421LAP2026.10.28
「頭部保護の救世主」
いつの間にか消えていたツーホールのフェイスマスク。禁止されたわけでもないのに、潮が引くように姿を消していった。かつてはニキ・ラウダや星野一義も愛用し、木下隆之の憧れの象徴だった。ヘルメットに酸素ボンベを仕込んだ時代、ネックガード、そしてFHRシステム――ドライバーの頭と首を守る技術は、地味な積み重ねの末にヘイローへとたどり着いた。
フェイスマスクの消えた穴
いつの頃からだろう。ツーホールタイプのフェイスマスクを見かけなくなったのは。規則で禁止されたわけではない。販売もされている。ただ、潮が引くように、ごく自然に姿を消していった。いまサーキットで目にするのは、大きく口を開けたワンホールタイプばかりだ。
フェイスマスクのレース中の着用は義務化されているが、ツーホールが禁止された形跡はない。なのに、最近目にすることはほとんどないのである。
かつては誰もがフェイスマスクと表現していたけれど、最近は「バラクラバ」と表記されることが多くなった。
その、バラクラバとは何語かと調べてみたら、1854年のクリミア戦争当時、イギリス兵のために手編みした防寒具がルーツだという。寒さの厳しいウクライナの「バラクラヴァ(Balaklava)」という地名が語源だそうだ。日本語では「目出し帽」。防寒具である。スキーヤーや登山家に愛用されている。
耐火繊維で編まれたその布は、たとえドライバーが炎に包まれても、短い時間だけは火傷から守ってくれるという、いわば最後の砦である。
かつては、フェイスマスクの着用義務すらなかった時代がある。僕もその時代を経験している。素顔のままヘルメットを被るものだから、インナーは汗でビショビショに濡れ、頻繁に乾かさないと異臭を発した。
レース規則では着用義務はなかったけれど、そんな中でもフォーミュラの世界だけは、ツーホールが好まれた。理由は単純、かっこよかったからだ。
ニキ・ラウダやネルソン・ピケが愛用し、国内では星野一義さんの姿が瞼に焼きついている。あの穴二つの奥には、憧れがぎっしり詰まっていたのだ。
高橋国光邸で見た、もうひとつの穴
じつは、ヘルメットにもツーホールが存在した時代があった。僕がその現物を目にしたのは、故・高橋国光さんのご自宅にお邪魔したときのこと。棚の片隅に、静かに飾られていたことを覚えている。
それを見て、高橋国光さんがどれほど永く活躍されてきたかを想像した。
「触れていいですか?」
好奇心が勝っていたから、許可を得て持ったことがある。それ以外で見た記憶は、いまのところない。
頭部の露出が少ない分、理屈の上では安全そうにも思える。だが視界は明らかに狭まりそうだ。おそらくそれが、姿を消していった理由だろう。
そもそもヘルメットの開口部も、かつてのそれと比較すると狭くなったように思う。
ヘルメット、その安全基準の変遷
そもそも、ヘルメットという道具は、レースの歴史とともに静かに姿を変えてきた。黎明期のそれは、いまで言えばただの帽子に毛が生えた程度のものだった。YouTubeや過去の記録映像などを観ると、ハンチングのようであり、半キャップのようでもある。とてもクラッシュ等で頭部の保護は期待できない。とんできた石粒から守る…程度の効果だったのだろう。
頭部を覆う布や革の下に、わずかな緩衝材があるだけだ。転倒すれば頭を守りきれるかどうかも怪しい、心もとない代物だった。
やがてそれはFRPになり、いわゆるガラス繊維強化プラスチックの殻が主流となる。軽さと強度を備えたこの素材は、長らくヘルメットの標準であり続けた。だが速度が上がり、クラッシュのエネルギーが大きくなるにつれ、殻そのものにも進化が求められていく。
転機となったのは、カーボンファイバーやケブラー、そしてザイロンといった高性能繊維の登場だった。軽量でありながら、衝撃を受けても割れにくく、貫通にも強い。複数の素材を幾層にも重ねた複合構造は、まるで盾を幾重にも重ねるように、じわじわと安全の厚みを増していった。
基準そのものも変わっていった。かつてはスネル規格が事実上の世界標準だったが、現在ではFIAが定める基準が最高峰に位置づけられている。貫通試験、衝撃吸収試験、耐火試験など、幾つもの過酷な検証をくぐり抜けなければならないのである。
視界の確保とバイザーの強度、顎周りのガードの拡大、内部の緩衝材の多層化にも検査は及ぶ。ツーホールを見ることがなくなったのは、視界の問題なのだろう。
かつては、ドリンクチューブを通すための穴を口元に開けたり、無線システムを組み込んだりしていた。日曜大工よろしく、ドリルで穴を開け、ボルトで固定していた。
いま思えば、強度を無視した安易な細工に身震いがする。穴を開ければ強度が落ちる。ボルトを通せば、衝撃で頭部を損傷しかねない。だが、当時はそれを不自然だと思わず施工していたのだから、呑気だったというしかない。
僕も何度か軽微なレーシングクラッシュを経験しているけれど、デビュー当初から愛用しているアライヘルメットの高い安全性に守られている。
一つひとつは地味な改良の積み重ねに過ぎない。けれどその積み重ねの果てに、いまドライバーたちの頭を守るヘルメットがある。派手さのない進化こそが、じつは最も雄弁に安全の歴史を物語っているのかもしれない。
酸素という延命装置
昔のトップフォーミュラ用のヘルメットには、小さなパイプが仕込まれていたことを知る人は少ない。パイプはヘルメットの中で口元の穴につながっている。酸素ボンベにつながり、炎に包まれた僅かな時間、そこから酸素が送り込まれる仕組みだ。いわば延命装置である。
ボンベを積めたのはトップフォーミュラのマシンだけ。つまりそれは、トップドライバーであることの証でもあった。
首を守る技術の系譜
ネックガードが流行った時代もあったように思う。強い横Gに耐えるためだったのだろうし、クラッシュの衝撃によるむち打ちを防ぐ目的もあったのかもしれない。
そして現在、首を守る主役はFHRシステムに移った。これには二種類あり、一般的なのは背中に背負ったカーボンパネルから紐が伸び、ヘルメットに固定するタイプ。もうひとつ、上半身のベルトから紐を伸ばすタイプもあった。
ヘイローという到達点
フォーミュラのコクピットの上に、三本の脚を持つ黒い弧が架かるようになったのは、そう遠い昔のことではない。ヘイローと呼ばれるこの装置は、ドライバーの頭部を上から覆うように守っている。
導入のきっかけは、痛ましい事故の記憶だった。タイヤやマシンの破片、あるいは他車との接触によって、ドライバーの頭部が剥き出しのまま危険に晒される場面が、何度も繰り返されていた。オープンコクピットという形式そのものが抱える、宿命のような弱点である。
ヘイローはその弱点に、ひとつの答えを出した。強い衝撃に耐えるというその強度は、単なる装飾ではなく、もはや命を預けるための構造物だ。
導入当初は見た目の無骨さから賛否が分かれ、レースの美観を損なうという声も少なくなかった。だが実際に幾つもの事故でドライバーの命を救う場面が重なるにつれ、批判の声は静かに小さくなっていった。もはやそれなくしてオープンレースは成立しない。
こうして振り返ると、ドライバーの頭部を守る道具は、ずっと進化を続けてきたことがわかる。その最進化形がヘイローである。
穴の数が減り、覆う面積が増え、守られる範囲が広がっていく。その歴史の分だけ、ドライバーが大きな怪我を負う可能性は、着実に低くなってきたのだ。
キノシタの近況
KYOJO CUP第4戦はクラッシュ多発の波乱のレースになったけれど、うちのドライバーは賢く立ち回り、自己最高位の5位でしたね。惜しくも表彰台は逃したけれど、最終戦に期待が持てる内容だったと思いますね。