モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY1 - 美しくも残酷なラリーの女王、モンテカルロ

美しくも残酷なラリーの女王、モンテカルロ

WRCな日々 DAY1 2020.2.5

ラリー・モンテカルロ。それはWRCの女王。美しく、残酷で、そして優しい。モナコ公国でのセレモニアルスタートは、それ自体がシーズンのハイライト。過去には、モンテカルロがWRCのカレンダーから外れたり、モナコ以外でセレモニアルスタートが行なわれたことも何度かあった。そして、例外なくその年は気が抜けたシーズンの始まりになった。それくらい、モナコでのセレモニアルスタートは、WRCになくてはならぬものなのだ。

モナコでのセレモニアルスタートは、まるで歴史映画の1シーンのように荘厳で美しい。黄昏時、ライトアップされたモナコの街をスタートするラリーカーはキラキラと輝き、優美さを感じる。1911年に初めて開催されたラリー・モンテカルロは、もともと観光目的のイベントだった。閑散期の1月に旅行客を集めるため、ヨーロッパ各地からモナコを目指す自動車ツアーとして企画されたのが、その始まりである。数千キロという長距離を走破し、モナコに集結したクルマは、その後モナコ周辺の山岳路でタイムアタック。もちろんタイムは計測されたが、速さ以上にクルマの美しさが重視された。タイムが1番でも、無粋な改造が施されたクルマは優勝を剥奪された程である。そのようなオリジンを持つモンテカルロだけに、純粋なモータースポーツイベントとなった今日でも、美しさに対する拘りが感じられる。

華麗なるセレモニアルスタートを終えた選手達は、直後に厳しい現実と対峙する。ラリー最初のSSは、日没後のフランス山中。気温はぐっと下がり、白く浮かぶ残雪や、暗く沈むアイスバーンがミスを誘う。日中は解けた雪で濡れていた路面は、日が沈むとじわじわ凍り始める。どこが濡れていて、どこが凍っているのか、それはSSをスタートした選手だけが知る。路面のコンディションは刻々と変わり、その変化を正確に予測できる者はいない。事前に「アイスノートクルー」と呼ばれるチームのスタッフから、最新の路面状況は伝えられる。それでも、1時間も経てば路面コンディションは変わっている可能性が高い。アイスノートクルーが通過した時は濡れていた路面が凍ることも、逆に雪が解けてなくなることもある。事前情報は参考程度でしかなく、いかなるコンディションに対しても瞬時に対応できる運転技術と、それに応えられるクルマが求められるのだ。少しでもクルマの挙動に不安があれば、未知なるコンディションの路面を攻め切ることなどできない。だから、モンテカルロ初日の夜間ステージは、どんなトップドライバーでも極度に緊張するという。シーズン最初に走るSSが、どこが凍っているのか解らないような道なのだ。気品に満ちた女王の裏の顔は、とてつもなく冷酷だ。

今年、TOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamはドライバーのラインナップを一新した。元6年連続王者のセバスチャン・オジエ、WRC優勝経験があるエルフィン・エバンス、そしてトップカテゴリー昇格1年目のカッレ・ロバンペラという、ベテラン、中堅、若手という陣容である。ラインナップを一新することに関しては、チームやトヨタ本社内でも相当な議論があったようだ。ヤリスWRCと、その開発過程を深く知るドライバーがひとりもいなくなるのは、やはり大きなリスクだ。しかし、エンジニアやトップマネージメントの全員が、最終的には新たな体制で臨むことで合意したという。かなり大胆な決断といえるが、新しいドライバー3人のシナジー効果を期待し、チームとしてさらに強くなれると確信を持ったのだろう。

WRC歴代最強ドライバーのひとりであるオジエは、目下モンテカルロ6連覇中。それも、3メーカーの異なるマシンで勝利を手にするなど、抜群の対応力の高さを誇る。どんなクルマでも即座に乗りこなしてしまう器用さが、オジエの強みだ。そのオジエは、ドライコンディションとなったSS1でトップタイムを記録した。しかし、凍結路や雪に覆われた区間が多くあったSS2では、ライバルのティエリー・ヌービルに25.5秒差をつけられ2番手タイムだった。

オジエとヌービルのタイヤ選択は同じで、いずれも溝が刻まれた舗装用タイヤだった。雪道専用の「ウインタータイヤ」や、それにスタッド(スパイク)を埋め込んだ「スタッドタイヤ」をスペアとして2本搭載することもできたが、彼らはそうしなかった。雪や凍結区間よりも舗装区間の方が長く、雪道用タイヤを履くことによるタイムロスを嫌ったからだ。しかし、そうなると当然、凍結区間も舗装用タイヤで走らなければならない。それは、我々一般人がサマータイヤでスキー場の夜の道を走るようなもので、完全にクローズされた競技区間だから許される危険な走行。彼らトップドライバーでも、大幅にスピードを落さないと即座にコントロールを失ってしまう。

そのような状況では、クルマに対する理解の深さが大きな違いとなってタイムに現れる。ドライターマックのような一貫したコンディションにおいては、オジエのようなハイレベルなドライバーならクルマの性能をフルに引き出すことができる。しかし、タイヤのグリップが刻々と変化するトリッキーな路面では、クルマと過ごしてきた時間の長さや経験の量が大きく影響する。ヌービルがSS2でベストタイムを刻んだのは、トップクラスの選手の中で唯一彼だけが今年チームを移らず、昨年までのクルマを駆ったからだと考えられる。

トヨタからヒュンダイに移籍したオィット・タナックも、まだクルマを完全には理解し切れておらず、SS2ではオジエに次ぐ3番手タイムに留まった。そのタナックは翌日、超高速クラッシュを喫したが、それは慣れないクルマの限界性能を見誤ったからだろう。彼らのクルマは大破したが、それでもタナックとコ・ドライバーのマルティン・ヤルヴェオヤが無事で、本当に良かった。改めて、現代のWRカーのパッシブセーフティ性能の高さを実感した。

夜間のステージを走り抜いた選手達が、サービスパークが置かれるギャップの町に到着するのは深夜。そこから45分間のサービスが始まり、整備を終えたクルマが「パルクフェルメ」と呼ばれる車両保管所に入るのは時計の針が12時を越えてから。後方スタートのクルマはさらに遅く、午前2時を過ぎる。そして、選手達は約7時間後には再びステアリングを握っている。移動や次の日の準備も考えれば、実質の睡眠時間は5時間程度だろう。クルマを整備するメカニックやエンジニアなどはさらに過酷で、3時間くらいしか睡眠をとれない。それは僕ら取材陣も同様で、モンテカルロの取材は体力勝負以外の何ものでもない。

ギャップを中心とする競技2日目のデイ2では、エバンスが3本、オジエが2本のベストタイムを刻んだ。ターマックでのパフォーマンスの高さに定評があるヤリスWRCだが、それにしても移籍初戦で彼らがいきなり速さを示したのは驚きだった。エバンスに関しては、Mスポーツ・フォードのドライバーとして参戦した昨年のツール・ド・コルスで、最後まで優勝を争い、ターマックでの速さは既に証明していた。それでも、トリッキーなコンディションのモンテカルロで、昨年タイトルを争ったオジエとヌービルを相手に一歩も引かなかったのは素晴らしい。トヨタはいいドライバーを選んだと思った。

競技2日目のデイ2はオジエが首位、エバンスが2位とトヨタ勢が1-2を占めた。しかし3位ヌービルも首位と5.2秒差と、トップ3争いは僅差の戦いになった。緊迫したバトルはデイ3でも変わらず、エバンスが首位に立ち、それを2位オジエ、3位ヌービルが追う展開になった。依然トヨタが1-2を守ったが、デイ2後半の2本のSSではヌービルが連続でベストタイムを記録。彼はクルマを完全に自分のコントロール下に置き、自信を持ってトリッキーなステージを攻め切っていた。対するオジエとヌービルは、いずれもクルマに満足しながらも、ヌービル程はクルマに自信を持てていなかった。もっと速く走ることはできるが、それに伴うリスクをコントロールできるかどうか、100%の確信を持てなかったようだ。実際、デイ3最後のトリッキーなセクションで限界を少し超えたエバンスは、コースを外れ側溝に落ちた。幸いクルマにダメージはなくタイムロスは最小限だったが、もしそこに大きな岩があったとしたら、リタイアしていた可能性もあった。それまでのマージンをとったアプローチこそが、やはり正解だったのだろう。

ギャップ周辺の山岳地帯で2日間を戦った選手達は、再びモナコを目指した。数日間の過酷な戦いで疲弊した体と心に、モナコまでの長駆は大きな負担となってのし掛かる。中には、疲労軽減のためコ・ドライバーにステアリングを委ねるドライバーもいる。SSであろうと、リエゾン(移動区間)であろうと、ラリーではどちらがステアリングを握ってもいいのだ。

長距離長時間のドライブで疲れ切った選手達を迎えるのは、静かに夜の微笑みを浮かべる女王。リビエラの女王といえば一般的に南仏のニースを指すが、WRCドライバーにとってはモナコこそが女王様だ。彼女は、数日前に送り出した時と変わらぬ、優しさと優美さを湛え疲弊した選手達を癒してくれる。暗い山道を延々と走り、モナコの夜景が突然目に飛び込んで来た時は、蓄積した疲れが一気に吹き飛び、実に幸せな気分になる。数日間の厳しい戦いは、その一瞬のカタルシスのためにあるのではないかと思うくらいだ。

それでも、戦いがそこで終わるわけではない。日曜日のラリー最終日デイ4は、モナコの裏山で最後の決戦が行われる。有名な「チュリニ峠」を含むフランス山中のSSは、絶対的な距離こそ短いが難易度は非常に高い。過去、何度も優勝に手をかけていたドライバーが、チュリニの罠にはまり大粒の涙を流してきた。また、奇跡ともいえる大逆転を果たし栄冠を勝ち取った選手も少なくない。

そのチュリニ峠のステージを含むデイ4の全SSを制したのは、ヌービルだった。前日からの好調を維持したヌービルはトップに浮上し、逆転優勝を飾った。かつてはモンテカルロのトリッキーなコンディションを苦手とし、3年連続でリタイアしたこともあった。しかし年々経験を積み重ね、エースドライバーとして自分が望むようにクルマを仕上げていったヌービルは、ついにオジエが6年間守り続けてきた牙城を崩した。最終ステージを走り終え勝利を手にしたヌービルは雄叫びをあげ、喜びを爆発させた。オジエとの正面勝負に勝ってモンテカルロを制したのが、よほど嬉しかったのだろう。

連勝記録がストップしたオジエは、しかし極めて冷静だった。大きなミスなく初めて戦いを共にしたヤリスWRCを2位に導き、最終SSのパワーステージではトップタイムのヌービルと僅か0.012秒差の2番手タイムを刻み貴重なポイントを獲得した。モンテカルロの連勝記録こそ途絶えたが、ドライバーズタイトル奪還に向けては良いスタートになった。そして、1回だけヒヤッとするミスもあったが、エバンスもトヨタ初戦で3位表彰台を獲得し、WRカー初年度のロバンペラも5位完走を果たすなど、チーム全体としては上々の開幕戦になったといえる。

モンテカルロでのヤリスWRCは十分に速く、全体の半分近いSSでベストタイムを刻んだ。それでも優勝にあと少し手が届かなかったのは、ドライバーがまだ完全にはクルマを理解しきれていなかったからだろう。SS2でのタイム差に象徴されるように、極限状態ではクルマをどれだけ理解し、信じられるかが大きな違いとなる。それが、ラリー終盤でタイムが思ったほど伸びなかった理由だと考えられる。

今後、WRCはフルスノーラリーの第2戦スウェーデン、シーズン初グラベルの第3戦メキシコと、開幕から異なるサーフェス(路面)のラリーが3戦続く。トヨタの3選手にとっては毎戦が新たなる挑戦となり、いかに早くヤリスWRCを「愛馬」として感じられるようになれるかが、勝負である。

  • 2019 Rd.2 ラリー・スウェーデン
    2019 Rd.2 ラリー・スウェーデン

古賀敬介の近況

メディアにとってもタフでハードなモンテカルロ取材を終え、ぐったり。シーズンオフから一気にフルブーストをかけ続けて働いたので、まだ体がビックリしています。とはいえ2週間のインターバルを置いて第2戦ラリー・スウェーデンが始まるので気を抜く余裕はなし。寒いラリー2連戦を乗りきるべく、体調管理に気をつけています。