レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

360LAP2024.03.21

「サーキットの座」

世界には標高8000m超の山が14座あるといいます。では、プロドライバーの挑戦意欲を掻き立てる難攻不落なサーキットはどれなのでしょうか。国内外で数多くのレースに挑んできた木下隆之が紹介します。

エベレストからK2

酸素吸入を繰り返しながらエベレストやK2のような山への登頂を目指す登山家の世界では、「8000m峰14座」は憧れの山だそうです。
日本では山を数える場合、「座」という単位を用います。古来、登山は信仰の基本形であり、山頂は神が“座る場所”と考えられていたからだそうです。
日本は信仰の国ですから、大きな滝や樹齢何千年という大木、あるいは大きな岩などに神が宿ると考えられていました。そんな滝や岩のある山には神がお住まいになっている。それを敬って、大きな山のことを座と呼ぶようになったのだそうです。
そんな座の中で、標高8000mを超える山を登頂することは登山家の憧れです。切立った山は、標高が高く雪深い。気温は低く、酸素は平地の3分の1です。深い知識と経験と、尋常ならざる体力がなければ登頂することはできません。
強い精神力も求められます。孤独でしょうし、恐怖との戦いでもあるのでしょう。条件が悪ければ、頂を目前にして登頂を中止する決断力も欠かせないのでしょう。夢や憧れだけでは制覇できないのが、8000m級の山々なのです。
世界にはそんな山が14座あります。そのすべてを完全登頂した登山家には、「14summiter(サミッター)の称号が与えられます。世界で最初に14サミッターになったのは、イタリア人の登山家でした。1986年のことです。身体を守る装備や無線機などの技術が発達したから可能になったとも言われています。それ以来、約30名が14サミッターになっています。
日本人の14サミッターは、竹内洋岳氏ただ一人です。彼を除くと9座が最高成績だそうですから、突出した成績ですね。
では、世界で「座」と呼ばれるサーキットは、どこが候補になるのでしょう。

世界最長のサーキットは?

最長のサーキットといえば、ニュルブルクリンクが「サーキットの座」と呼べるでしょう。
ニュルブルクリンクはF1が開催可能な近代的なGPコースと、舗装された林道ともいえるノルドシュライフェで構成されます。ノルドシュライフェはドイツ語で「北コース」を意味するのですが、「旧コース」とも表現される場合があります。
GPコースは1周5.1kmです。日本最長の鈴鹿サーキットが5.8kmですから、それに匹敵するロングコースなのですが、現地ではショートサーキットとも呼ばれることがあります。というのは、GPコースに接するように位置するノルドシュライフェはなんと、1周が20.8キロなのです。
僕が今年全戦参戦を表明したNLSニュルブルクリンクシリーズ(https://readyfor.jp/projects/138593)は、そのGPコースとノルドシュライフェを繋げてしまいます。1周25.9kmに延長して1本のコースとしているのです。NLSシリーズの中の1戦、伝統的なニュルブルクリンク24時間レースも同様にロングコースで戦うことになります。

それぞれが独立して周回することも可能なのですが、一般的にニュルブルクリンクといえば、このロングコースのことを指しています。
僕が今年ドライブするマシンは、数あるクラスの中でも速い部類に属しますが、それでも1周のラップタイムは8分30秒ほどになります。短くて1分、長くて1分後半で周回するのが一般的なサーキットですから、いかにニュルブルクリンクが長いか想像できると思います。
ニュルブルクリンクは最長という意味で「サーキットの座」の一つだといえますね。

酸素不足の中での戦い

8000m峰14座と同様に、最高地なのは「アトトドローモ・エルマノス・ロドリゲス・サーキット」だそうです。
標高は2285mです。
日本一高い富士山が3776mですから、5合目あたりになります。そう考えると、それほど高さを感じないものです。富士山登頂に酸素吸入は必要ありませんし、5合目でしたら乗用車で悠々登ることができます。体の異常を感じることもないでしょう。
ただし、サーキットとなると話は別のようです。富士山の麓にある富士スピードウェイの標高はわずか593mですが、レース関係者の多くは標高の高さを嘆きます。気圧の低さに比例して酸素濃度が低下します。エンジンパワーが低下しやすい。ターボチャージャー付きであればそのパワー不足を補うことができますが、NAエンジンでは十分な出力が得られません。
「富士はターボが有利だからなぁ」
もはや共通認識です。過去には、富士スピードウェイの特例で、ターボチャージャーだけにブースト圧規制が施されたことがあるほどです。
空気密度が低いことで、冷却性能にも影響します。空力性能にも影響しますので、他のサーキットよりもダウンフォース量が低くなります。

というように、わずか標高593mの富士スピードウェイでも影響を受けるのですから、ましてや標高2285mのアトトドローモ・エルマノス・ロドリゲス・サーキットでは大変なことになるのです。
サーキットレースはドライバーの人体にも過酷ですから、ハアハアと息が荒くなることもあるでしょうね。

強烈なアップダウン

高低差世界一の「サーキットの座」は、想像どおりニュルブルクリンクです。全長でも世界最長の「サーキットの座」ですし、そもそもドイツ・アイフェル地方の山々を貫くようにレイアウトされています。高低差は300mにも達します。
しかも、激しいアップダウンが繰り返されます。いまから30年ほど前までは、1周もしないうちにブレーキが音を上げてしまうスポーツカーも存在したほどです。

僕が走らせているGRスープラGT4の最高出力は550馬力を超えますが、それでもある上り区間では、まったく加速しない十数秒間が存在します。いくらアクセルペダルを踏み続けていても、6速で240km/hからまったく速度が伸びていかないのです。フラットのストレートでは軽々と280km/hに達するのに、です。いかに上り勾配が厳しいかが理解できると思います。
市販車のテストコースとしても活用されているのは、それほどクルマにとって過酷なサーキットだからです。ブレーキが止まらない。エンジンパワーが足りない。それが露わになってしまうのです。

音速域での接近戦

世界最速の「サーキットの座」は、アメリカ・インディアナ州のインディアナポリス・モータースピードウェイでしょう。インディ500が開催されることで有名です。
コースレイアウトは、基本的には楕円形です。オーバルコースと呼ばれ、約4kmのオーバルトラックと約1kmのロングストレート2本を連結させています。
コーナーには最大斜度9度のバンク角が設けられています。NASCARやインディカーでは、ほとんどアクセル全開のままレースが進みます。およそ380km/hオーバーでの接近戦は最高のスペクタクルですね。

それゆえに、クラッシュは多発します。一台がスピン状態に陥れば、多重クラッシュになります。それが観客の興奮を誘います。アメリカンエンエンターテインメントの象徴ですね。

命知らずの集まり

世界一危険な「サーキットの座」も、ニュルブルクリンクといえるでしょう。何を持って危険だというかは様々ですが、サーキットで命を落としたドライバーの数という点では、ニュルブルクリンクが最多だと言われています。ある資料によると、これまで68名のドライバーが亡くなっているとのことです。
ニュルブルクリンクは、日常的にコースを解放しています。サーキットライセンスを持たないドライバーやライダーが、自由に走ることができるのです。そこでも事故が多発していますから、実数はさらに多くなるはずです。68名というのはあくまでレース中の数字ですね。
最近は安全への配慮が行き届いていますから、死亡事故は減ったように感じます。ですが、僕が参戦したこれまでのニュルブルクリンクレースでも何度か死亡事故に遭遇しています。
アメリカのインディアナポリス・スピードウエイも最速サーキットですから、危険度は高いのですが、死亡者という点で判断するのならばニュルブルクリンクがもっとも危険な「サーキットの座」ということになりそうですね。
実は、マン島のレースでは、ニュルブルクリンクを大幅に超える242名ものライダーが命を落としていると言います。ですが、マン島が公道を使用しているという意味で、今回の「サーキットの座」からは外しました。

というように、登山家が登頂を夢見る「8000m峰14座」をサーキットに当てはめてみました。いかがだったでしょう。
となれば「サーキットの座」をすべて挑んだ「サーキットサミッター」は誰なのでしょう。いずれ、報告します。

キノシタの近況

いよいよ4月6日からNLSニュルブルクリンク耐久シリーズの開幕戦を迎えます。今年は日本人初の全戦出場となります。当然シリーズチャンピオンを目指しています。そのためには開幕戦から突き進みたいですね。応援よろしくお願いします。

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