413LAP2026.06.24
「緑の地獄は、まだ成長している」
ニュルブルクリンク24時間レースは、しばしば「世界一過酷な耐久レース」と呼ばれる。だが、今年の大会を現地で体感して思ったのは、過酷さだけではない。このレースは今なお成長を続けているのだということだった。森の奥深くにある約25kmの山岳コースは、2026年もまた世界中の人々を惹きつけてやまなかったのである。
フェルスタッペンとキノシタッペン
2026年のニュルブルクリンク24時間レースは、近年稀に見る盛況ぶりだったように感じる。
現在、世界で最も速いドライバーのひとりと称される4度のF1ワールドチャンピオン、マックス・フェルスタッペンが参戦したことも大きかったのだろう。彼の挑戦は世界中のファンやメディアの関心を呼び込み、例年以上の熱気がサーキット全体を包み込んでいた。
まるで森の奥に眠る古い火山が、再び噴煙を上げたかのようだった。ニュルブルクリンクという特別な舞台の存在感を、世界へ改めて示した一戦だったのである。
日本人の参戦が目立ったことも、今年の特徴だった。
参加した日本人は20名に達したという。その中にはもちろん僕も含まれる。1990年から挑戦を続けている身としては、まさに隔世の感がある。
当時は黒髪のアジア人そのものが珍しかった。パドックを歩けば視線を感じたし、日本人がニュルブルクリンクを走る意味を理解している人も少なかった。それが今では20人もの日本人が当たり前のように参戦している。時代は変わりつつある。
この日本人の参戦が一過性のものではないことを期待する。
そもそも、マックス・フェルスタッペン人気なのか、それとも自称“キノシタッペン効果”なのかは定かではないが、今年の観客動員数は史上最高を記録したそうだ。
観戦チケットは開催を待たずして完売。長い歴史を誇るニュルブルクリンク24時間レースでも事前完売は初めてだったという。サーキット全体が巨大な祭りのようだった。
キャンプサイトには国旗が林立し、夜になれば焚き火が灯り、エンジン音と歓声が森に吸い込まれていく。
恥を忍んで告白するならば、レース参加者である僕ですらサーキットへの入場に苦労したほどである。
今年のニュルブルクリンクは異常なほどの人出で、パドックはトレーラーやホスピタリティテントで埋め尽くされていた。
参加者であってもクルマで乗り入れることができない。仕方なく、砂利の空き地や牧草地を開放した臨時の駐車場へ向かい、そこからシャトルバスでパドック入りするのだが、その駐車場すら満車。結局、シャトルバスも来ない遥か彼方の駐車場へ追いやられた。
重い荷物を抱え、汗だくで右往左往する66歳のレーシングドライバー。危うくレース参加者がレースに間に合わなくなるという珍事まで起きた。長年ニュルブルクリンクに通っているが、こんな経験は初めてだった。史上最高の賑わいとは、こういうことなのだろう。
生き残る者が勝つ、だが・・・
参加台数も増加傾向にある。総エントリー161台。そのうち総合優勝の権利を持つSP9クラスだけで41台を数えた。この数字には驚かされた。例年なら30台前後で争われるトップカテゴリーが、今年は優勝候補で溢れ返っていたのである。
もっとも、これは手放しで喜べる話ではない。近年のニュルブルクリンク24時間レースは、小排気量クラスが減少する一方でGT3を中心とした最速クラスの比率が高まっている。今年は4台に1台がSP9だったことになる。
もともと北コースは狭く、ブラインドコーナーが連続する山岳路だ。そこへ500馬力、600馬力級のマシンが何十台も押し寄せる。当然ながら接触やクラッシュの危険は増す。しかも誰もが勝利を狙っている。24時間レースとは思えないペースで序盤から攻めるのである。
案の定、レースはサバイバル戦となった。
総合優勝したメルセデスAMG GT3は、なんと予選25位だった。普通のレースなら優勝候補ですらない順位である。だがニュルブルクリンクでは、それが起きる。速さだけでは勝てないからだ。
予選上位の有力車は次々と脱落した。クラッシュ、接触、マシントラブル。フェルスタッペンもトップ争いを演じながら終盤にトラブルで後退している。
ニュルブルクリンク24時間レースは耐久レースでありながら、スプリントレースのように攻め続けなければ勝てない。だが攻めれば壊れる。慎重になれば勝てない。その矛盾の綱渡りを24時間続けるのである。今年の優勝車は最速だったから勝ったのではない。最後まで生き残ったから勝ったのだ。
無数の物語が走っている
その過酷さは完走率にも現れている。今年の完走率は約70%。数字だけ見れば悪くない。だが、その中には長時間の修復を経てようやくチェッカーを受けたマシンも含まれる。無傷で走り切った車両はごくわずかだっただろう。
昨年の完走率は約66%。だが僕自身、チームメイトのクラッシュによって一度もステアリングを握ることなくレースを終えている。24時間レースに出場して走行距離ゼロ。今となっては笑い話だが、その時は笑えなかった。
そもそもニュルブルクリンク24時間レースは、総合優勝だけを争うレースではない。20以上のクラスに分かれ、それぞれが独自の戦いを繰り広げているのだ。
GT3マシンの陰には、小排気量車もいる。市販車に近い車両もいる。ディーゼル車も、ハイブリッド車もいる。総合100位でもクラス優勝なら英雄だ。完走すること自体が夢というチームもある。
だからパドックを歩いていると気づく。同じレースなのに、誰もが違う物語を抱えていることに。
総合優勝を逃して涙を流す者がいる。一方100位でチェッカーを受けながら抱き合って喜ぶ者もいる。
ニュルブルクリンク24時間レースとは、ひとつのレースではない。20以上の夢が同時進行する場所なのである。そして、その無数の人生模様こそが、この“緑の地獄”を世界で最も人間臭いレースにしているのだ。
また来年も、この森へ
おそらく来年のニュルブルクリンク24時間レースは、今年以上の盛り上がりを見せるだろう。今年の熱狂は一過性のものではない。このレースそのものの魅力が、世界へ再発見されたのだと思う。
思えば1990年当時、日本人はほんのわずかだった。それが今では20人もの日本人ドライバーが参戦し、世界中のファンがレースを見守っている。35年以上、この変化を見続けてこられたことは幸運だったのかもしれない。そして、もし来年もこの場所に立てるのなら、それは何よりの喜びである。
ニュルブルクリンクは、もはやレース会場ではない。人生の一部であり、挑戦し続けてきた証そのものだ。森は変わらない。コースも変わらない。変わるのは挑戦者だけである。
だから僕は、また来年もこの緑の地獄へ戻ってくるのだろう。そしてその列の中に、自分の名前がまだ残されているのならば、それ以上の本望はないのである。
キノシタの近況
ニュルブルクリンク24時間レースの興奮も少しはおさまってきたように感じるものの、こうしてコラムに筆を走らせていると、どうしてもあの感動は蘇ってくる。ひとまず、日本のレースを楽しもうと思う。