レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

399LAP2025.11.19

「マツダのモータースポーツ祭り」

年の瀬のサーキットには、もう一つのレースがあります。勝敗を競うのではなく、クルマを愛する人々が心を交わす“感謝の走り”です。富士スピードウェイで開催された「MAZDA FAN FESTA 2025 at FUJI SPEEDWAY(マツダファンフェスタ)」に、木下隆之が参加しました。

年末に欠かせないイベントです

年間のレース活動の締めくくりとして、メーカーがファンに感謝を伝えるイベントを開催するのは、もはや年末の風物詩です。エンジンの音が冬の空気に響き渡り、ファンの笑顔がサーキットを包む――その光景こそ、一年の“締めの一曲”のようなものです。

多くのメーカーが、シーズンを応援してくださったファンへの感謝の気持ちを、フェスティバルという形で開催しています。

そんな中、静かに、しかし確かに開催された「マツダファンフェスタ」は、華やかさとは別の意味で、僕の心を強く打ちました。大規模な演出こそありませんが、会場全体に漂う空気が柔らかく、まるで実家のような安心感があったのです。きっと、マツダというブランドが持つ“人の温もり”が、自然とその場を包んでいたのでしょう。

「マツダファンフェスタ」は、まるで心に灯る小さな花火のようでした。

会場は富士スピードウェイ。朝7時にゲートが開くと、霧を裂くようにエンジン音がこだましました。空気は冷たく、頬を刺すような風。それでも来場者の顔には笑顔が溢れています。

圧巻だったのは、やはり、伝説のマシン「Mazda 787B」の走行です。世界で唯一のロータリーサウンドが、富士の山肌に反響しました。その音を聞いた瞬間、僕の胸の奥で何かが震えました。観客たちは息を呑み、やがて大きな拍手が起こりました。あの瞬間、ただ“速さ”を超えた感情――マツダという企業が貫いてきた“情熱の軌跡”を、誰もが感じていたように思います。

サバンナRX-3(マツダ・サバンナ)も登場し、往年のGT-Rとの死闘を思わせる走りを披露しました。富士の冷気を切り裂くようなロータリーの高音が、まるで時間を巻き戻すかのように心を震わせました。

印象的だったのは、イベント全体が“アットホーム”であったということです。
パレードランではオーナーたちが自らのマツダ車でコースを駆け抜け、家族連れや仲間が笑顔で見守っていました。さらに試乗体験やサーキットサファリツアー、eスポーツ大会、モノづくり体験など、子どもも大人も夢中になれる仕掛けが詰まっていました。展示ブースではエンジニアが来場者に直接説明し、「どう走るか」だけでなく「どう作るか」「どう楽しむか」までを伝えていました。

マツダが掲げる「人間中心」の思想――それがまさに形になった空間でした。派手な演出や競技の緊張感ではなく、人と人とがクルマを通じて笑顔でつながる。その優しい時間の流れが、マツダファンフェスタの最大の魅力だったのです。

父とロータリーの記憶

実は僕は、マツダ党の父の影響でクルマ好きになりました。幼い頃から「ロータリーこそ夢を回すエンジンなんだ」と教えられ、父の語る姿に目を輝かせていました。
ガレージにはマツダ・サバンナGT、マツダ・ファミリア、マツダ・コスモが並び、油と鉄の香りがいつも漂っていました。休日になると父はマツダ・サバンナGTのボンネットを開け、僕に工具を渡しながら仕組みを説明してくれました。その声の調子まで今も覚えています。

そして僕は日産の契約ドライバーになり、トヨタのマシンで走ってきました。気がつけば、少年のころ夢見た世界に立っています。でも、心のどこかでいつもロータリーの音を探していました。あの乾いた高音――あれこそが僕の原点です。

だからこそ、マツダファンフェスタでマツダ・サバンナのロータリーサウンドを耳にした瞬間、胸の奥が熱くなりました。あの音が「お帰り!」と言ってくれた気がしました。僕にとってクルマは、父との会話であり、家族の思い出であり、そして夢そのものでした。ロータリーの鼓動は、いまも僕の心の中で回り続けています。

フェスティバルこそ、モータースポーツの原点

そこで、僕はこう思うのです。年末のファン感謝祭――つまりフェスティバルこそ、モータースポーツの本質なのではないかと。
そこには勝ち負けの緊張感も、スポンサーの重圧もありません。あるのは純粋な“好き”という気持ちだけ。クルマを愛する人々が、垣根を越えて笑い合う。

マツダファンフェスタでは、ロードスターレースも開催されましたが、そこにあるのは競争ではなく共感でした。ドライバー同士が肩を叩き合い、観客が笑いながら声援を送る。勝っても負けても、笑顔で終われる――そんなレースは、実はとても尊いものなのです。

商業的な目的や数字から解き放たれたとき、モータースポーツは人の心を温める“文化”になる。マツダのフェスティバルには、まさにその温かさがありました。

年末恒例のこのイベント。次回の開催は2026年末とのことですが、正直言って、毎月でも開催してもらいたいくらいです。
まあ、さすがにそれはちょっと無理ですよね(笑)。でも、あの空気にまた触れられる日を、今から心待ちにしています。

キノシタの近況

ミハラレーシングのスポーティングディレクターとしてKYOJOCUPに接しているのですが、何だかいつも雨のような気がしています。まあ、日本で勝つには雨に勝たねばなりません。その意味では、ドライバースキルを判断するには好条件かもしれませんね。