レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

322LAP2022.8.24

らしさ

木下隆之は、夏の風物詩「全国高校野球選手権大会」に釘づけである。プロ野球にはそれほど興味はないらしいのだが、甲子園で白球を追う高校球児には魅せられるという。元気溌剌としたプレーからは、最近では見掛けることの少なくなった青年の若々しさを感じるようだ。
プレー以外にも惹かれることがある。テレビカメラを前にした彼らは初々しく、好感が持てる。それは、他のスポーツとはどこか異なる。なぜスポーツによって、コメントスタイルは異なるのだろう。木下隆之が考察する。

夏の風物詩は溌剌と

今年も夏の甲子園、全国高校野球選手権大会が始まった。これを観なければ、夏は始まらないし終わらない。小中学生時代に草野球に没頭していたからではないだろうが、夏になると高校野球に釘づけなのである。

白球を追う球児の姿は美しい。商業的な制約も打算もなく、純粋に野球に没頭する姿勢は清々しい。将来プロ野球選手になることを夢見て、日々練習に励む。チームメイトと心を一つにして戦う姿勢は、時に涙を誘う。

僕が気に入っているのは、NHKの「ふるさと紹介」である。オルゴールのように優しく響く「栄冠は君に輝く」を聴くと、夏の日差しや選手の汗やグラウンドの匂い、あるいは応援席のブラスバンドや応援団の涙や笑顔が蘇ってくる。調べてみると古関裕而さん作曲だという。
その後にたいがい、チーム代表選手の「チーム紹介」が流れる。グラウンドや校舎であらかじめ取材した映像だ。およそ15秒か30秒ほどの映像なのだが、これがいかにも高校野球的で楽しみなのだ。

「こんにちは〜、自分は〜、○○高等学校野球部主将〜、▽▽です。自分達は〜、チーム全員心をひとつにして〜、一球入魂を合言葉に〜、最後まで〜、諦めることなく〜、戦います」
背をそらして天に向かって叫ぶようにしながら、腹の底から声を絞り出す。日頃グラウンドで声を張りすぎたせいか、喉が枯れている選手もいる。小声でボソボソとつぶやくような選手は一人もいない。どこか早口で、センテンスごとに歯切れがいい。
時には、チーム紹介のコメントの後に、背後に隠れていた部員が駆け寄って取り囲み、「せーの、絶対に勝つぞ〜」なんて叫びながら拳を振り上げることもある。なんだか青春らしくて微笑ましいのである。

多くを語らない相撲

そんな高校球児を観ていて、いつも思うことがある。高校野球には独特のスピーチスタイルがあり、その他のスポーツにはそれぞれ独自のコメントスタイルがあるということだ。
対極なのは相撲だろう。カメラの前では多くを語らず、小さく呟くだけだ。ただただひたすら「精進します」を繰り返す。

取り組み後のコメントも、驚くほど無感情だ。
「勝因はどこにありますか?」
「がんばったっす」
「嬉しいですか」
「ああ、はい」
「明日の意気込みは?」
「がんばります」
最近は、多少感情を口にする傾向に変わってきたけれど、過去のコメントの多くは無感情なものが目立ったように思う。カメラの向こうにいる視聴者を無視しているかのような言動に、困惑したものである。
「これがプロのコメントか?」
昔はその突き放すようなコメントに、憤りを感じた時期もあった。

高校野球の球児は高校生であり、アマチュアスポーツ選手である。力士は社会人であり大人である。だが、年齢的には大差ない。だというのに、これほどまでに若々しさに差があるものかと驚かされる。

興行スポーツはサービス精神が旺盛だ

野球は野球でも、プロ野球は高校野球とはまた異なる。完璧なエンターテインメントスポーツであることから、サービス精神がわかりやすい。

インタビュアーに対してウケを狙ったコメントを提供する。翌朝の新聞の見出しを狙っているような節もある。少しでも記者が喜ぶコメントを提供し、報道してもらうことが、興行スポーツであるプロ野球にとっては最善なのだ。

ゲーム後の勝利者インタビューには、その特徴が現れる。お立ち台では必ずと言っていいほど、自らのギャグをかます。
「どすこいどすこい」
そう叫びながらシコを踏む仕草をする。
少々イタイ時もあるのだが、それがプロ野球らしい。

一方のサッカーは、プロ野球とは同質の興行スポーツなのにスマートだ。真剣にプレーに挑んだことをニヒルに口にする。
「見事なシュートでしたね」
「はい、いいパスが来たのでここは決めないとと思ったし…」
「得点王も視野に入ってきましたね」
「いや、まだまだスピードがたりないし…、精度を上げないとだめだし…」
眉間に皺を寄せて語る。勝ってもまだこのレベルでは満足できないことを必ずアピールする。「…し」で締めるのもサッカー選手の傾向だ。
まだ高校球児とさして年齢的に違わないはずなのに、喜びを口にすることが少ないように思う。

プロ野球もJリーグも、国内で人気のプロスポーツリーグであることには違いがないのに、その対比が面白い。

モータースポーツ界も独特です

レース界のコメントにも共通の傾向がある。
「チームがいいマシンに仕上げてくれました。スタッフも頑張ってくれたし、タイヤも良かった。僕は、ただ走らせただけです」
まずは、チームやスポンサーへの感謝を口にする。さすがにモータースポーツはマシンが勝敗に強い影響力を持つスポーツであり、勝利は自分だけの能力だけで手にしたのではないことが根底にあるからなのだ。
耐久レースならば、チームメイトを褒めることも忘れない。それも道理である。耐久レースは、お互いが相手を重んじながら戦う性格だからなのだ。
メーカーによっては、インタビューコメントへの強い縛りがあるというから驚きだ。マシンの性能が低いことは軽はずみに口にしてはならないのだろうし、パーツの破損も曖昧に口を濁す。だから本音を吐露することが少なく、味気ないとする意見もある。だが、それを裏読みしてあげるのがレースファンの心得なのかもしれない。

このようにスポーツによってコメントスタイルに特徴があるのは、「らしさ」への演出であろう。僕らは無意識に「…らしさ」を演じているのである。
高校球児は溌剌と爽やかに。サッカー選手は貪欲に。力士は寡黙に。そしてレーシングドライバーは感謝の言葉である。
誰に教育されたわけではないのに、プレーヤーは「らしさ」を演じるのである。

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