かつては国内トップドライバーとして第一線で戦い、F1グランプリやインディカーレースにも出場した経験のある服部尚貴は現在、スーパーGTなどで裏方として日本のレース界を支える立場にあるが、一方ではレーシングドライバーとしてステアリングを握り続けてもいる。その服部が今、“ガチ”で取り組んでいるレース、それが86/BRZレースだ。
86/BRZレースは、TOYOTA 86及びSUBARU BRZのワンメイクレースである。競技用に販売される車両には登録ナンバープレートがついているので、日常は乗用車として使い、競技ライセンスさえあれば、そのままサーキットへ乗り付けてレースを戦うことが可能だ。
86/BRZレースはもともと、レース初心者向けのカテゴリーとして2013年に始まったが、プロ選手の参戦が相次ぎ、現役スーパーGTドライバーの谷口信輝、織戸学、青木孝行、井口卓人、蒲生尚弥やかつて国内トップドライバーとして活躍した服部尚貴、羽根幸浩、山田英二らがエントリーリストに名を連ねるに至った。どうして初心者向けカテゴリーにプロが参入したのか。
「おもしろいクルマだなと感じていた」
「シリーズが始まるとき、谷口(信輝)が『出ようと思っている』と言うのを聞いて、『え? それって、楽しそうだな』と思ったんです」と服部は自身がシリーズ参戦に至ったきっかけを語る。
「その前に、仕事で86/BRZをサーキットで走らせる機会があって、おもしろいクルマだなと感じていたんです。それで、レースに出たいなと思っていたら、たまたま出ないか、という話があって、参戦することになったんです」
レーシングカーの最高峰であるF1グランプリカーにまで乗った服部は、TOYOTA 86/ SUBARU BRZのどこに「おもしろさ」と感じたのだろうか。
「クルマって、動力性能とコーナリング性能のバランスがあってこそ良いクルマなんです。パワーだけあっても仕方がない。86/BRZは、けっしてパワーが有り余っているわけではないけれどバランスがとれている。だから、うまく減速してうまく曲げてうまく加速するという、クルマを速く走らせるための基本テクニックが問われるんです。レースはスピードが速くてパワーが大きければおもしろいというものではないんです」
丁寧に運転すればするほど速くなるのが86。
体力の限界、性能の限界を追求するトップカテゴリーの競技車両と異なり、自分の基本ドライビングテクニックだけを抽出し、初心に戻ってレースを戦える点に、服部をはじめプロ選手たちは楽しさを見いだしたのだろう。
「このクルマは、コーナーに入るとき、いわゆるターンインのブレーキコントロールが難しいんです。ブレーキを我慢してコーナーの奥に突っ込むより、ABS(アンチロックブレーキシステム)が利くか利かないかの限界を探りながら、限界の手前、ちょうどいいところでやめて、立ち上がりで加速できるようにもっていくと速く走れます。
慣れない初心者には、頑張りすぎてプロより奥まで突っ込んでいるような人が見受けられますが、本当は繊細でていねいな走り方をしたほうがいいタイムで走れるんです」
「アマチュアでも速い。気を抜いたら負けます」
86/BRZレースは2015年から、プロ選手が参戦できるプロフェッショナルシリーズと、アマチュアドライバーしか参加できないクラブマンシリーズの2シリーズ制となった。服部たちプロ選手が参戦するのはプロフェッショナルシリーズである。
しかしプロ選手がクラブマンシリーズに参戦できないのに対し、プロフェッショナルシリーズにはアマチュア選手の参戦が許されているため、服部たちは腕に自慢のアマチュアたちとも戦うことになる。
「アマチュアがプロと同じ土俵で戦えるという楽しさもありますね。コーナリングGが3Gを超えるようなクルマだと、正直プロとアマでは明らかに差が出ますが、86/BRZは、頭を使ってきれいに走らせないといけないクルマなのでプロとアマの差が出にくいんです。
アマチュアのドライバーは速いです。ぼくたちはアマチュアに負けるわけにはいかないので本気ですよ。気を抜いたら負けます。仲間内では、なめていたらケガするレースだよ、と言ってます。身体のケガではなくて、心のケガですね(笑)。
ナンバーがついた普通のクルマを使った入門用カテゴリーとして生まれたのに、今や『下手すれば痛い目にあう』と、プロも恐れる熱いカテゴリーに育ちましたね」と、服部は笑う。
「将来的にはクラブマンシリーズからプロフェッショナルシリーズへ挑戦して、その次にはスーパーGTに挑戦できるようなステップアップ経路が確立したらいいですね」
レース専門ではないディーラーメカニックも侮れない!
ドライバーだけではない。プロフェッショナルシリーズといえども、チームによっては車両のメンテナンスを、ふだんはディーラーで量産車の整備をするディーラーメカニックたちが担当していることも多い。
「彼らのモチベーションはすごいですよ。馴れたレースメカニックならやり過ごしてしまうようなところまで目を配って仕事をしている。うかうかしていたらプロのレースメカニックは負けちゃうよ、と思います」
ステアリングを握るドライバーだけではなく、車両を整備するメカニックも、クラブマンシリーズとプロフェッショナルシリーズの間で刺激しあい、高めあって行けるようなカテゴリーになればいい。後進の育成に力を注ぐ服部は、86/BRZレースを“ガチ”で戦いながら、そんな夢を思い描いている。
次戦第6戦は9月2、3日、富士スピードウェイで行われ、9月3日は「YOUTUBE LIVE」でも配信される。プロとアマが同じ条件で戦う白熱のバトルに乞うご期待だ。