないのか…」
そんな不満が爆発し、継続的な支援の打ち切りを想像したのも道理であろう。
だが2021年もフルグリッドで埋まった。スポンサーに感謝してもし切れないのである。

プロスポーツの多くは企業の宣伝費に依存している。競技が開催され、それが広く報道され、そこで初めて費用対効果を生む。そんな仕組みで成立するプロスポーツにとって、無観客開催と報道の足枷は大問題であった。
モータースポーツも例外ではなく、世界経済の影響を強く受ける。それは過去の例を紐解いても明らかだ。世界恐慌に陥れば、モータースポーツ界には冷たい風が吹いた。スポンサーの撤退、チームの解散、ドライバーの廃業が重なる。
その逆に、バブル経済が好例のように、世界が好景気になればモータースボーツは繁栄する。つまり、世界経済とモータースポーツは密接な関係にある。となれば、観客を呼ぶことも、報道することも、スポンサーに足を運んでもらうこともできないという状況で、資金提供をお願いすることには無理がある。だというのに、多くのスポンサーが継続、もしくは新規参入してくれることに驚きを隠せないのである。
これはもはや、モータースポーツの体質の変化を意味する。レースをする側と、資金提供する側という商業的な関係ではなく、共にモータースポーツを支える者同士という関係が出来上がっていたのではないかと想像するのだ。

これからが勝負だ

ただし、諸手を挙げて安心してはいられない。表面上は華やかだが、スポンサーの離脱は少なくない。実際に僕も、複数のスポンサーに協賛を願っているものの、サーキットでモータースポーツを観てもらう機会すら得られない中での交渉は厳しい。とある企業の宣伝担当者は、実際に現場に足を運び可能性を見極めたいと申し出てくれている。だが断らざるを得ない。それでスポンサー契約が結べるとは思えないのである。「レースは観せられない、でも資金は出せ」などとは、口が避けても言えないのだ。

ともあれ、コロナ禍はモータースポーツの生命力の高さを教えてくれた。そしてそれが、モータースポーツの関係者の絶え間ない努力であり、忍耐の上に成立している。そしてもはや、同志となったスポンサーの方々の愛情の表れなのだ。
モータースポーツの体質の変化を気づかせてくれたことは、コロナ禍で得た唯一の喜びである。

キノシタの近況

大排気量NAエンジンを搭載し、後輪を駆動する。組み合わされるミッションはマニュアル。サイドブレーキレバー付き。こんなドライビングの楽しみに満たされたスポーツカーは、もはや絶滅危惧種なのかもしれない。そう思ったら無性にこいつに乗りたくなった。
永遠なれ、フェアレディZ。