世界に通用する日本人選手を育成するTOYOTA GAZOO Racingラリーチャレンジプログラムの一員として、フィンランドのトミ・マキネンレーシングでトレーニングを積む3人の日本人選手がいる。2月に開催された世界ラリー選手権(WRC)第2戦ラリースウェーデンにて、サポートカテゴリーであるWRC2部門での初優勝を飾った勝田貴元もそのひとり。勝田はレーシングカートでキャリアをスタート、FCJ(フォーミュラチャレンジ・ジャパン)チャンピオン、F3シリーズ2位などサーキットでの実績を重ね、3年前にラリーに転向したドライバーだ。そんな彼が勝つまでに至る道のり、そして今後について、その心境を聞いた。
常に自分自身を高いレベルに保つ
精神面の成長が次の課題
WRC第2戦ラリースウェーデン。勝田貴元は誰もが予想もしていなかった“番狂わせ”を演じてみせた。日本でも多くのスポーツメディアによって報じられたビッグニュースだが、勝田自身も、この勝利を予想していなかったと語る。
「自分のなかでは、今シーズンが勝負の1年という思いはありましたし、今までやってきたことの総括という意識はありました。もちろん、どのラリーでも良い結果を目指していますが、正直に言うと、スウェーデンで勝てるとは思っていませんでした。良くて表彰台。それくらいの戦いをしたいという気持ちはありましたが……今回参戦しているドライバーの顔ぶれも、錚々たるものでしたからね。とにかくまずは落ち着いてスタートしよう、最初はそう心がけていました」
現在、WRCで唯一のスノーラリーとなるスウェーデンは、このような路面を走り慣れた北欧出身のドライバーが圧倒的な強さを見せてきた。ラリー前に優勝候補に挙げられていたのは、昨年のWRC2王者ポンタス・ティデマンド(スウェーデン)であり、昨年のアジア・パシフィックラリー選手権で来日経験もあるオーレ‐クリスチャン・ベイビー(ノルウェー)という面々。ところが勝田は序盤で首位に立つと、一時ポジションを明け渡すことがあったものの、最終日までトップの座を守ってみせたのだ。
「最終日、プログラムの講師を務めるヨウニ(アンプヤ)に、『全開で勝ちに行こうと思っています』と、相談しました。すると彼は『お前に任せる』と言ってくれた。それで、完全に自分のなかで迷いがなくなりました。それでもライバルもどんなアタックをするか分からないですし、ずっと落ち着けない状況でしたね」
緊張感溢れる最終日の最終SS(競技区間)、勝田は迫り来るティデマンドを4.5秒差で抑えて、WRC2初勝利を飾った。日本人がWRCサポートカテゴリーで優勝したのは、2007年ニュージーランドのPWRC(プロダクションカー世界ラリー選手権)を制した、新井敏弘※以来である。
※ラリードライバー。勝田貴元とともにラリーチャレンジプログラムでトレーニング中の新井大輝の父。勝田貴元の父もまた日本を代表するラリードライバー、勝田範彦。
「この3年間、“勝ちを狙う走り”ができたことがありませんでした。とにかく走り切って、ラリードライバーとしての経験を積まなければならない。それは納得もしていましたけれど、やはり僕はドライバーです。それが今回は久しぶりに“勝負する”という感覚を味わえました。すごく楽しかったですし、そのうえで走り切って、勝てたことが本当にうれしかったです」
昨年のラリーサルディニア(イタリア)でのWRC2初表彰台に続き、WRC2勝利という果実を手にした勝田。サーキットドライバーから、ラリーというフィールドに戦いの場を移し、3年という月日が経過した。
「このプログラムに参加して、自分自身を構成するすべてが変わった気がします。ペースノートの進化やドライビングといった技術的な面はもちろんですが、何よりも大きな変化はラリーに対する意識や理解が深まったことです。長い競技のなかで、どのタイミングでリラックスして、どのタイミングで次のSSのプランを立てればいいのか、以前はまったく分かっていませんでした。常に気を張っていて、ぐったりするという繰り返し。ラリードライバーとして、どのような“流れ”を持って戦えばいいのか、理解できるようになりました」
2018年は、シーズン初戦となったフィンランドラリー選手権開幕戦アークティック・ラップランドラリーで3位表彰台を獲得。そして続くWRC第2戦スウェーデンではWRC2勝利を飾った。最高の流れでのシーズン序盤戦だが、勝田は浮かれたそぶりを一切見せない。
「現時点でいい流れを作れているので、大きな問題はありません。でもこの先は、自分の意図と噛み合わない状況になった時に、どう対処できるかが、大切になってくると思っています。去年も想定外のトラブルに遭遇したり、自分の思いがけないミスもありました。自分としては落ち着いて判断していたつもりでも、後から振り返ると『もっとできることがあったはず』と、思うことがあったりします。それをなくしていきたい」
ラリーは、刻一刻とコンディションが変わる競技だ。自分の力の及ばないところで、大きなタイムロスを強いられる場合もある。事前のコース試走の際にはなかったはずの石が、前走車の走りで掘り起こされたり、柔らかい路面のラリーでは深い轍が刻まれたりもする。完全な同条件ということはあり得ない。
「スポーツとしては賛否両論ありますが、ラリーは多分に“運”という要素が、勝負を左右します。ですから、運が向いていない時でも、しっかり自分を保つ必要があります。今回勝てたことは本当にうれしいし、自信にもなっています。でも、今後のラリーでも、常に挑戦者という気持ちは忘れずにいたい。ティデマンド選手を見ていてもそうですが、いい時・悪い時に関係なく、自分自身を高いレベルに保てるような精神面が次の課題ですね」
ティデマンドやベイビーだけではない。現在のWRC2には、多くの同世代ドライバーたちが、トップを目指して切磋琢磨している。日本人として“アウェイ”のスウェーデンで勝利を挙げた「タカモト・カツタ」の名前は、同世代の若手選手たちの心に手強いライバルとして刻まれたはずだ。
「ティデマンド選手やベイビー選手はもちろんですが、WRC2には17歳で参戦するカッレ・ロバンペラ選手もいます。年齢は関係なく、ラリーに対する意識や経験値に関しては、僕よりも圧倒的多いドライバーばかりです。特に気になるのはフランス出身のピエール‐ルイス・ルーベ選手ですね。ラリーへの意識も高いし、かなりスピードもあります。彼もレーシングカートをやっていたようですし、より注目してしまいますね」
ここまで順調にラリーでの経験を積み上げつつある勝田だが、苦い思い出がひとつのターニングポイントになったと、明かしてくれた。
「自分自身ですごく変わったと実感しているのが、2年前のフィンランドラリー選手権開幕戦のラップランドです。SS3でクラッシュしてしまったのですが、『このままではいけない』という意識の変化がありました。もちろんペースノートのスキルも今とはまったく違いますが、あの時はラリーを抑えて走るということの意味が分かっていませんでした。クラッシュしたことで、自分の判断ミスがいかに無謀だったか理解できました。クラッシュは精神的にキツいんですが、いま何をすべきかを、あらためて深く考える機会になります。色々なことに気づいて、色々な痛みも知りました(笑)。その当時支えてくれた人への感謝は絶対に忘れません」
フィンランドでストイックにトレーニングを続ける勝田が、最近注目しているのがボクシングの動画だという。
「こちらのテレビはフィンランド語なので、どうしてもインターネットの動画サイトをよく見てしまいます(笑)。最近のマイブームはボクサーの動画をチェックすること。試合だけでなく、試合に向けて追い込んでいる姿をみて、自分のトレーニングのモチベーションを上げています。アスリートとして、本番前にどのような準備をしているのか、どんなルーティンがあるのか、本当に勉強になります」
WRC2での勝利により、俄然注目を集めるようになった勝田だが、「まだ目標のスタートラインにも立てていません」と笑う。プログラムスタート当初から、WRCチャンピオンを獲得するという目標は一度たりともぶれていないのだ。
「ようやくスタート前の準備段階が整ったかな……という感じです。スウェーデンで勝ったからと言って、天狗になんてなりません。すごく大きな目標なので、これまで経験してきたこと、この先経験しなくてはいけないことを考えると、まだ30%……、いや20%にも満たないかな。トップカテゴリーのワールドラリーカーに乗って、初めてスタート地点に立てる。そこからが本当のスタートです。常に高い位置に目標を持って、少しでも大きく向上心を持って戦っていきたいんです」