38号車KeePer CERUMO GR Supra 5位が最上位とサクセスウェイトが厳しいながらも4台が入賞!GR勢しぶとく健在! 〜SUPER GT第5戦 鈴鹿サーキット〜
モタスポコラム その116 2026.09.04
行って参りました!鈴鹿!この上なく暑かったです。
今回は、予選からHonda祭り、HRC PRELUDE-GTが上位につけた大会でした。われわれは、しぶとくサクセスウェイトに耐えるのみです。ここは欲張らずかつ、最大限に出来る事をやる!でしょうか。
さて、夏の鈴鹿と言えばとても思い出深いレースがたくさん。これまで鈴鹿1000km(SUPER GT公式戦として)もありましたし、レース後の花火を見上げながら去りゆく夏を惜しむ…そんな感情が押し寄せる大会でした。来季は時期は前にズレまして7月末に開催となり、サマーブレイクの予定。また、2027年の鈴鹿1000kmが、9月4日〜5日にインターコンチネンタルGTチャレンジ(IGTC)として開催され、そこへSUPER GTのGT300クラスがジョイントするため、鈴鹿サーキットでの夏の開催は時期こそズレますが2回となります。だいぶ雰囲気違う気がしますね、夏休みとそれが明けてからの大会では。そしてGT300クラスは、有効ポイント制でポイントが獲得できる大会となる予定です。
昨年、鈴鹿1000kmそのものは復活となりましたが、個人的にGT500クラスもいつか走ってくれないかなと夢見ています。長いレースは萌えますからね。まだ終わらないと思いながらコースを一周出来たり、ずっと6時間もスプリントの緊張感も好き。やっぱりハコ車の最高峰だと思います。まずは、GT300が走る来年を楽しみにしたいと思います。
今年も暑さに見舞われた鈴鹿大会ですが、午前中のグランドスタンドは直射日光があたるので、シートに座るのはしんどい状況。当然その部分は人もまばらです。練習走行時は、毎年、「人」の入りを憂い大丈夫かな?と思うのですが、そんな心配をよそにたくさんの来場がありました。驚愕です。
なんと観客動員: (8/22) 20,500人、(8/23) 32,000人、合計52,500人!特に決勝日のスタンドの埋まり具合が驚きでしたね。メディアセンターのテラスから撮っておきました。肝心のレースの方も、最後は大クラッシュによるSCランでチェッカーとなってはしまいましたが、そしてGR勢は大人しく我慢のレースだったとは言え、とても盛り上がったと思います。
Hondaさんのホームですし、GR勢はサクセスウェイトも今回もまたありがたくいただき、かつ燃料リストリクターは、チャンピオンカー36号車au TOM’S GR Supraが2段階とかなりかなり苦しいです。14号車もずっしりとそんな状況も含め、いかに最終戦までコツコツポイントを積み上げるかが勝負。毎年のことですが、シーズンをリードすると戦い方は、サクセスウェイトとの戦い方で決まると…という訳で前置き長くなりましたが振り返ります。
暑い中、お母さん的には、「そんなとこに居ないでこっち(日陰)に入りなさい」と言いたいところ。でも業界仲間が話せる時間は大事だったりしますので静観。2人ともタイヤ交換もしているのでテレビで映ったら、じっくり見て応援してくださいね。確か2人とも左側担当だったような? がんば!
ピットへの機材の搬入が済むと、燃料、マシンのメンテナンスから。
こちらは、14号車ENEOS X PRIME GR Supra、32号車ENEOS X PRIME AMG GT3。富士スピードウェイ開催時以外は、2台並びのピットとなる予定。今回は並びましたね。GT300クラスも新規チームは、富士スピードウェイの時は、1コーナーよりもBピットを使用することになります。ランキングや参戦年数を考慮し、毎戦ピット割が決められています。ずっと端っこを選択しているチームもありますけどね。
GT500クラスは、3メーカーのランキング順で開幕戦は並びます。昨年タイトルを取った GR勢が1コーナー側の先頭、次にランキング順で2番手となるHonda勢が真ん中に、最終コーナー寄りが日産勢でシーズンがスタートし、次のラウンドでは、Honda勢が1コーナー寄り、真ん中が日産勢、 GRが最終コーナーよりとぐるぐるラウンドごとに配置されます。GRがタイトルを3年連続して取っているので、ここ数年、ピット割が同じで各サーキットで「絵」があまり変わらないという状況。
今回は、第3戦のセパンラウンドをスキップしているので、久しぶりにGR勢が鈴鹿の1コーナー寄りとなりました。厳密には、GT300を挟んでおりますが。端っこのメディアセンターからは遠かった(笑)。おかげさまで良い運動になりました。毎日、4往復くらいしてたかもね。コースサイドで撮影するカメラマンさんたちの方がすごいけどね。万歩計見せていただいたことがあるけど10キロ以上だしね。体力あるおばさんになりつつ…いやない。しんどかったので休憩もしていました。情けないですが、夏の3ラウンド、なかなかきつかったです。
FIA-F4を併催していますが、カンカン照りでカメラもスマホも真っ暗でモニターが見えなくて…。GR勢3台しか撮れてなくごめんなさい。集中力も奪いますね暑さって。ダメダメでしたほんとに。夜は、バテバテでフツーにご飯食べて(食べるんかい)ホテルへ帰りました。
○予選日
朝は救出訓練を見学。今回は、23号車MOTUL Niterra Zを使用して行われました。世界に名高い鈴鹿サーキットは、オフィシャルさんの所作のレベルが高いと素人ながらにも毎回感じますね。F1を開催しているというのも大きいでしょうか。尊敬です。
走行前にピットまわっていざ練習走行開始!ですが、ピットロードの往復ですでにバテてましてメディアセンターで水分摂ってから、ギリギリで取材にまた出ました。
朝のフリー走行からバタバタでした。エンジンブローを起こしオイルが漏れもあったりで赤旗中断。それを回避できたクルマ、できなかったクルマで明暗が別れたのですが、ちょうどGR陣営が後続から連なってくるタイミングで発生しました。オイルを回避した37号車はスポンジバリアにマシンを引っかけちゃいました、続いて、38号車 KeePer CERUMO GR Supraはそのままスポンジバリアに突っ込みました。
この時ちょうど38号車のピットにいたので、空気変わって慌てましたね。それまでたまたまですが、立川祐路監督と小林利徠斗選手は何かお話をしていてニコニコだったのですがね。
38号車は、大湯都史樹選手がコース脇から戻ろうと一瞬走り出したのですが、自力で戻れないと判断したのかクルマを止め、クレーンでマシン回収となりました。マシンが戻って来ますので、メカたちはその後、蜘蛛の子を散らすようにピットからいなくなり、それぞれ戦闘体制となりました。私は邪魔になるのでさっさとピットから出ました。
39号車のピットでは、先ほどのトラブルをうまく回避できたサッシャ・フェネストラズ選手とスタッフがリプレイを確認していました。うまいね!という感じの会話を関口雄飛選手としていましたね。
37号車のピットから出て歩いていると、37号車大立エンジニアと遭遇。ここはマシンにダメージがあるはずですのでピットはバタバタでしたが、ちょうどTGR―Dの部品車からパーツを持ってき出てきたところでした。目は合いましたがもちろん走り去っていきました。みんながんばです。
前回優勝のHonda 陣営の100号車STANLEY HRC PRELUDE-GTもこのセッションでエンジンブローしてしまったので、波乱の予感はありましたが、この時も偶然100号車の小嶋監督に遭遇しました。ヘッドセットつけたままピットの外に出て慌ただしく動かれる姿は、当然緊急事態。次の手配などに奔走していたのだと思います。エンジン交換となりペナルティを決勝で科されますが、エンジン交換をしないと予選も出られませんしね。ライバルながら頑張って!と思いました。
練習走行は再開しましたが、走行時間も当然短くなってしまい午後の予選が心配になりましたね。
エンジン交換は、通常ならかなり時間がかかる作業なはず。しかし、昔から思っていますが、3時間?くらいでこなすレースメカニックたちって超人だと以前から思っています。このとき100号車は、もちろん予選に間に合わせ出走しましたが、レースメカニック、ほんと尊敬です。
予選は、GR陣営は19号車が最上位。2人で頑張りました!ここはクルマの軽さを存分に活かしたいところ。マルチメイク最後のシーズン。一緒に戦って来たヨコハマタイヤで良い結果を出したいと19号車の仲間たちと切に願っているはずです。
100号車のエンジン交換が大変だっただろうなと気にしていたら、37号車が予選9番手だったものの予選後に不具合が見つかったようで、同じくエンジン交換となりました。長い夜だったかもね?お話聞けてませんが。 37号車は今季のトラブル続きから脱出したと思ってていたので残念に思いましたが、めげずにガンバです。
38号車は、予選7番手。サクセスウェイトも鑑みるとまずまずです。朝受けたクルマのダメージはちゃんと直っていたようで何よりでした。
39号車がちょっと元気ないですねえ。予選13番手。昨年のこのラウンドも予選15番手(決勝は6位でしたが)と苦手なのかなあと思ったり。脇阪寿一監督の公式YouTubeの振り返りをご参照ください。毎戦振り返っていますが、生の声を聞くことができますよ。今回は苦悩のラウンドだった模様。色々参考になります。
確かに結果は良くないけれど、みんなの繋がりは信頼という部分が強固になっているそう。毎年、メンバーは変わってはいますが、スタッフの配置も少し固まって来たかな? それぞれの頑張りが出てくれたらいいなといつも思っています。焦らず参りましょう。
前回のコラムで聞いてみようと書いていた、19号車坂東正敬監督(以下、マサ監督)とお話をしました。当初、全く気づいてなかったクラウドファンディングについても。
ミュージアムを作りたいというクラウドファンディング。これは何だろう? マサ監督の回答です。
「自分たちがやっていること、閉鎖的な部分、必要に応じて秘密も大事ですが、サッカーや野球場は一般の方が見られる環境がある。それをルーキーレーシングが出来ている。同じスケールでは出来ないかもしれないけれど、見せられる空間も欲しい。レースが終わった後、マシンはどこにあるのか?そんな疑問にも答え、展示ができるスペースも欲しい、マシンを展示したい人がいればそれにも応えたい。また、タイヤ交換練習を見せたりとか、富士スピードウェイミュージアムの帰りに寄れる場所でも良いし、スポンサー様に対して自分たちのやっていることを隠さず見せることで共感を得たい」これが最大の理由でした。同じ意思を持っていただかないと、スポンサーをしていただけませんよね。見えない部分で、というか彼は特にそこは意識せず、ファンやスポンサーに対してさまざま活動してきたと思っています。ファンイベントも多いし、日本行脚してトークショーなどもやられています。今後は、見えるように、見せる部分にも改めて着手するということなのだと思います。何もしていなかった訳ではないですので。
「工具でこんなものを作っている工程を見せたい、名前はミュージアムにしていますが、企業価値を高めるために作りたいのです。企業価値は、何かしている人じゃないと生まれないです。また自分が頑張らないと優秀な人材は入って来てはくれない」これも理解できます。この業界、とても派手に見えますが、高度な技術と人々の努力で成り立っています。まだまだ成長できる業界ですしね。自チームに良い人材を確保するとなると、やはり価値を見出さないといけませんよね。
技術的なことで、マサ監督の活動の中心のSUPER GTは戦っているのでGT500は見せられないことも多いけれども、レースをしている活動そのものは見えないことも多いかも。それを見せることで、周囲の理解も深まりますし、新規のスポンサー獲得にも繋がりますね。すぐに大きなことに派生していくというより、ご自身のレース活動そのものにプラスになることは間違いないと思います。
また「他のチームがやっていることですが、レースウィーク明けの翌日に子どもたちと一緒にホイールを洗ったり、経験を一緒にしていくなども実施したい」との意向。子どもたちの未来へも繋がるかもね。
ワクワクするお考えですが、クラウドファンディングも駆使していました。費用も当然かかる話ですからね。資本がないとエクストラの部分の活動は余計に実施できません。ちょうどクラファンの締め切りが8月末で終わってしまいましたが、クラファンに頼るのは骨子のしっかりしたものであるので賛成です。私は協力させていただきました。これはもう共感を持った方には、ぜひサポートしていただきたいですね。直にご自身に聞いてみるのも良いかもね。
また、先般発表された来季のコントロールタイヤ「ブリヂストン」。これに関して「来季は何を履く?」発言が気になっていました。来季の参戦そのものは、毎年スポンサーを獲得し活動するわけですので、これは意味深な発言をした訳ではなく、来季参戦できるよう頑張るという意味でした。ファンの皆さんは、スーパーフォーミュラに参戦するのでは?と楽しい憶測をしていましたが、まずは地固めからということでした。応援するのみですね! マサ監督、ありがとうございました。
ここで過去の大会について、少し振り返ろうかなと。
2007年の思い出を。これ一枚しか夏の鈴鹿の写真がないので、開幕戦の写真も交えて参りますね。
2006年にタイトルを取った36号車はゼッケン「1」。その1号車宝山 TOM'S SC430(脇阪 寿一 アンドレ・ロッテラー オリバー・ジャービス)が優勝しました。第6戦Pokka 1000km(173周)は6時間レースでした。予選11番手からの優勝。気温33度で暑かったですが、途中雨が降りました。これがね、面白いレースとなったんです。
36号車の伊藤監督がライバル陣営で走っていた8号車ARTA。その8号車と1号車は優勝争いをしていました。ラストスティントに向け同時にピットイン。共にレインタイヤへ。その後、雨も上がり路面が乾き始めました。接戦だったのですが、途中で6秒差となってしまい、勝ち目がなさそうに見えました。ピットの前ではジェスチャーで雨が来るよ、上がるよと教えてくれる人がいましたね。当時の雨雲レーダーの精度はどうだったかな。あったかな、なかったかな?もう20年も前の話ですね。
第3ドライバー登録で、実際には走ってはおりませんが、オリバー・ジャービスもストラテジーを考える渦中にいました。
少し乾いてきた時に、スリックだと言ったのはオリバーだったと思います。もしくは誰かが言った時に、背中を押したのがオリバー。別のカテゴリーで走った時の経験からスリックだと言ったはず。これ覚えてますね。
159周を終え1号車はピットイン。ここでスリックに換えることはギャンブルでした。しかし、スリックの方に分があったのか、8号車も翌周、おなじくスリックに換えるためピットインしました。この8号車のアウトラップ(まだタイヤが冷えている状態)で、1号車が抜き去りトップに立ちましたね。今でもデグナーで抜いた瞬間は目に焼きついています。経緯の周回数などは、調べたけどね。この雨で濡れた路面、また乾いて来た難しいちょい濡れとかの路面は、アンドレ・ロッテラー選手が大得意。なんでそんなに速いの?と当時いつも思っていました。雨が上がってドライとなるレースは、スイスイ追い抜いてたな。スーパーフォーミュラもね。この時、残り5周でまた雨が落ち始めましたが、そのままアンドレが走りきり最終的に2位の8号車に9秒もの差をつけ逆転優勝をしました。
この時の喜びはひとしおでした。メカニックで、この時に身につけていた下着を勝負下着にしたコもいます(笑)。レース後、東京にギリギリ帰れるタイミングでのチェッカーでしたが、帰らずにドライバーたちも残って祝勝会をしました。あの時、お酒の飲めない私はチームの社用車のレクサスの何か(これは覚えてない)…をホテルまで運転して行ったのですが、アンドレにそのクルマは私のか?と聞かれ、もちろんそんな訳もなく。かっこいいカスタムカーでしたからね。ホテルの駐車場に入れて鍵の掛け方だったか何か忘れましたが、わからなくて大変なことに。高級車の扱いなどわかるはずもなく。みんなをおろしたあと、駐車場に残ってしばらく格闘していました。これも思い出だわ。結局、誰か人を呼んだはず(笑)。無事に部屋に入った後は、毎戦レースレポートと当時誰もやっていないチームブログとかを書いて…そんな生活をしてましたね。今も変わらないかも(笑)。
当時鈴鹿1000kmは、長いのでレースの途中でトレーナーがマッサージをしたり、始まる前に、もう始まる?などと言いながら午前中にグリッドウォークに行って、スタートして…とバタバタでした。お昼を食べる時間がなかったので、から揚げをつまんだり(笑)。
チェッカー後、全車がピットロードを逆走して戻ってきて、それを迎えるのも楽しかったです。今、スーパー耐久の富士24時間しかそんな光景を見ることができないですけどね。どこかでやってます?
語り継がれた名レースで、当時のタイヤメーカーのポスターに、あの劇的な一周前のスリックへのタイヤ交換の時のものが使われていました。ピットで仕事をしている自分の写真も大事にとってあります。後にも先にもこれくらいしか仕事中の写真がないのも私らしい。私の鈴鹿の思い出でした。
話を戻して、予選日。この日は情けないことに仕事に集中していたら、サードさんのファンイベントがもう終わりの時間になっていたという失態を犯してしまいました。ごめんなさい。チームのレースレポートにお写真がありました。いつも必ず行っているのに…。ごめんなさい!
http://www.sard.co.jp/pdf/SARD_News_20260823.pdf
キッズピットウォークでの人気は、もう現役ではないにも関わらず大人気ですね。話しかける姿を見ると何かこう彼らへ夢を授けているようにも見えます毎回。お詫びではないですが、予選日の〆に置いておきます。
この日も朝から照りつける太陽にヘロヘロになりながら、ピットウォークの前に1コーナーまで歩き、ピットの様子を観察。ピット作業の最後の練習をする時間なので。
今回は、熱中症にはなりませんでした。クルマで行ったので荷物たくさんでもO K。タンブラー2個持参して、ホテルの製氷器でキューブの氷を詰めてサーキットに持ってったので大丈夫でした。ほんとは常温の飲み物がいいんだけどね。助かりました。
さて、鈴鹿サーキット提供、16-23 ZERO円パスをご存知でしょうか? 16歳から23歳までの方を対象に、鈴鹿サーキットでのレース観戦や遊園地エリア、プールなどを無料で楽しめる電子チケットです。これ若者のみなさま、使わない手はないですよね。地方から来られる方も利用する価値あり! 私も若かったらなあと思うばかりです。いいなあ。レースが終わってからいうのもなんですが、今後もぜひ利用してみてはいかがでしょうか?まだレースありますしね!
決勝の時間はあっという間にやって来ました。グリッドウォークの様子を。
決勝は、5位に38号車が入り大健闘。8位14号車、9位36号車、10位37号車が入りポイントゲット。
19号車は、13位。レース序盤にストレートでタイヤにトラブルが。まんま一周走って帰って来たので、最後尾までポジションダウン。痛かった。国本雄資選手も予選も手応えはあったしほんと残念。その後の阪口晴南選手のスティントでは、ファステストを記録。次も軽いので、もう優勝しちゃいましょ!今回は、良いところが結果につながらないもどかしさがありました。
39号車は、タイヤ交換でナットが外れずリタイアとなりました。試練の時。なかなか上手くいかないけど、レースは良い感じで走ってたから次に期待。
レース終盤は、GT300の前回の優勝車52号車 Green Brave GR Supra GTが、クラッシュしSCラン。そのままチェッカーとなりました。ドライブしていた52号車は、大きなダメージを負いましたがドライバーは無事。次戦に間に合わせる為に、今、懸命に頑張っていることでしょう!
というわけで、レースは、Hondaさんの表彰台独占。それに日産勢が続くカタチとなりました。次戦第6戦は、スポーツランドSUGOにて世の中が5連休の中、9月19、20日で開催されます。GR勢の我慢のレースはまだまだ続きますが、その中でも軽いクルマには、次、暴れていただきましょう!おしまい!
大谷幸子の近況
マグニチュード7以上の地震の頻度が今年は高いという記事を見ていたら、ネパール、グランドキャニオンの土石流などの自然災害が発生。恐怖を覚える日々です。日本も地震に線状降水帯発生にと日々災害に見舞われています。地球って大きいけど、一つの惑星と考えると1コだし、戦争も終わりがないし、物価高に円安、生活を取り巻く環境の中で、楽しいことがアナウンスされない日々を悲しく思います。何かこう楽しくない。
8月は、3レースあったのでずっと仕事してました。楽しいことが思いつかないのでちょうど良かったのかもしれない。ちょっと涼しかった1日だけ友人たちと鎌倉散策。何年ぶりだろう?ランチして長谷にある鎌倉大仏まで歩きました。自宅から10kmウォーキング。ずっとデスクワークでカラダがおかしくなっていたので、歩いてよかったです。
小学生の頃に行った時も安かったはずですが、入場料300円、大仏様の胎内への入場料は50円。変わってない?かなり昔だけど行ったの。鎌倉大仏の背中に扉があって、外気を取り込むことができます。あの扉が前にあったら「ガンダム」だねと話していました(笑)。笑ったは良いけど、ガンダムの前にある何かは、空調だった?たわいもない会話でしたが、冗談なのか本気だったのか…、あとで調べてみましょ。
何かこう賃金の伸びもないのに全てにお金のかかる時代で色々難しい時代になりました。それでもまだ少し前の今の若者と違う時代を生きた私は幸せかもしれないと思うように。
酷暑も治まる事なく続いてますが、お身体ご自愛くださいね。次のコラムまで時間はありますが、その前に少し別カテゴリーで勉強してきます。またね!
(写真 G Tアソシエイション、トヨタ自動車、大谷幸子 テキスト、大谷幸子)