2018シーズンもいよいよ佳境を迎え、
二人がここまでの成長とこれからの課題を語る。
勝田 貴元:WRC第2戦ラリー・スウェーデンのWRC2クラス優勝以降、実力をシビアに見極め、さらなる努力を続けた。
スウェーデンで勝ったことにより、自分の中でひとつの自信ができました。例えば、その後のラリーで何か上手く行かない事があっても、あまり焦らなくなった。自分がやるべき事をやれば大丈夫、という様に思えるようになったという点で、大きな収穫のある1勝でした。そして、良い流れを続くイタリア選手権のラリー・イル・チョッコにも持ち込み、悪くない走りができました。僕はサーキットレースの出身ですが、イル・チョッコ、そしてWRCツール・ド・コルス(フランス)と2戦続いたターマック(舗装路)ラリーは、同じ舗装路でもレースとは大きく違いました。特に、ツール・ド・コルスでは多くを学びました。R5カーでWRCのターマックラリーを走り、改めてその難しさを感じもっと限界値を上げていく必要があると思いました。ただし、今後自信を持って走れるようになれば、サーキットレースでの経験が大きな武器になると思います。ラリーに必要なものを補っていけば、将来は他に負けないという自信があります。
いろいろなラリーに出て思ったのは、WRCレベルで活躍する選手は、路面がグラベルだろうが、雪だろうが、ターマックだろうが、どのようなコンディションのラリーでも速く、そして強いということ。WRC 2は若くて速い選手が多く、最初はタイムも拮抗していますが、最終的に勝つ選手はいつも大体決まっている。そういう人たちの経験値や強さは、やはり違うなと思いました。
今後の課題は、ラリー・スウェーデンから採用した新しいペースノート方式の精度を高めて行く事です。スウェーデンやフィンランドなど高速ラリーには合っているし感触も良いのですが、滑りやすいグラベルのラリーに行くとまだしっくりこない部分もあって、改良の余地はまだあります。現在のペースノートでこれからラリーを多くこなしていき、ノートの情報を聞いた時のブレーキングのフィーリングや、スピードの感覚をしっかりと身体に覚えさせていく必要があります。今はまだ、情報を聞いた時に「これくらいだったかなあ」というような曖昧なブレーキングになっていて、そこでかなり損をしていると思います。それが来年、再来年と自然にできるようになれば、格段にタイムが上がっていく自信があります。その上でドライビングの引き出しが増えれば、何か起こった時にも対処できるようになる。幅が広がれば攻めていっても対処できるし、それが自信にも繋がると思います。
新井 大輝:5月のポルトガル国内選手権 第3戦では地元の強豪を抑え総合優勝。新コ・ドライバーを向かえ、さらなる成長のきっかけを掴んだ。
ここまで戦ってきてトップの選手との違いを感じたのは、ペースノートの精度です。また、彼らは降雨など環境に変化があっても、それに臨機応変に適応できる。いかなる状況にも対応できる力が優れていると思いました。ラリー・スウェーデン以降、自分がもっとも多くを学んだのは、新しいコ・ドライバーのヤルモ・レーティネンと初めて組んだWRC ラリー・イタリア サルディニアです。僕らにとって1番大きな課題は、ペースノートでした。お互い英語は第二言語なので、それをどう分かりやすくペースノートに落とし込んでいくかが、重要かつ時間を要する作業でした。お互いが分かりやすいようにと、以前よりもシンプルで理解しやすい方法に変えたのですが、結果的にそれで良い方向に進んだと思います。
ヤルモはWRCトップクラスのコ・ドライバーとして、経験も実績も十分あるのに、自分の考えを押し付けない。二人にとって1番良いと思えるところを探してくれるので、とても仕事をやりやすいのです。ラリーカーの中での空気づくりがすごく上手だし、居心地が良く感じられます。また、ペースノートを読む声やリズムが、まるで音楽のように心地よく感じられ、自然に頭に入ってくるのも驚きでした。彼と組んでからは、ラリーを走ってもまったく疲れなくなりました。
技術面で成長したと思うのは、ブレーキングです。以前よりも滑らかに踏めるようになりました。今まではガツンと何回かに分けて強く踏んでいましたが、スーッと踏めるようになったのが大きな違いです。クルマの姿勢を前後にあまり大きく動かさず、できるだけフラットな姿勢を保つ走りかたを実践しようとしています。コーナーへの進入スピードを少し遅くしてでも、出口でタイムを稼ぐドライビングが自分の理想で、TOYOTA GAZOO Racing WRTのオット・タナック選手がまさにそのような走りをしているので、彼の走りを目標にしているところもあります。今後はよりスムーズに、そしてステアリングを切る量を少なくして走ろうと考えています。
精神面では、いい意味で「アホ」になりましたね(笑)。以前は、何か問題が起きると大きく落込み、そこからどんどんと崩れて行き立て直せなかった。でも、今は起こってしまった事はしょうがないと割り切れるようになりました。気持ちの切り替えが上手くなったのだと思います。1度頭を真っ白にして、次のステージに集中して臨めるようになったのは、自分にとって大きな進化だと思います。
WRC RALLY FINLAND 2018
勝田 貴元:過去最高の成績を狙うもリタイア。だからこそ、今後に繋げられるように、もっと努力してやるべきことをしっかりとやりたいと誓う。
ラリー・フィンランドは今回で3回目の出場で自分にとってはホームラリーでもあるので、正直優勝を狙っていました。しかし、開始直後のSS2で、頑張ろうと力が入り過ぎてロスの多い走りをしてしまった。レースの世界でも、テクニカルなコーナーは攻め過ぎると遅くなる事が多いのですが、それと同じです。そこでアプローチを変えて走ったところ、去年のラリー・フィンランドWRC 2ウイナーと順位を競う事ができました。最初は波に乗れなかったのですが、それでも焦らず「ではこうしてみよう」と走りをアジャストできた事に、自分自身の大きな成長を感じました。
以降は安定して良い走りが出来ていたのですが、SS8のジャンプの着地でステアリングに問題が起こってきかなくなりクラッシュ、リタイアとなってしまいました。ラリーが早々に終わってしまったので、やはりとても悔しかったですね。最後まで走り切りたかったし、もっともっと自分の力を出したかったというのが本当の気持ちです。ただし、あのアクシデントは誰のせいでもないと思っています。
チームのせいでも、自分のせいでもない。だから、そこはハッキリ割り切って考えることができましたし、それについての後悔はまったくありません。短いながらもラリー・フィンランドでは持てる力を出すことができたと思いますし、今後まだチャンスは訪れるはずだと信じています。
今年のラリー・フィンランドは例年よりも道幅の狭いコースが多く、そういう所での走り方や、ペースノートの作り方など多くを学びましたし、改善点も見つかりました。次のラリーはフィンランド国内選手権ですが、WRC 2レベルの選手も多く出るので、勝ちに行くつもりで臨みます。ラリー・フィンランドで走れなかった分を取り戻し、良い結果を残したい。自分としては、今いる場所がゴールではないと思っています。だからこそ、今後に繋げられるように、もっと努力してやるべきことをしっかりとやりたいと思います。
新井 大輝:「ホーム」ともいえるフィンランドで数々のトラブルを乗り越えWRC 2クラス7位で完走。厳しいラリーで多くの気づきと経験を得た。
今年のラリー・フィンランドは、今まで出た中でもっともコースのレイアウトが難しく、道もかなり荒れていました。3回目の挑戦ということもあり、ある程度スピードを見せなければいけないという気持ちで臨んだのですが、初日(金曜日)に横転、2回のパンクと厳しいスタートになり、その後も小さなトラブルが出ました。しかし、リタイアしたクルマもかなり多かった中で、完走し経験を詰めたのは大きな収穫です。また、最終日にはクリーンな走りができ、2本のスペアタイヤを積んで、クルマが重かった割には比較的良いタイムを出すことができたのも、ポジティブな要素です。これまで最終日は疲れが蓄積して集中力がおろそかになる事もあったのですが、全然疲れなくなりましたし、最終日でもピンピンしていました。長いラリーをどのように戦えば良いのか、ようやく分かってきたのだと思います。
フィンランドは、ヤルモと組んでの3戦目でしたが、ラリー中にコンビネーションはどんどんと良くなっていきました。そして、改めて彼の凄さを実感しました。例えば、上手くいかない事があって、ラリー中になぜなんだろうと考えていると、最終ステージを走り終えた後「次のラリーに向けて、これをこうしたら改善できるのでは」とヤルモがアドバイスをしてくれたのですが、それが自分が考えていた事とまったく一緒だったのです。彼の分析力の高さを実感しました。
正直、自分はトップを走るレベルにはまだ達していませんが、タイミングが完全に合うようになれば、2番手タイムくらいは出せるという自信が今回つきました。ヤルモからは「ようやくリズムを掴め、ヒロキが上手く運転できている時と、できていない時の違いがわかってきた。もっと早くペアを組みたかったよ」と言われました。次のラリーに向けてはもっとペースノートの精度を上げ、さらに細かい部分を合わせていきたい。そうすれば限界の見極めができて、より速く走れるようになると思います。それが分かったという点でも、ラリー・フィンランドは今後に繋がる意義のある一戦でした。
WRC ラリー・フィンランド終了後、ヤリス WRCのテスト走行の機会を得た二人。世界レベルで戦う〝クルマ〟から学んだこととは。
2018年WRCラリー・フィンランドの翌日、WRCコースから50kmほどに位置するグラベルコースに二人の姿があった。TOYOTA GAZOO Racing WRTの協力のもと、ヤリスWRCテストドライブのチャンスを初めて得たのである。今後さらに成長するためには一体何が必要なのか?それを肌で感じ学ぶために、WRCトップカテゴリーでしのぎを削る、世界レベルのラリーカーでのドライブに挑んだ。
勝田 貴元:本当に楽しかった! というのが、率直な感想です。クルマの動き、反応の速さ、エンジンのパフォーマンスなど、初めてR5カーに乗った時も凄いと思いましたが、やはりそれ以上でした。サーキットでレースを戦っていた時代にフォーミュラカーでステップアップをしていった時は、最初は楽しさよりも不安の方が大きく感じられたのを覚えています。でも、それとは違いヤリスWRCは最初から運転が楽しく感じられた。怖さよりも、楽しいという気持ちの方が遥かに強く「こんな動きをするんだ、こんなに自由に振り回せるんだ」と、嬉しくなりました。とにかくクルマの動きのレベルが非常に高く、今回自分が乗って感じたレベルよりも、限界は遥かに高いところにあると思います。そして、その領域に迫れば迫るほど幅は狭くなり、より完璧な操作が必要になっていく様な気がしました。ヤリスWRCを完全に乗りこなすためには、自分のドライビングをさらに変えないといけない、やるべき事はまだまだ多いと強く感じましたね。また、ペースノートに関しても、もっとシンプルにしないと多分速さについていけないと思います。短い試乗時間ではありましたが、本当に楽しかったし、いつかこのクルマの限界で走れるようになりたいと強く思いました。
新井 大輝:あまりにも嬉し過ぎて、乗り終わってからもしばらく心臓がドキドキしていました。こんなに興奮したのは久しぶりです。驚いたのは、まったく乗りづらさがないということ。本当に乗りやすいクルマでした。乗っているうちに、どんどんと乗りこなせていく。クルマから「こう動かして欲しい」と教えられているような感じがして、その通りにクルマを動かしてあげると、どんどん気持ちよく走れるようになる。クルマと対話をしているように感じられました。コーナリングの限界は相当高く、普段乗っているR5カーと同じスピードで走ると、クルマが普通に真っすぐ走ってしまうほどです。もっとスピードを上げてアクセルを踏んでいかないと横にならないのですが、横になってもまったく怖くはない。そして、限界が来てもズルズルと滑り、クルマが限界を教えてくれるのです。また、R5カーと比べると、パワーやトルクがある分だけクルマの姿勢をコントロールしやすいとも思いました。ヤリスWRCは、こんなにも乗りやすく楽しいクルマなのかと驚きました。一体どこまで行けるのか、今はまだわからないし、それを知りたいですね。いつか、このクルマでラリーを走りたいと改めて思いました。