レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

364LAP2024.05.22

「2024ニュルブルクリンク24時間耐久レース」

今年もニュルブルクリンク24時間の季節になりました。木下隆之は今年もトーヨータイヤGRスープラGT4を駆り、欧州の伝統的レースに挑戦します。日本人最多出場、最高位記録を保持する木下隆之が抱負を語ります。

群雄割拠の激戦区

2024年のニュルブルクリンク24時間は、総勢130台のエントリーを集めました。GT3規程のマシンに限定した最強クラスSP9が最多台数を誇りますが、それに迫る速さのGT4限定クラスSP10には、14台のマシンが参戦を表明しています。
SP10クラスの構成は以下となります。
トヨタGRスープラGT4は、我々トーヨータイヤGRスープラGT4の2台のみ。#170号車と僕がドライブする#171の2カー体制で挑みます。ともに2023年仕様のGRスープラGT4ですが、2024年仕様のエボキットを組み込んでいます。

ライバルはかなり強力です。BMWは速さと実績のあるM4 GT4を4台送り込んできています。BMWワークス待遇の名門フォルケンモータースポーツは、勝利を最大のミッションとし、最強の布陣で挑んでくるはずです。勝つための刺客と言っていいでしょうね。
フォルケンモータースポーツはこれまでDTMで数々の勝利を収めてきましたし、GT3マシンにスイッチした昨年からのDTMでも活躍をしています。ワークスドライバーを多数抱えていることも特徴です。ミシュランタイヤとの組み合わせですから、予選から決勝まで主導権を握ることが使命。徹底的にライバルを蹴落とすつもりでしょう。

フォルケンモータースポーツだけではなく、プラックファルコンも常にトップ争いを演じるチームですから侮れません。2台のM4GT4を送り込んでくるFKパフォーマンスも、このところ上昇気流にのっているようで、目の覚めるような速さを披露します。大いに気になる存在なのです。

M4 GT4はBOP(バランス・オブ・パフォーマンス)による性能調整で有利なようで、直線スピードは我々スープラをはるかに凌ぎます。我々はワークスプロクセススリックを履いていますから、コーナリングにはアドバンテージがあります。ですが直線で離される。もしくは抜いても抜き返される。そんなレースがこれまでのNLSレースでは繰り返されました。
M4 GT4と競っていると、ストレートスピードで勝ることがどれほどレースで有利なのかを思い知らされます。特にニュルブルクリンクのドッティンガーホーヘからの直線は長く、最高速度域での攻防になります。僕にとってはまったく厄介なマシンだといっていいでしょう。

最強マシンはこれ

個人的には、常勝軍団BMWよりもアストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4が速さで優っていると予想しています。
マシンは最新です。新開発したということはつまり、タイミング的にライバルの実力を分析研究してから開発するわけです。つまり、勝算があって投入してくるわけです。
開発時期という意味では、我々GRスープラがもっとも古く、ついでM4 GT4、ポルシェ・718ケイマンGT4RSCS、その中でもっとも最新なのがアストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4。スープラも2024年エボキットを組みこんで応戦しますが、ライバルを分析して開発するのが有利なのはレース界に限らず古今東西の常識ですからね。アストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4はポールポジション最右翼でしょう。

実際にアストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4は、2024年のNLSニュルブルクリンク耐久シリーズ開幕戦で、圧倒的な速さで勝利を奪っていきました。
速さで0.38秒/km。つまり1周25.8kmのニュルブルクリンクで我々よりも10秒も速かったのですから空いた口が塞がりません。0.38秒/kmをスーパーGT500富士スピードウェイに置き換えると、1周につき1.8秒も引き離す計算になります。ポールポジョンからスタートして毎ラップ1.8秒ずつアドバンテージを積み重ねていくマシンなど、過去にも記憶にありません。それほどアストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4の速さは超越しているのです。

BOP調整の裏技

「BOPが優遇され過ぎている」
パドックではそんな話で持ちきりです。それもそのはずで、今年投入の新型モデルは過去の実績がないことから速さが未知数です。BOP最適化のためのデータが少ない。ですから緩く設定される。アストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4が速いのは予想されたことなのです。
このままでは明らかに公平ではないので、24時間レース直前に新たなBOPが発令されるはずです。極めて受動的な考えですが、そこに期待しています。

ですが、アストンマーチンも無策でいるわけではありません。NLS開幕戦でポールから優勝をさらっておきながら、翌レースからはSP10クラスを離れ、SP8Tクラスからのエントリーにスイッチしたのです。
SP8Tクラスは2500cc〜4000ccのターボクラスです。ですから、GT4マシンであっても排気量区分さえ満たしていればエントリーが拒まれる理由はありません。一方でGT4クラスではないので、GT4に適用されるBOPから免れられます。GT4規程では許されていない改造も加えられます。
つまり、たしかにアストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4は開幕で圧勝しましたが、2戦目からはSP10クラスで走っていないため、安定して速いのか速くないのかデータが曖昧のままなのです。BOP調整の有効なデータも残っていません。GT4クラスと違ってSP8Tクラスは改造が自由なので、ウエイトを積んだり降ろしたり、パワーを上げたり下げたり、BOP発令の裏をかいた対策を施していると予想されています。

それも合法です。決してとがめられるものではありません。メーカーの知恵と言っていいかもしれません。
そんなアストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4が、24時間ではGT4クラスのSP10に戻ってくるのですから驚異です。しかも3台体制です。優勝の最右翼と予想しているのはそれが理由なのです。

レースといえばポルシェですから…

 

ポルシェ・718ケイマンGT4RSCSは、4台のエントリーが確認されています。アストンマーチン・ヴァンテージAMR・GT4同様最新のマシンですから、ライバルの戦闘力を確認してからの開発マシンです。
ストレートの速さも同様に、我々を軽々と置き去りにします。ポルシェ・718ケイマンGT4RSCSも、SP8Tクラスに移行して極秘開発していますから不気味です。ラップタイムで遅い理由が見当たりません。
ただし、操縦性がトリッキーなようで、ラップタイムが安定しないようですね。瞬発力に優れているのですが、ラップタイムが乱れる傾向にあります。24時間レースをハイアベレージで走り続けられるかが疑問です。そこにウィークポイントがあるかもしれません。

実績十分ですが…

メルセデスAMGGT4は、孤軍一台のエントリーになります。これまでの豊富な実績がありますし、安定してラップタイムを記録していますが、瞬発力の点ではGRスープラにアドバンテージがあるかもしれません。
正直に言ってメルセデスAMGGT4は脅威には感じていません。唯一の安心できるマシンです。

というような強力なライバルに取り囲まれて戦うのですから、けして楽なレースになるはずもなく、まさに24時間スプリント的プッシュが強いられることになります。

それでも手をこまねいているわけではありません。NLSでのこれまで闘いを観察している限り、ペースの安定度では我々が優っているようです。NLSの3戦と4戦では、予選こそ5位と7位に低迷していながら連続で2位入賞しているのは、安定度と戦略性があったからの逆転劇だったのです。

タイヤ戦争

多勢のミシュランを筆頭に、ピレリ、ダンロップ、ファルケン、グッドイヤーが最強タイヤを投入してきます。タイヤ戦争の性格でもありますが、幸いなことに我がトーヨータイヤのプロクセススリックはグリップと耐久性のアドバンテージが大きな武器なのです。それはNLSでの成績が証明しています。

ましてやニュルブルクリンク24時間は初夏の開催とはいえ、青空がひとたび黒い雲に包まれると雹が降ることもあります。あるいは気温が25度から10度に下がることもあります。環境の変化は激烈です。瞬発力より、作動レンジの広いタイヤが不可欠であり、その点に勝機があると予想しているのです。
ヒタヒタと粘り強く闘う我が#171トーヨータイヤGTスープラGT4にご注目ください。

キノシタの近況

このコラムがアップされる日にはニュルブルクリンクでチームと合流しているはずです。その頃には新たなBOPが発表されているはずです。さてどうなっていることでしょう…。応援よろしくお願いします。