2018年 LCで挑む新たな挑戦 ― Vol.2 VLN

2018年 LCで挑む新たな挑戦 ― Vol.2 VLN

 2月末に日本でのテストを終えたマシンは海を渡り、ドイツ・ニュルブルクリンク(以下ニュル)へクルマづくりのステージが移った。
 これまではニュルを見据えて日本でクルマづくりを行ってきたが、日本のサーキットとは全く異なる過酷なニュルを、「速く」「安心して」走ることができるクルマになっているのか、いよいよ実戦テストを迎えるのだ。

 メカニックは一足先にドイツに出発し、参戦車両の整備とこれまでの改善案の盛り込み、エンジニアは日本で設計変更や対策部品の製作と二手に分かれてマシンの熟成を行なっていった。

 最初の実戦テストとなったのは、ニュルブルクリンク耐久シリーズ(以下VLN)第1戦である。

 VLNはニュルで年間11回開催されている耐久レースシリーズで、ニュルブルクリンク24時間レース(以下24時間レース)を迎えるまでの数レースは、実戦でのテストや調整を兼ねて参戦を行なうチームも多く、TOYOTA GAZOO Racingも毎年参戦している。
 ここでのミッションは、24時間レースに向けた様々なトライやデータ取り、そして実戦経験で人の動きや改善点を洗い出すことである。

 エンジニアのリーダーである、トヨタ自動車GR開発統括部社員の緒方は、レースの前にメカニックとして何年も24時間レースに参戦し、普段は評価ドライバーとしてニュルでの市販車評価も行っている、社員の平田の運転でノルドシュライフェ(ニュル北コース)を初体験した。
「横に乗せてもらって印象はガラッと変わりました。ドライバーは死と隣り合わせで走っていることを実感したことで、クルマに何かあったらまずい、ドライバーに一瞬でも不安を感じさせないクルマをもっと作らないとダメだ」と痛感させられたのである。

 参戦車両の評価においても、国内テストでは、次世代の市販車を見据えた技術を投入し「これでOK」「ニュルでも通用するね」と評価した車体の剛性やサスペンション、「SUPER GTよりもいいのでは?」と自信もったエンジンなど、80点近い完成度を誇っていたはずだったが、ニュルではドライバーのコメントは「全然ダメだね」と変わってしまった。
 ニュルでは国内テストで見えなかった事が顔を出したのである。

「国内テストでいい所まで詰めてきたつもりでしたが、実際にニュルを走らせてみて、これは大変だ、一筋縄ではいかないなと感じました。やはりニュルには見えない壁があります。ただ、練習走行の短い時間でなにをするべきかの“方向性”と言う意味では正しい方向を向けたと思います。やることはたくさんあります。具体的にはボディ、サスペンション、タイヤの動きとドライバーに対するインフォメーションをもっとリンクさせる必要があります。それをしないとニュルで安心して走らせることができません。いいクルマはどこに行っても速い、どこに行っても乗りやすいので、引き続き集中してメカニックやエンジニアに正しいフィードバックをできるようにしたいと思います」と初日の練習走行後、ドライバーのリーダー・土屋武士選手が語ると、緒方も同様の意見だった。

「やはり、ニュルに来てみると落とし穴はたくさんありました。実は国内テストの最後の最後に出た課題の中で、対策はしたものの原因を自分たちで把握せず、サプライヤーさんにお任せしてしまった所が今回トラブルとなって現れました。少しでも気にしている部分はニュルではトラブルとして明らかになってしまいます。担当や分野に関係なくやっていかなければダメだと解りました。また、今回のLCは車両重量を1,380kgまで大きく軽量化することで戦闘力が上がった一方で、前後・左右の重量バランスや車体剛性の考え方など、ベースとなる市販車自体にもっとこうしたいという部分も見えてきたのも事実です。LCも市販車として様々な改善・挑戦をしていると思いますが、その枠を超えてより高いスピード領域、より過酷なレースの場で気付くことがたくさんあります。それは次の世代の市販車に向けての課題です」

 そんな状況下でも、チーフメカニックのトヨタ自動車凄腕技能養成部社員、関谷は「ドライバーのコメントに対してエンジニアと共に考えられることは何でもします。絶対に無理と言いませんので、何でも言ってください」とクルマを良くするために意欲を見せる。

 VLNの予選は、ウエットからドライに変化する路面状況の中、あくまでもテストとしてセットアップを確認しながらの走行ながらも、総合28位を獲得。マシンの実力が垣間見えた瞬間であった。

 予選を走ってのフィードバックからサスペンション交換を行ない、臨んだ決勝。
 走行中に電子バックミラーの故障によりピットインするトラブルがあり、再起動して症状が改善したものの、再び同じ状況となり、再度ピットインしてユニット交換が行なわれた。その後は安定して走行を続け、最後のスティントに向かうピットインの際に、当初予定していなかったスタビライザー交換を行うレースとなった。

 関谷チーフメカニックは「決勝でのセットアップ変更は元々ピットストップ時間でできる範囲でやるつもりでしたが、前半にトラブルがあったので大きな作業もやってみることにしました。急な変更にメカニックがアジャストできるフレキシブルさもよかったと思います。VLN参戦はテストですので、いい時間の使い方、いいニュルの使い方ができたと思っています」。

 結果は完走120台中101位。しかし24時間レースに向けたテストが最大の目的であり、本番に向けたセットアップのトライやデータが得られたことが大きかった。

 土屋選手は「二日と言う短い期間で様々なセットアップをトライでき、振り幅もプロセスもよくいい方向性も見えた一方で、まだまだやるべき事があるのも再確認できました。ニュル24時間までの短い期間でどこまで集中できるか、改めてニュルに来て目を覚まされた気分です。クルマは人が操る。ニュルに来て教わることはまだまだ多いです」

 初戦ながら迅速で正確な作業を行なうメカニックに対しては、「1年目とは思えないほどこの環境に自然に順応しているように感じました。恐らくみんなニュルでしか得ることのできない物を肌で感じていると思います」と土屋選手が評価する一方で、関谷チーフメカニックは「動きはいいが、今は自分の事で精一杯なので、周りを見る余裕や積極性、先読みできる力を身に着けてほしい」とまだまだ改善の余地があると指摘する。

 その後、チームは短い期間でVLN1での課題をフィードバックさせてQFレースに参戦。土屋選手はレース後に「2回のレースを経て、本音は全然走り足りませんが、着実に前進できた実感があります」と語っている。

 国内テストとは次元の違う過酷なニュルの環境は、「人」と「クルマ」に足りていないかった部分を様々な形で明らかにしてくれる。
 24時間レースまで時間は短いが、何をすべきかがわかった今、24時間レース決勝のスタートラインに並ぶ直前まで、メカニック・エンジニア共にいいクルマづくりへの改善の手は止まることはない。