レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

317LAP2022.6.15

日独のレーススタイル

2022年にニュルブルクリンク24時間レースに挑んだ木下隆之は、帰国したその週に富士24時間レースに参戦した。ともにBMW・M2CSレーシングをマシンとしていた。同じマシンでの24時間レース。日独のレーススタイルの違いを報告する。

4年ぶりのニュルブルクリンク

2018年はブランパンGTアジアのシリーズ戦とスケジュールが重なった。翌2019年も同様に、スケジュールが重なったブランパンGTアジア参戦を優先した。明けた2020年はスケジュール的には都合が良かったのにもかかわらず、世界的な猛威を振るったコロナ禍で渡独を断念。つまり、ニュルブルクリンクにこだわり続けてきた僕にとっては異例に、4年間のブランクを開けてしまったのである。
ただ、もう体と精神が耐えられなくなっていた。ニュルブルクリンクに魅せられしまった僕にとって4年間の空白は苦痛でしかない。いわば禁断症状のような発作が起き、耐えきれずに渡独を決意。ドイツのBMWの名門・シューベルト・モータースポーツの門を叩いた。晴れて、ニュルブルクリンク24時間耐久レースへの復帰を果たしたというわけだ。

幸いなことに、ニュルブルクリンク24時間耐久レースの翌週には、富士24時間耐久レースが開催された。つまり僕はニュルブルクリンク24時間レースの翌週に富士24時間レースに参戦するという稀有な体験をすることになった。
日本を発ったのが5/23月曜日、ニュルブルクリンク24時間を戦い終えて帰国したのが6/1水曜日、翌日の6/2木曜日にはもう富士で走行をしているというスケジュールである。もう、ここがどこなのか頭が理解できずに、体が勝手に赴くままに行動しているに過ぎない。そんな状況だった。これはもう修行と言っていいだろう。

ただし、ニュルブルクリンク24時間から富士24時間に間をおかずに参戦したことで、日独の24時間レースの違いを鮮明に確認することができた。あるいはそれは、日独の差ではなくニュルブルクリンクと富士の違いかもしれないが、とにもかくにも、大いに戸惑うほどに日独の個性の違いを感じることになったのである。

ニュルブルクリンク24時間スプリントレース

一言で言えば、ニュルブルクリンク24時間は攻撃的なレースだと言っていい。難攻不落な約25kmのコースはひたすら高速コーナーが連続する。コース幅は狭く、コースオフエリアはミニマムだ。アップダウンは激しく、マシンへのダメージも過大になる。だからと言って、ペースを緩めはしないところがドイツ流なのだ。コース幅が狭くとも、隙間さえ空けば強引にノーズをねじ込んでくる。隙間がなければこじ開けてくる。だから頻繁にクラッシュが発生する。それでもいとわず攻めの姿勢を崩すことはない。

古くからニュルブルクリンク24時間は過激なことで知られている。それは今年も健在で、色褪せるばかりか、むしろ闘争心はヒートアップしているように感じたのだ。
序盤から激しい接近戦が展開された。ストレートで並んだままの2台が意地の張り合いを続け、ストレートエンドでのコーナーで接触、大破するマシンがモニターに大写しになった。その光景を僕のチームのメンバーも見下していたにも関わらず、ドライバーの安全が確認されると「いつものことさ」と言わんばかりに微笑んでいた。それがニュルブルクリンクなのだと呟いているようにも見えた。

24時間完走を目指して、マシンを労わりながらそっとそっと走るようなことはない。マシンの性能を100%引き出して、それでもトラブルが発生したのであればそれもそれという考え方に違いない。相手のトラブル待ちのようなレーススタイルを完全否定する。勝利は転がり込むものではなく奪い取るもの。それがドイツ流なのであろう。そう思えるような接近戦がそこかしこで展開されているのだ。

今回僕がドライブしたマシンは「BMW・M2CSレーシング」であり、カスタマー用に開発されたワークスマシンである。日本ではBMWディーラーであるTotoBMWが一般に販売をしている。ということが証明するように、耐久性と乗りやすさは折り紙付きなのだ。多少のことでは故障はない。だからマシンを労わるような指示がなかったのかもしれない。
ともあれ、僕が参画したシューベルト・モータースポーツは、BMWのセミワークスであり、DTMにも参戦している。そこで勝利もしている。だから攻撃的なスタイルが染み付いていると想像することも可能だが、逆に言えば、ドイツ流スタイルの具体なのかもしれない。膨大なデータを持っているから、攻めのドライビングでも24時間完走できることが予想できていたのかもしれない。

かつて僕がTOYOTA GAZOO Racingでニュルブルクリンクに挑んだ時、豊田章男社長はこう言って僕を驚かせた。
「マシンを労わるような走りはしないでくださいね。マシンを徹底的に鍛えるためにです」
我々は順位そのものが目標ではなく、マシンと人を鍛えることが参戦の理由だった。だからこそ、丁寧に走らせるのでは意味がないというわけだ。
「ニュルブルクリンク24時間スプリントレース」
僕はこう呼ぶことにしている。

オウンリスクの国のレース

主催者もそれを演出している節がある。たとえコース上でクラッシュがあり、コース上をほとんど塞いでいるにもかかわらず、赤旗でレースを中断することは稀だ。
とはいうものの、危険を歓迎しているわけではもちろんない。近年、「コード120」、あるいは「コード60」によって(アクシデント処理のための速度制限)クラッシュ現場での徐行を促すスタイルが定着している。危険なエリアでは速度を抑えさせる。最低限の安全を担保した上で攻撃的なレースを肯定する。

帰国し、富士24時間に参戦していてまず安心したのは、頻繁にイエローコーションが発令され、安全性を確保するスタイルだったことだ。
僕が走行中1コーナーにオイルの滲みがあった。その直後、フルコースイエローが発令。サーキット全周を速度50km/hに規制したままオイル処理が行われた。日本のレースは徹底して安全主義なのであろう。
それを過保護レースと揶揄する人もいる。箱庭レースと蔑む声も聞く。だが、だからこそ、安心してレースが戦える。

降雨の際に関しても、ドイツは放任される傾向にある。雨が理由でレースが中断することは稀だ。降雪でもレースは続行する。
かつて突然ヒョウが降り注ぎコース上をゲレンデのように白くしたことがあった。僕はTOYOTA GAZOO RacingのRC350で走行していた。なんとかコースアウトは免れたのだが、前代未聞のコース上スタックを経験した。多くのマシンがその場で身動きできずに立ち往生。コースを塞いでいたにも関わらず、ドライバーは必死で先陣を争っていた。
ドイツはオウンリスクの国である。自らの安全は自らで保証するべきという考え方が根底にある。そうでなければ、速度無制限のアウトバーンなどが成立するはずがない。

どちらが正しくてどちらが間違っているという話ではない。だが、ドイツ流の攻撃的スタイルこそモーターレーシングだとする考え方も少なくなく、だからこそ世界中からニュルブルクリンク24時間に戦いの場を求めてレース野郎たちがやってくる。そのひとりがこの僕なのだ。

この原稿を書いているいま、フランスでは「ル・マン24時間」が終わったばかりだ。TOYOTA GAZOO Racingが1、2フィニッシュに輝いた。小林可夢偉君が帰国したら、サルトサーキットの雰囲気を聞いてみようと思う。

キノシタの近況

ニュルブルクリンク24時間レースではクラス優勝しました。多くの支援者に恵まれ、僕の夢が叶いました。ですが、それを思い出で終えるつもりはございません。新たなスタートだと思っています。これからもよろしくお願いします。

写真 WATARU TAMURA
alexandertrienitz  

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