レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

392LAP2025.07.24

「進化と激化:現代の耐久レースにおける闘士たち」

いやはや、最近のレースの過激さには腰を抜かしかけます。重大なクラッシュを目の当たりにすることも珍しくはありません。それもモーターポーツを観戦する上での楽しみのひとつだという意見もありますが、それにしても…。
その原因を木下隆之が検証します。

クラッシュが日常の裏には…

過密スケジュールのニュルブルクリンク詣がひと段落して、次のレースまでのしばしの時間を活用してレース観戦をしているのですが、いやはや、昨今のレースの過激化には驚かされますね。

なにはともあれ、僕が参戦しているニュルブルクリンクの荒さには腰を抜かしかけます。喧嘩レースとして名高い「ニュルブルクリンク24時間レース」はその象徴とも言えますね。今年のニュルブルクリンク24時間レースも、事故が多過ぎましたね。

出走台数134台という規模で始まりましたが、驚くべきことに完走率はわずか66%。つまり、3分の1のマシンが完走を果たせず、サーキットの外へと姿を消したのです。このデータだけでも、いかに過酷な戦いが繰り広げられたかが分かりますよね。

しかもこの66%という数字は、あくまで完走したマシンの数であり、クラッシュによって途中でリタイヤしたマシンの数ではありません。激しいクラッシュやダメージを受けたマシンも多く、メカニックの素晴らしい作業によって復帰したマシンも少なくないはずです。それでも、無傷でレースを終えたマシンがいたかというと、おそらくその数は極めて少ないでしょう。

現場でレースをしながらの感覚では、3分の2以上のマシンが、重傷を負ったように想像しています。

僕は今年もこのレースに参戦しましたが、コース上での危険を肌で感じています。ちなみに我々のマシンも、グリーンヘルの餌食になっています。チームメイトがクラッシュし、約1時間のリペアによって復帰したのですが、ふたたびクラッシュしました。最後は炎上し走行不能になっています。僕は1周もドライブすることなく、日本に戻る荷造りをしなければなりませんでした。

これらの結果から、耐久レースの厳しさと、その背後に潜む「過激化」の波を感じずにはいられません。この「荒れたレース」の背景には、技術の進化、ドライバーのスキル、そしてマシン性能のバランスなどが絡み合った複雑な理由が隠れているのではないかと僕は感じているのです。

TOYOTA GAZOO Racingもこの過激な世界で戦っていますが、それは無謀な挑戦ではなく、過酷な環境下で戦うことでクルマが鍛えられるからです。この戦いを展開することで、マシンが進化することを知っているからなのですね。

GTワールドチャレンジ・アジアの近年の傾向:過激化の背後にあるもの

そして先週、富士スピードウェイで開催された「GTワールドチャレンジ・アジア」でも、似たような傾向が見られました。シリアスな事故が多発したという点も注目に値します。

GTワールドチャレンジ・アジアには、GT3だけでなく、チャイナGT3やTT4も併催され、まさに「レースの祭典」と言える規模で開催されました。多国籍のチームやドライバーが集まり、互いに技術を競い合うのは、どこか格闘技のような激しさを持っています。

しかし、こうした過激なレースの背後には、マシンの性能やドライバーのスキル、さらにはチームのリスク管理能力が複雑に絡み合っていることを理解しなければならないような気がします。

つまり、マシンの性能やレースの競り合いが激化する中で、ドライバーやチームのリスク管理能力が試されている証とも言えるのです。

どうしてこれほど過激になったのでしょうか?

まず、背景にあるのは「マシン性能の拮抗」と「接近戦」であると言えるでしょう。

ニュルブルクリンクやGTワールドチャレンジ・アジアでは、レギュレーションにより、BOP(バランス・オブ・パフォーマンス)が機能しており、これによって各車両の性能差が最小化されます。その結果、レースは接近したバトルに陥り、オーバーテイクが頻発するようになります。つまり、接触やリスクを避けるための走行ラインを守ることがより難しくなっているのです。

この接近戦は、ドライバーにとっては、まさに命を賭けた一瞬の判断が求められる場面です。相手の動き、路面状況、そして自分の限界を見極めながら、スピードを緩めることなく戦い抜かなければならない。これこそが、レースの醍醐味であり、同時に過激さの源泉です。

しかし、競り合いが激しければ激しいほど、ちょっとしたミスが命取りになり、その結果としてシリアスな事故が頻発することになります。少しでも自分のポジションを守ろうとする過信や焦りが、マシン同士の接触を引き起こし、最終的にレースの流れを大きく変えるのです。ドライバーの技量にも目を向けなければならないと僕は思います。

プロとアマチュアの混走

現在、FIAはドライバーを「プラチナ」「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」のカテゴリーに分類しています。このシステムの導入により、アマチュアドライバーでも参戦できるようになりました。

しかし、これには裏の側面もあります。つまり、エキスパートに近い「ゴールド」や「プラチナ」のドライバーが、アマチュアドライバーと共に同じレースを戦う場面が増えてきたということです。

レースでは、ドライバーの技量に差があることがしばしばトラブルの原因となります。特にアマチュアドライバーが少しでもスピードの差を埋めようとした時、無理なオーバーテイクを試みることがあります。その結果、接触やクラッシュを引き起こし、レースを荒れさせることが少なくないのです。

レースの世界では、暗黙のマナーや不文律があります。誰もが先を急いでいるのですが、そこにも微妙な譲り合いがあります。その匙加減に、それぞれのレベルによって齟齬があり、そこにクラッシュの危険が芽生えるのです。

アマチュアドライバーが参加できることは歓迎すべきことですが、一方でそれがシリアスな事故を招いているとすれば、無視するには抵抗がありますね。

最近のレーシングカーは、技術的に非常に進化しており、ドライバーにとっては「運転がしやすく」なっています。

シフト操作はステアリングのパドルで行い、クラッチはほとんど使用しません。さらに、ABSやトラクションコントロールが完備され、タイヤがロックして制動力が低下することは少なくなったのです。

しかし、この「操りやすさ」が逆に問題を引き起こすことがあります。運転は簡単になりましたが、スピードが増した結果、車両を限界で操る難易度が格段に上がったのです。特に初心者やアマチュアがマシンを操作する場合、限界を越えてしまうことが多く、これがクラッシュの原因となるのです。

逆説な言い方ですが、安全性が高まったことも、クラッシュが多発する原因のような気もします。ドライバーは強固なロールケージに守られています。モノコックの堅牢性も飛躍的に高まりました。発火することがほとんどないガソリンタンクも普及しました。それはこれで大変好ましいことなのですが、怪我をしない気持ちが荒い運転を助長しているのではないかと想像もしています。

誤解を恐れずに言えば、重大事故のリスクが低減されたことが、ドライビングスタイルに影響を与えている可能性があるのではないかと思うわけです。これはどこか対策しなければならないかもしれませんね。

2026年モデル「BMW M2レーシング」の発表

近年の耐久レースでは、マシンの進化も大きな注目点です。

BMWは2026年モデルの「M2レーシング」を発表しました。このニューモデルは、従来の「M2」から進化し、さらに洗練された性能を誇りますが、特筆すべきはエンジンのパワーが意図的に抑えられている点です。従来のモデルに比べ、エンジンの出力は控えめになり、アマチュアドライバーでも扱いやすく、より安定性を重視した設計となっています。これは、過剰なパワーが原因となりがちな操作ミスや、危険な挙動を減らすことを狙ったからだと想像しています。

搭載するエンジンは直列4気筒の2リッターターボであり、最高出力は313ps、最大トルクは420Nmです。十分なスペックですが、現行モデルは直列6気筒の3リッターターボですから、それに比較すればやや非力だと思えるかもしれません。

僕はこの現行モデルでニュルブルクリンク24時間に挑戦し、あるいは国内の富士24時間でも戦っています。

その走り味は目の覚めるものであり、最高速度はGT3に迫るものです。それはそれで快感なのですが、操れるドライバーが限定されているのも事実なのです。そこにBMWはメスを入れました。

レーシングカーはその性能の高さゆえに、ドライバーには高いスキルが求められます。特にアマチュアドライバーが参加するワンメイクレースにおいて、過剰なパワーはハンドリングを難しくし、結果としてレースを荒れさせる原因にもなりがちでした。しかし、「M2レーシング」は性能を抑えることで、より多くのドライバーが安心してレースを楽しめるように設計したというわけです。

このような調整は、まさにBMWが「ドライバー目線」で考えた結果と言えるでしょう。安定性を重視し、予測可能な挙動を提供することによって、より高いレベルの競争を可能にするのです。

もちろん、BMWのクルマ作りには一貫して「速さ」と「パフォーマンス」の追求がありますが、それだけでは満足しません。BMWはレースを楽しむ全てのドライバーに向けて、安心して操ることのできる車両を提供し、レースの本質である「競い合いの楽しさ」を最大限に引き出そうとしているのです。

パワーを抑えたからといって、レースが簡単になるわけではありません。むしろ、限界を超えた走行の魅力は、ドライバーがその制御を保ちながら全力で走るところにあります。「M2レーシング」は、凡庸な性能にとどまらず、速さと安定性のバランスをうまく保ちながら限界を試す楽しさを味わえるようになっているのです。大歓迎したいところです。

BMWが新型「M2レーシング」に込めた思いは、ただ単に「速さ」や「ハードな性能」だけではなく、レースに参加する全てのドライバーに「楽しさ」と「挑戦」を提供することです。そのため、車両は今や、プロフェッショナルのドライバーだけでなく、アマチュアのドライバーにも手が届く範囲にあります。そして、その先にあるのは、単なるゴールではなく、「走り抜けることで得られる充実感」なのです。

近年の高性能化は、多くのドライバーにレースの楽しみを提供していますが、一方で速度が人間の感覚を超えるレベルに達しているように思います。

そこに着目して先行開発したBMWの良心を歓迎したいと思います。

キノシタの近況

KYOJOに参戦しているミハラレーシングをサポートしていますが、なかなか興奮しますね。女性限定のレースですから、自分でステアリングを握ることができないないのはもどかしいのですが、女性ドライバーたちを見守る立場として、応援にも熱が入ります。結果はまだ出でませんが、近いうちに表彰台に立てるような気がしています。