レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

355LAP2024.01.10

「ドライバーの顔」

ヘルメットで顔を覆うスポーツの致命的な欠点は、アスリートの表情が見えないことかもしれない。となれば、ヘルメットが選手の個性を主張する手段となる。そのヘルメットのデザインが日々リニューアルするなか、長くデザイン変更をせずに戦い続けている木下隆之が思いを語る。

デザイン基調への思い

自慢ではないが、カラーリングには強いこだわりがある。
僕のヘルメットが現行のデザインになったのは、たしかデビューして二年目のことだったと思う。デザインのモチーフはKINOSHITAの「K」であり、突き進む感覚を加えている。
デザインの基調をイニシャルから着想するのは一般的だった。左右対称とするのもポピュラーである。ヘルメットのデザインを考案するにあたり、まわりを徹底して見渡したところ、ありふれたアルファベットであるにも関わらず、都合がいいことに「K」をモチーフにしたヘルメットは見当たらなかった。
チラシの裏側に走り書きするような幼稚な筆書きを、アライヘルメットの担当者に送りつけた。ほどなくして完成したヘルメットは、僕の想像を超える出来栄えで、なるほど…と、プロのアレンジに感心したものである。それ以来、1ミリもブレずに、当時のデザインを基調にし続けている。

とはいうものの、F3時代まで僕のヘルメットは白地に赤だった。当時は、日産契約ドライバーに潜り込んだ直後で、そこには長谷見昌弘さんや星野一義さん、都平健二さんなどそうそうたるワークスドライバーが鎮座しており、長谷見さんは黒字にイエロー、星野さんは白地にイエロー、都平さんは白地に紺。たかが色味とはいえ、重鎮たちとイメージがかぶるなどおこがましい。絶対に混同されない白地に赤を選んだのである。
それがデザインを統一したまま色味だけブルーにしたのは、とある先輩の一言がきっかけである。
「赤だと、ギラギラしていてキノシタのイメージじゃない。尖った性格を中和させるために爽やかなブルーにしたら?」
赤が与える心理的効果は、元気だったりやる気だったり、気分を高揚させるらしい。なるほど赤ヘル時代には、勝つかリタイヤかの闘争的な走りだった。だがブルーに塗り替えてからは、ずいぶんと戦略的なドライビングになった。ブルーは気持ちを落ち着かせ、集中力を高めるなどの心理的効果があるらしい。
まあ、被ってしまえば、イエローだろうかピンクだろうが視界には入らない。だから視覚からの心理的効果があったのかなかったのかは眉唾物なのだが、あながち否定もできない。

デザイン変更の功罪

最近のレーシングドライバーは、頻繁にヘルメットのデザインを変える傾向にある。年を跨ぐごとにガラリとイメージ変えること、それが流行であるかのごとく激変するから、記憶力の衰えた僕などには認識が遅れるのだから困る。
世界を転戦するF1ドライバーなどは、毎年どころか毎レースごとにデザインを変えてくるから、誰が誰だかわからんのである。
F1は1チームで2台体制だから、チーム名からどっちかのドライバーが乗っていることは想像できる。ただ、そのどっちかが認識できないのだ。

テレビ番組で解説を頼まれることも少なくないのだが、瞬時にドライバー名を言い当てることができずに、言葉を詰まらせることがある。そればかりか、とあるドライバーが昨年までの使用していたイメージカラーを、年をまたいだ途端に別のドライバーになっていることも稀ではない。言葉を詰まらせるならまだしも、ドライバー認識を誤ることさえある。混同したままレースの解説を続けそうになって冷や汗を流したことさえあるのだ。

前戦で白だったドライバーが赤になっていたり、黄色からブルーになっていたりする。ドライバーを識別するための唯一の手掛かりであるヘルメットデザインをコロコロ変えられたら、観ている我々が困ってしまうのである。もはや、色味による心理的効果など気のせいかと否定的な気持ちにさえなる。

バラクラバスをかぶり、ヘルメットで顔を覆い、ミラー塗装のバイザーを下ろし、なおかつコクピットに潜り込むように座る。感情がもっとも露わになる表情を封印してしまうのは、ある意味でモータースポーツの致命的な欠点でもあるのだが、つまり、ドライバー識別の頼みの綱のヘルメットのデザイン変更はなんともなぁ〜なのである。

デザインが個人の分身になる

昔はね〜、といえば忌み嫌われるオヤジの口癖だが、過去のヘルメットデザインはとてもシンプルだった。白地に赤い線一本のラインのみ、あるいは黒いヘルメットのままというトッププロも存在していた。それを、引退するまで貫き通していた。だから、誰がだれだか一目瞭然だった。ヘルメットから表情がうかがえるような気さえした。

レース中に背後に迫る先輩のヘルメットを見て、縮み上がったことがある。全日本ツーリングカー時代のオートポリス戦、終盤に僕と星野一義さんのマッチレースになるものの、逃げ切って勝利したことがある。
背後に迫るカルソニックGT-Rのコクピットの白地にイエローの星野さんのヘルメットが、鬼の形相に見えたものだ。シンプルなデザインである、意識に飛び込んできやすいイエローだったから、余計に威嚇的だったのだ。

かつては星野一義さんや高橋国光さんのレプリカヘルメットが販売されていた。長年デザインを変えずにきたからこそ、そのヘルメットは個人の分身として認識された結果であろう。最近レプリカヘルメットが販売されていないこととそれは無縁ではなかろう。

もっとも、ドライバー個人にとっては、コレクションが増えることの喜びもある。自宅のクローゼットに整然と並ぶヘルメットを眺めながら、過去の武勇を回想するのはさぞかし楽しいことだろう。

とはいうものの僕も、白地にブルー基調は普遍のまま続けてきてはいても、わずかなデザイン変更をしたことがある。基調は全くそのまま踏襲しているけれど、わずかに透かしのようなデザインを含ませているのだ。
レクサス・バーチャルレーシングチームを組織したときのデザインをお願いした相澤陽介氏が、僕のために思いを込めてくれた。
ニュージーランドのマオリ族ハカのタトゥーからインスパイアしたそうで、ある帯には闘争本能を刺激する紋様にし、ある帯の幾何学的デザインは精神を落ち着かせる効果を狙った、というように、精神をデザインで表現してくれたのだ。
「私は死ぬ 私は死ぬ」
「私は生きる 私は生きる」
「再び太陽を輝かせろ」
「一歩はしごを上に」
「さらに一歩上に」
「太陽の光の中に」
ニュージーランドのラガーマンが試合開始前、民族舞踊を舞いながらそう歌う。その精神が、頭部から僕の体内に浸透してくれてきているような感覚がある。
色味がもたらす心理的効果は定かではないが、これは僕の心理に影響してくれている。被っているときにはまったく目に入らないデザインではあるけれど、ヘルメットが不思議なパワーを与えてくれているのではないかと感じているのだ。

海外に戦いの場を求める多くのドライバーが、自国のナショナルカラーを纏うのは愛国精神の発露であり、誇りであろう。
僕らが日の丸を前に国歌斉唱するときの、精神浄化がナショナルカラーにはある。白地に赤は清く心地いい。

さて、今年は、世界で闘うドライバーはどんなカラーで開幕戦を迎えるのだろうか。それも楽しみのひとつになってきている。

キノシタの近況

今年も東京オートサロンの季節になりました。もちろん僕はトーヨータイヤのステージにおります。ぜひお越しください。見掛けたら、気軽に声をかけてくださいね。待っています。

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