ラリーチャレンジプログラム 2018 OPENING INTERVIEW

世界に通用する日本人選手を育成するTOYOTA GAZOO Racingラリーチャレンジプログラムの一員として、フィンランドのトミ・マキネンレーシングでトレーニングを積む3人の日本人選手がいる。そのうちのひとり、足立さやかはラリーに欠かせない存在のコ・ドライバーとしてプログラムに参加する。2018年はフィンランド人選手と組んで2年目のシーズン。コ・ドライバーとして全日本ラリー選手権のチャンピオンにも輝いている彼女だが、言葉の壁、競技そのもので感じた違いなどをどう感じているのか。その想いを尋ねた。

様々なラリーカーで戦い
対応力の幅を広げる

これまで、日本を拠点として海外ラリーに挑戦するコ・ドライバーはいたものの、海外を拠点に集中的なプログラムに参加するのは、足立さやかが初めてと言ってもいいだろう。フィンランド出身のヤルッコ・ニカラとコンビを組み、フィンランドラリー選手権に挑んだ2017年は、シリーズ3位という殊勲も手にした。

足立とコンビを組むドライバー、ヤルッコ・ニカラ。ニカラ選手はフィンランド国内で屈指のドライバーでもある
足立とコンビを組むドライバー、ヤルッコ・ニカラ。ニカラ選手はフィンランド国内で屈指のドライバーでもある

フィンランド人と日本人。ラリーという共通の競技はあるものの、言葉も育ってきた環境もまったく異なる。ラリーカーをドライブするのも、SS(競技区間)のペースノートを作るのもドライバーのニカラである以上、コ・ドライバーの足立は彼に合わせなければならない。ニカラと組んで最初に戸惑ったことは、フィンランド独特のラリー文化だったと言う。
「私は日本でコーナーの大小を表す時に、数字を使っていました。でも、フィンランドでは数字でコーナーを表さずに、言葉で説明します。数字の方が言葉として短いですし、効率がいいと思っていますが、『これまでそうやってきた』と言われたら、彼に合わせるしかありません。最初は英語が90%で、フィンランド語は10%程度でしたが、今はフィンランド語が60%くらいになりましたね。言葉によっては、『フィンランド語も便利だな』と思うようにもなりました(笑)」

足立とコンビを組むドライバー、ヤルッコ・ニカラ。ニカラ選手はフィンランド国内で屈指のドライバーでもある
足立とコンビを組むドライバー、ヤルッコ・ニカラ。ニカラ選手はフィンランド国内で屈指のドライバーでもある

いかにミスなく、短い言葉で道の状況を説明するか──。彼らは常にペースノートの改良を続けており、そのためにお互いの言語を積極的に検討してきた。この結果、ふたりのコミュニケーションが本当に深まったと、足立は感慨深げに振り返る。
「フィンランド語を使い慣れていない頃は、ただ言われたとおりノートに記載して、読み上げていました。その結果、コール(読み上げ)のタイミングがズレる原因にもなっていました。今では理解も深まり、彼のフィンランド語表現に対して、修正を提案する事もできるようになりました。言葉に関しては短く的確になるのであれば、なんでもいいと思っています。言葉が長くなることに対しての、不安や恐怖心が先にあるんです。短くて端的な言葉であれば採用、長い言葉なら不採用。それがふたりで決めたルールです」

  • ペースノートは英語、フィンランド語、日本語が行き交う。
    ラリー中の会話はフィンランド語、英語、日本語が行き交う。
  • 2018年シーズンの初戦、フィンランドラリー選手権第1戦は7位。格上の格上のR5車両に交じり、健闘した
    2018年シーズンの初戦、フィンランドラリー選手権第1戦は7位。格上のR5車両に交じり、健闘した

そうしうたやりとりの結果、ニカラのペースノートに採用されたのが、日本語の「ジャリ(砂利)」という言葉だ。
「ヤルッコは『短くて、いい言葉だ』と言っています。彼も私にフィットしていない言葉は不安なのかもしれません。こちらがスムーズに読める方法を探してくれますし、『日本語でもいいから、短くていい言葉があるなら言ってくれ』と言われています。そうそう、『ブリッジ(橋)』という言葉が、急いで読んでいると聞こえなくなってしまう時があったので、日本語の『ハシ』が採用されました。私たちのペースノートは、かなり色々な言語が混在しているので、オンボード映像で見ても何を言っているのか分からないかもしれませんね(笑)」

ラリースウェーデンではトラブルに見舞われたが、最終日の大会4日目には2つのSS(競技区間)でR5車両トップタイムを記録するパフォーマンスを見せ、部門7位を獲得
ラリースウェーデンではトラブルに見舞われたが、最終日の大会4日目には2つのSS(競技区間)でR5車両トップタイムを記録するパフォーマンスを見せ、部門7位を獲得

日々コンビとしての精度を高めつつある足立とニカラ。先日、このふたりとしては初のWRCとなるラリースウェーデンに挑んだ。しかも、マシンはフィンランドラリー選手権で使用してきたスバルWRX STI R4よりも、高い性能を誇るフォード・フィエスタR5である。ふたりは本格的なラリーがスタートした競技2日目、金曜日最初のSSでコースアウト。それでも翌日には車両を修復して再出走し、最終日にはR5クラスのなかで存在感を見せるスピードを披露した。
初めてのラリースウェーデン、そしてR5車両での参戦だったが、思ったよりも緊張はなかったと足立は振り返る。
「2017年シーズンを通じてフィンランドラリー選手権に出場してきたことが大きかったと思います。それに、スウェーデンの前にはフィンランドラリー選手権の開幕戦ラップランドを走っていましたし、チームも同じということで、安心感があったのかもしれませんね。2日目早々にリタイアしてしまいましたが、あとは残ったSSで、とにかく経験値を増やすことに切り替えました」

ラリースウェーデンではトラブルに見舞われたが、最終日の大会4日目には2つのSS(競技区間)でR5車両トップタイムを記録するパフォーマンスを見せ、部門7位を獲得
ラリースウェーデンではトラブルに見舞われたが、最終日の大会4日目には2つのSS(競技区間)でR5車両トップタイムを記録するパフォーマンスを見せ、部門7位を獲得

フィンランドラリー選手権でも長距離SSの経験があり、ラリー自体にはさほどの違いを感じなかったと語る足立だが、初めて乗るR5車両にはカルチャーショックを感じたようだ。
「フィエスタR5にはスウェーデンの前に初めて乗ったんですが、R4車両との違いに驚きました。ペースノートのタイミングが完全に変わってしまいますが、これは競技中に調整していくしかありません。フィンランドラリー選手権では平均スピードの高いSSも経験していましたし、なんとか合わせることができました」

ラリー専用車両のR5車両の整備シーン。ニカラ・足立組が参戦に使用する、量産車にラリー用のパーツを取り付けたR4車両とは異なる
ラリー専用のR5車両の整備シーン。ニカラ・足立組が通常、参戦に使用する量産車にラリー用のパーツを取り付けたR4車両とは異なる

量産車にラリー用のパーツを取り付けたR4車両と、ラリー専用のR5車両ではそのポテンシャルは大きく異なる。車重の軽さもあってコーナーへのブレーキング開始位置はR5車両の方がずっと奥になり、ペースノートを読み上げるタイミングも変わってしまう。そのためテストでは迷いも生じたと言う足立だが、ラリー中にR5のスピードに対応してみせた。この対応力こそが、足立がフィンランドで身につけた、最も大きな成長ポイントだった。日本からフィンランドに来た時の課題が、高速SSへの対応だ。フィンランドのラリーで使われるSSは、直線をゆるいコーナーでつなぐコースが多い。そのため平均スピードは非常に高く、その中で集中力を維持して的確なタイミングでペースノートを読み上げなければならないのだ。

ラリー専用車両のR5車両の整備シーン。ニカラ・足立組が参戦に使用する、量産車にラリー用のパーツを取り付けたR4車両とは異なる
ラリー専用のR5車両の整備シーン。ニカラ・足立組が通常、参戦に使用する量産車にラリー用のパーツを取り付けたR4車両とは異なる

「スピードに対する感覚は、確実に身につけることができたと実感しています。ラリースウェーデンでも『これくらいのスピード域なら大丈夫』と思えましたから。今回のスウェーデンでいつもとは違うクルマ、違うSSを走って、これまでやってきたことが自分でも意識しないうちに確実に身についていると実感できました。だからこそ、R5車両への対応もできたんだと思います」

ラリースウェーデン終了後、参戦したフィンランドラリー選手権第3戦(2018年3月3日)でR4車両で参戦、5位完走を果たした
ラリースウェーデン終了後、参戦したフィンランドラリー選手権第3戦(2018年3月3日)でR4車両で参戦、5位完走を果たした

そんな足立が次に掲げている課題は、どんな車両にも即座に対応してラリーを戦うことだという。
「今シーズンは、夏に行われるWRCラリーフィンランドで、再びR5車両に乗ります。それまではR4車両や、さらにパワーの低いR2車両でもラリーに出場します。色々なラリーカーで戦うなかで、自分が変わらずにいられるか、クルマについていくことができるか、少し不安もありますが、今回のイメージを忘れないように、『ビデオをよく見ておきなさい』と、インストラクターのヨウニ(アンプヤ)にも言われています。いつかWRカーにも乗りたいと思いますし、色々なクルマにアジャストすることができれば、どんなドライバーとも組むことができるはずですから」

ラリースウェーデン終了後、参戦したフィンランドラリー選手権第3戦(2018年3月3日)でR4車両で参戦、5位完走を果たした
ラリースウェーデン終了後、参戦したフィンランドラリー選手権第3戦(2018年3月3日)でR4車両で参戦、5位完走を果たした