レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

411LAP2026.05.15

「消えない熾火(おきび)としての企業スポーツ」

企業スポーツには、プロスポーツとは違う熱がある。派手な炎ではない。けれど、長く燃え続ける熾火(おきび)のような確かさがある。秩父宮ラグビー場で観た三重ホンダヒートの敗戦は、勝敗だけでは語れないスポーツの奥行きと、自動車メーカーが競技に注ぐ情熱の理由を教えてくれた。

スコアボードに残らないもの

秩父宮ラグビー場の午後は、どこか控えめな熱を孕んでいた。観客席は満員ではなかったけれど、視線は熱い。観客たちは、まるでひとつひとつのプレーの裏側にある「理由」を探すように、ピッチを見つめていた。

先日観戦したのは、NTTジャパンラグビー リーグワンの「三重ホンダヒート対リコーブラックラムズ東京戦」だった。2026年4月17日に秩父宮ラグビー場で行われたディビジョン1第15節。ホンダ側の応援席に身を置いたこともあり、気持ちは自然と三重ホンダヒートに傾いていた。

個人的にスポーツ観戦は趣味のひとつだから、今回も十分に楽しませてもらった。2019年のラグビーワールドカップも興奮したし、サッカーの2002 FIFAワールドカップ 韓国/日本もスタジアムで観た。どちらの試合も、テレビでは味わえない感動に酔いしれた。

とはいうものの、今回の試合は、はっきり言えばホンダの完敗だった。スコアボードは残酷なほど率直で、言い訳の余地を残さない。

それでも、不思議なことに記憶に焼きついているのは数字ではない。ぶつかり合い、倒れ、そして立ち上がる身体の軌跡だった。スタジアムでのスポーツ観戦は、テレビには映らない部分をこの目で確認できるところに魅力がある。

「ラグビーって、こんなに詩的だったか?」
ふと、隣の観客に話しかけたくなった。ぶつかる音がやけに乾いて響く。倒れた芝が、妙に目に残る。ラグビーは、痛みを媒介にした叙情詩なのかもしれない。一瞬ごとに何かが生まれて、すぐ消える。その短さが、胸に残る。

ノーサイド直前、三重ホンダヒートはようやくトライを奪った。その瞬間、スタンドはまるで勝利したかのように沸いた。

「遅いよ」と誰かが笑いながら言った。
「でも、これでいいんだよ」と、別の誰かが応じた。

そう、たぶんそれでいいのだ。数字の上では惨敗だったが、意地のワントライが観客の感動を呼び起こした。勝利に邁進するのがスポーツの原点かもしれない。だが、スポーツは勝敗だけではないのである。

企業スポーツという静かな熱

日本におけるラグビー人気は、しばしば“代表戦頼み”と言われる。NTTジャパンラグビーリーグワンの熱狂も、ラグビーワールドカップの余韻には敵わない。代表が世界で躍動するとき、日本中が色めく。しかし、その熱は長くは続かない。

打ち上げ花火のようなものだ。鮮やかであるほど、消えたあとの夜空は静かになる。けれど、その静けさの中でプレーを続けている者たちがいる。企業チームの選手たちだ。

「企業スポーツ」と聞くと、どこか無機質な響きがある。スポンサーの論理に縛られ、純粋な競技性とは距離がある。そんなイメージを抱く人もいるかもしれない。だが、スタンドから見た彼らは、むしろ逆だった。

彼らは企業に属している。だが同時に、どこにも属していないようにも見える。会社員でありながら、午後には戦士になる。会議室の静寂と、ピッチの轟音。その両方を生きている。

「午前中、普通に仕事してたんだろうな」

そう思うと、あのタックルの一撃が少し違って見える。

企業スポーツはプロ化の傾向があるから、シンプルにスポーツだけで生活している選手も含まれているのだが、それでもどうしても、稟議書を書き上げたあとにスクラム。会議のあとにタックル。そんな生活スタイルを想像してしまうのだ。

自動車メーカーが企業スポーツに積極的である理由は、単なるブランド露出目的では説明しきれないと思う。営利団体である企業がこれほどまでにスポーツに力を注ぐからには、何らかの見返りが必要なのかもしれない。福利厚生、社員の士気高揚、ブランドイメージ。そのどれかかもしれないし、それだけでもないのかもしれない。

けれど、企業がスポーツに取り組む姿に、僕は無条件で感動するのである。

自動車メーカーが関わるラグビーチームは少なくない。トヨタ自動車のトヨタヴェルブリッツ、本田技研工業を母体とする三重ホンダヒート、日野自動車の日野レッドドルフィンズ。日野レッドドルフィンズは、ジャパンラグビーリーグワン公式サイトで日野自動車のチームとして紹介されている。

彼らは単に“チームを持っている”のではない。競争と成長の文化そのものを、スポーツという形で外に開いているのだと僕は思う。

トヨタが育てる、勝負の文化

たとえばトヨタ自動車は、ラグビー以外にも数多くのスポーツチームを抱えている。トヨタイムズスポーツの公式チーム一覧には、その名がキラキラと華やかに輝いている。

ラグビー「トヨタヴェルブリッツ」。
トヨタ自動車女子ソフトボール部「レッドテリアーズ」。
トヨタ自動車女子バスケットボール部「アンテロープス」。
トヨタ自動車硬式野球部「レッドクルーザーズ」。
トヨタ自動車陸上長距離部。
トヨタ自動車スケート部「レッドリンクス」なども含め、数多くのチームと選手が、それぞれのフィールドで戦っているのだ。

僕もかつて、トヨタが愛知県に所有するトヨタスポーツセンターで何度もスポーツをしたことがある。陸上トラックはもちろん、サッカーコートや野球場など、施設はとても充実している。ここでオリンピック競技大会のかなりの競技が開催できるのではないか、と思うほどだった。

これはもう、文化のひとつだと思えるのである。

三重ホンダヒート対リコーブラックラムズ東京戦を観戦した秩父宮のスタンドから、隣の明治神宮野球場が見えた。そこではプロ野球の試合が行われ、大歓声が響いていた。

プロスポーツが華やかな炎だとすれば、企業スポーツは消えない。力強く見える。派手には燃え上がらないが、長く、確実に熱を保ち続ける。

「派手さはないけど、じわじわ来るんだよな」

帰り道、誰かがそう呟いた気がした。

あの日の三重ホンダヒートの敗戦は、確かに悔しかった。だが同時に、どこか清々しかった。目標に届かなかった過程の中に、次の可能性が確かにあったからだ。

三重ホンダヒートのプレーも、トヨタヴェルブリッツの挑戦も、そしてGAZOO Racingのエンジン音も、同じ地平にある。消えていくものの確かさ。それを信じて、続けていくこと。そこに美しさがある。

企業スポーツとは、華やかな花だけではない。根を張り、土を支え、次の花を咲かせるための見えない骨格だ。

折れない骨。静かな情熱。そして、どこか不器用なほど真っ直ぐな意志。それらがある限り、日本のスポーツは、きっと大丈夫だ。

そう思いながら、僕はスタジアムを後にした。

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