世界に通用する日本人選手を育成するTOYOTA GAZOO Racingラリーチャレンジプログラムの一員として、フィンランドのトミ・マキネンレーシングでトレーニングを積む3人の日本人選手がいる。3年目のシーズンを迎えた新井大輝は、何を考えラリーという競技と向き合っているのか。その素顔をレポートする。
自分に足りない部分は何か
その答えは道に隠されている
日本のメダルラッシュに沸いた平昌冬季オリンピック。同じ世代の多くのアスリートたちが、すさまじいプレッシャーのなか、日本代表として戦い続けた。同世代が活躍する様子を見て、新井大輝はひとりのアスリートの言葉が心に残ったという。
「スウェーデンを終えて日本へと戻る機内で、五輪に挑むアスリートの記事を読む機会がありました。印象的だったのがスキージャンプの高梨沙羅選手です。オンとオフの使い分けや、遠征続きのなかで普段からどのように生活しているか、とても参考になりました。特に頭に残っているのが、オフの過ごし方についてです。高梨選手は、オフであっても競技のことを完全に切り離してしまうのではなく、常にある程度考えているそうです」
だからこそ、オフの時でも自然に競技と向かい合うことができる。そう、新井は感じたという。
「僕自身、考えすぎてしまうこともありますから。それに、高梨選手は現状に満足していない。メダルやタイトルを獲って終わりではなく、男子とも戦えるようになりたいそうです。ずっと上を見ている。あらためてそういった向上心が大切なんだと、痛感しました」
2018年シーズン、新井は世界で戦い始めて3シーズン目を迎えた。そのスピードやセンスは、父親の新井敏弘※さえもしのぐという評価もある。しかし、昨シーズンから続くマシントラブルやアクシデントに、彼は苦しみ続けていた。シーズン初戦となったフィンランドラリー選手権開幕戦アークティック・ラップランドラリーは初日にコースオフを喫して、12位。WRC第2戦ラリースウェーデンはいくつかのメカニカルトラブルが重なり、部門7位でラリーを終えた。
※ラリードライバー。新井大輝の父。勝田貴元の父もまた日本を代表するラリードライバー、勝田範彦。
「単純に何かが“壊れた”というトラブルではなく、いくつか関連したトラブルが出てしまっています。せっかく直しても、また次のトラブルが出るという状況なので、なんとかゴールまでクルマを運ぶことしかできていません。そんな状況が続くと、『このトラブルがもっと別の場所で起きたらどうしよう……』などと考えてしまいます。これだけトラブルが続くと、自分でも気がつけていない何かがあるのかもしれない。ラリー前の段階から、エンジニアとしっかりディスカッションしたり、以前よりも状況をしっかりと観察するようにしています」
何かトラブルや突発的な事態に遭遇した際に乱れてしまう心を、いかに瞬時に立て直せるか。新井が注目しているのはWRC王者のセバスチャン・オジェだった。
「スウェーデンでは自分の引き出しの少なさを感じました。例えば、オジェ選手であれば、何か想定外のトラブルが起きた時でも『この状況ならば、何位が狙える』と、瞬時に判断できる。そして、ターゲットを定めたら、それに向かって攻め続けることができるんです。僕の場合はトラブルがない状態であれば、いろいろなプランを用意しているけれど、いざ何かが起きた時に、そこから組み立て直すことが難しい。想定どおりにいかなかった時のプランを、競技中にどうやって導き出すのか、もう少し考えたいです」
それでもラリースウェーデンでは、エンジンにトラブルを抱えた状況でありながらも、同じクラスのクルマに乗るライバルと近いタイムを刻んでみせた。つきまとうトラブルに悩まされてはいるが、新井がドライバーとして着実にステップアップを続けていることは確かだろう。様々な日々の“気づき”を積み重ねるなか、新井自身が最も勉強になっているというのが、ラリー前に行われるコース試走、レッキである。
「海外で戦うようになって、レッキの段階から、どの走行ラインで走ればいいのか、ペースノートを作る段階で何に注意すればいいのか、以前よりも気をつけるようになりました」
道に残されたWRCトップドライバーの走行ラインを見ることで、よりレベルの高い走りを習得できる。それはトップドライバーが、目の前で授業をしてくれているようなものだと、新井は言う。
「『こんな走行ラインを走るのか!』と驚かされることがよくあります。普段僕たちが戦うフィンランドの国内選手権で見慣れたラインと、WRCトップドライバーのラインは少し違うんですよ。自分たちの前にトップドライバーが走っていると、気づかされることが多いです。つまり、自分の足りないところはここだと、教えてもらっているようなもの。走りながら、道に答えが隠されているような感じです」
そうして習得したラインを実戦で試すことで、タイムが飛躍的に伸びることがある。
「そんな調子でタイムアップすると、最初は何が正しいのか分からなくなってしまう。自分の感覚とタイムが合っていないというか……。当初は攻めてないのにタイムが出たり、逆に攻めているのにタイムが出なかったりということも多かったんです。それは先ほど言った、それまで使えていなかった走行ラインを使えていたり、クルマの使い方などが変わってきたから。若いドライバーが飛躍的にタイムが伸びるのは、そういった細かいことだったりします。スウェーデンの序盤も、上位選手とそれほどタイム差がなかったことに、自分でも驚きました。経験は確実に積んできているし、それがタイムにも反映されつつあると、あらためて感じました」
もうひとつ成長を実感できたこととして、新井はラリー中のメンタルコントロールを付け加えた。
「感情の浮き沈みが、以前ほどではなくなりました。ここは3年前とはっきり違います。競技中は常に高い集中力を維持する必要がありますから、何かが起こった時に一喜一憂したり、落ち込んだりしない方がいい。まだまだ経験は必要ですが、マシントラブルなど、目の前で起きたことに冷静に対処できるようになった点は大きいです」
ラリーは他のモータースポーツと比較しても、群を抜いて競技時間が長い。3日間ラリーカーを走らせ続け、フィニッシュまでトラブルなく、マシンを持ち帰らなければならないのだ。
「特にWRCはSS(競技区間)とSSをつなぐロードセクションが長い。高い集中力を要求されるSS以外で、どれだけリラックスできるかが大事です。例えば、日本のラリーはすべてがコンパクトにまとまっているので、そこまでラリー中にオンオフの切り替えを求められなかったんですが、WRCは違います。海外であれば、ロードセクションが100km、200kmというラリーも多い。ロードセクションでコ・ドライバーとどれだけくだらない話をしてリラックスできるかがカギになるんです」
そして、その集中力こそがトップドライバーと自分を隔てる、大きな差だということも彼は理解している。
「彼らはどんなに長い距離のSSでも、高いレベルの集中力を維持して走れるんです。例えば、僕であれば少し危ない箇所があると『ここは抑えよう』と思ってしまう。そんな箇所でも、彼らは攻めたまま走り切ります。それに実際『抑えよう』と思った瞬間、タイムは一切出なくなるんです。それを一番感じたのが、去年のラリーポルトガルでした」
このポルトガルには、現在ヒュンダイのワークスチームに所属するアンドレアス・ミケルセンが、同クラスのシュコダ・ファビアR5でWRC2に参戦していた。ミケルセンは、最終ステージでリタイアするまで、2番手以下に3分以上の圧倒的な大差をつけてラリーをリードしてみせたのだ。
「ミケルセン選手にはSS1からあっという間に離されてしまいました。ラリーを組み立てる余地もないというか、組み立てる間もなく先に行かれてしまった。このラリーで勝った(ポンタス)ティデマンド選手も、WRC2で活躍していた(テーム)スニネン選手もまったく歯が立たなかった。WRCのトップで戦ってきたドライバーは全然違う。まだまだ上があるんだなと感じました」
最後に新井が「僕にはどうにもならないこと」と前置きして明かしてくれた課題が、コ・ドライバーに関するある事情だ。
「グレン(マクニール)がすごく重たいんですよ(笑)。冗談じゃなく、コーナリング中の右と左で全然荷重が違うんです。テストで、僕と同じ体重のエンジニアを乗せたんですが、5kmのステージで2.5秒くらい速かった。タイムを見た時、『え、本当に?』って(笑)。ダイエットを提案しているんですけど、まったく痩せる気がない。本人も体重を隠したがるし……(笑)。だからメカニックと相談して、バランスをとるためジャッキや重量物を僕側に配置したりしています」