295LAP2021.7.14
レーシングカーが販売店で買える?
自動車の購入方法はたくさんある。販売店でセールスマンと契約する。中古車ブローカーに掘り出し物を探してもらう。いかにも現代的にネット購入。手段と方法は様々だ。だが、レーシングカーとなると購入方法は限定される。レーシングチームの門を叩いて購入。専門家の指示を仰ぐ。どちらにせよ、専門的な知識やコネクションが必要であろう。その点で、BMWが新たに始めた手法が斬新だ。本格的なレーシングカーが販売店で購入可能なのである。画期的な販売方法を、木下隆之が紹介する。
モトーレン東都の知見が注がれている
株式会社モトーレン東都が、レーシングカーの販売を開始した。モトーレン東都は、主に輸入車の販売を手掛ける会社であり、傘下のToto BMWは、BMWの販売実績では日本一を誇る。BMWに強みを発揮するToto BMWが、「M2 CSレーシング」の販売を開始した。アジアで唯一の「BMW M Motorsport DEALER」になったのである。
これまでもレーシングカーの販売を手掛けるディーラーは存在していた。最大手はGRガレージであろう。全国に点在しており、TOYOTA GAZOO Racingが開発したレーシングカーを販売している。トヨタが企画したワンメイクレースの出場車両であり、コンプリートの状態でユーザーに届けられる。ナンバー付きの車両だからこそ可能なスタイルだ。
だが、今回モトーレン東都が開始したレーシングカー販売事業は、その対象が「M2 CSレーシング」だというから驚きを隠せない。輸入車であることはもちろんだが、本格的なレーシングカーである。ドイツ本国のBMW・M社とBMW・motorsports社が共同で開発したワークスマシンである。純粋な競技車両に仕立て上げられており、公道を走るような代物ではないのである。
やや大袈裟にいうならば、日曜日に街道筋の販売店に子供を伴って赴き、ファミリーカーを買うような気軽さで、超本格的なレーシングカーを手にすることができるのだ。
超本格的なレーシングマシンと完璧なサポート体制
ここで簡単にM2 CSレーシングを紹介しておこう。
BMWラインナップの中の攻撃的モデル「M2 CS」がベースで、そのパフォーマンスをさらに引き上げている。その戦闘力は計り知れない。直列6気筒3リッターツインターボエンジンを搭載し、最高出力450馬力を誇る。富士スピードウェイでは250km/hオーバーを記録し、話題のGT4マシンを軽々とパスしてみせる。
作り込みは完全なレーシングカーである。内外装の無駄なパーツはすべて取り払われ、まっさらのホワイトボディをベースに組み立てられる。安全性と戦闘力を高めるロールケージがジャングルジムのように張り巡らされており、バケットシートはドライバーのみの一脚だ。ステアリングは航空機の操縦桿のようにH型であり、ステアリングポストにおびただしい数のスイッチ類が組み込まれている。写真で雰囲気を感じていただければ話が早いだろう。つまり、純粋なコンペティションモデルなのである。
参戦カテゴリーは様々だ。本国ドイツではワンメイクレースが企画されている。ニュルブルクリンク24時間にも、たくさんのM2CSレーシングを見ることができた。日本のスーパー耐久にも参戦可能で、カテゴリーはST1となる。
僕は、このM2CSレーシングで、5月に開催されたスーパー耐久・富士24時間耐久レースに参戦した。数台のGT4を抑えて、総合12位になっている。表彰台から見る景色は清々しかった。カーボンパーツを多用した純レーシングマシンを、軽々と抜き去るのは快感だった。
というように、国内外の主要なレースに参戦可能なのである。そんな本格的なレーシングマシンが街道筋の販売店で購入できるなど、驚くべきプロジェクトだと思える。
サポート体制も手厚く、経験と造詣の深いスタッフが常駐している。もともとToto BMWはBMW Team Studieをサポートする形でスーパーGTに参戦してきており、技術と知見を高めている。今回のプロジェクトにはBMW Team Studie代表の鈴木康昭氏がスーパーバイザーとして加わっており、完璧なサポート体制を敷いているのだ。
マシンを購入したものの、戦い方がわからないという不安を払拭してくれている。せっかくのM2 CSレーシングが宝の持ち腐れにならないよう、配慮が行き届いているのである。
ドライバーフレンドリーな仕掛けの数々
興味深いのは、コンペティションの世界で圧倒的なパフォーマンスを披露するだけではなく、ユーザーフレンドリーな仕様であることだ。実はベースとなるM2 CSは高額である。ボンネットや左右のドアは高価なカーボンマテリアルが使われており、グラム単位の軽量化が図られている。ところが純粋なレーシングカーであるM2 CSレーシングは、逆にコストダウンが図られている。ボンネットやドアにカーボンは用いられていない。
その理由はユーザーへの配慮にある。コンペティションの世界では、クラッシュなどの被害は避けられない。そのたびに高額なカーボンパーツに交換するのでは出費がかさむ。それを考慮して、比較的安価なスチール製に換装されているのである。コンマ1秒の瞬発力を犠牲にしてでも、ランニングコストを優しくしてくれているのだ。
基本的にノーマルパーツを多用している点も特徴だろう。エンジンはノーマルをベースに耐久性を高める細工が施されている。ミッションもノーマルの流用だ。ブレーキ等は耐久レースでの戦いを有利にするためにレース用サイズに拡大されているが、システムはノーマルのまま。ABSやトラクションコントロール等の電子デバイスも装備されており、システムもノーマルをベースに細工されている。つまり、補修パーツも販売店で購入可能なものばかり。レーシングカーの価格を抑えていても、維持費等がかさむのは厳しいもの、その点でもユーザー目線なのだ。
誰が乗っても勝てる?
富士24時間耐久レースに参戦して驚いたのは、まずその耐久性能の高さである。BMW Team Studieが本国ドイツから輸入、通関手続きを終えたばかりの“つるし”状態そのままに、ほぼシェイクダウンの状態で参戦したのだが、一切のトラブルがなかったのである。トラブルらしきものは、耐久レース用に後から付け足した無線のジャックが多少緩んだだけという完璧な状態。スタートからゴールまで、まったく戦闘力に変化がなかった。それどころか、予選タイムと同等の数字をゴール直前で記録しているほどである。ガソリンを給油し、タイヤ交換をし、レース中に一度のブレーキパッド交換をしたのみで、最後まで安定して走り切ったのである。
M2 CSレーシングがアジアを走るのは初めてであり、だから熱の問題が心配された。気温の高い日本での唯一の不安がそれだったのだが、全く杞憂に終わっている。
さらに驚かされるのは、ドライビングがイージーなことだ。パワーステアリングは装備されているし、ABSもトラクションコントロールも効く。ドライバー冷却用のエアコンも標準装備だ。ミッションはツインクラッチの2ペダルだから、レーシングカーにありがちな神経質なクラッチ操作の心配もない。発進はオートマ感覚であり、変速は左右のバドルを叩くだけである。ブレーキ用マスターバックも装備されているから、レーシングカーで悩まされる高いブレーキ踏力も要求されない。
操縦性も優しい。だから24時間を戦っても、驚くほど疲労感がない。そもそもプロドライバーだけになびくような神経質なハンドリングではなく、経験の浅いビギナーでも扱いやすいのである。24時間レースでは、ビギナーを交えてのチーム構成だったが、ラップタイムの差はほとんどなかった。プロドライバーでなくとも速く走れるのである。
それもM2 CSレーシングのコンセプトのひとつだそうで、レース参戦を目的にしないドライバーにも対応する。つまり、休日にサーキットのスポーツ走行に参加するようなドライビングレッスン用という位置付けも狙いのひとつである。遊びのツールとしても活用できるのだ。
こんな万能レーシングマシンが、販売店で購入可能になったことは、日本のクルマ社会を充実させるためには歓迎されるべきことなのだ。レーシングマシンを購入したい。その目的がレース参戦であればもちろんのこと、サンデースポーツ走行としてのツールとしても成立する。サーキットを身近にする起爆剤でもある。
キノシタの近況
梅雨の合間にプチツーリングしてきました。と言っても自宅周辺をテケテケとね、スピードが遅いから、沿道の花木が目に飛び込んでくる。ゆったり走るのも気持ちいいものですね。