“走れば走るほど怖い” 別名「緑の地獄」

“走れば走るほど怖い”
別名「緑の地獄」

プロドライバーですら恐怖を感じるニュルブルクリンク。
「緑の地獄」とも言われるドイツ北西部にある1周約20Kmのサーキット。
ここでしか得られない経験があるから挑戦する。

ニュルブルクリンク24時間レースが開催されるニュルブルクリンクは、ドイツ・北西部に位置する。
コースは二つあり、F1やWECも開催されている1周約5.1kmの「グランプリコース」と、
1周約20.8kmの「ノルドシェライフェ(北コース)」を合体させた約25kmのコースを使って争われる。

Nürburgring

ノルドシュライフェはサーキットと言いながらも、ヨーロッパの一般地方道に似たレイアウトで、1周約20.832km、標高差300m、大小170を超えるコーナーは、低速から超高速域のスピードレンジまで多様多種である。
ちなみに日本のサーキットと比較すると、富士スピードウェイは全長4.563km、高低差40m、16のコーナー、鈴鹿サーキットは全長5.807km、高低差約40m、20のコーナーと、いかにニュルブルクリンクが巨大なのかが解るだろう。

一般的なサーキットは滑らかな路面だが、ニュルブルクリンクの路面は1927年の建設当時の舗装技術の問題もあり、「平らな部分が一つもないのでは」と思うほど、ほとんどの路面が波打っている。その上、埃っぽく滑る上にコース幅も狭くエスケープゾーンもほとんどない。
更にジャンピングスポットや高速のブランドコーナーなども存在するなど、サーキットと言うより一方通行の峠道と言ったほうがいい。
そんな事から、コース1周に世界中の道が凝縮された“生きた道”と言われ、世界有数の難関コースとして知られている。

MESSAGE

走れば走るほど
“怖さ”が見えてくる

ドライバー 土屋武士

ニュルブルクリンクは走行料を払えば誰でも走行できるが、「ニュルは楽しいね」と言っているうちは本当のニュルではなく、走れば走るほど“怖さ”が見えてくるという。
ドライバーの土屋武士は「初参戦時は楽しみのほうが大きかったが、実際に走って怖さを知ってしまったので楽しみは減り、しっかりと準備をしなければいけないと思った」と語る。
今年のドライバーの中で最もニュルブルクリンクの走行経験が多い蒲生直弥も「参戦初年度はニュルを走れて嬉しいと言う気持ちや好奇心が強かったが、参戦を重ねる毎に色々なクラッシュを見たし、マシンの速度域も上がっているので逆に怖さが解ってきた」と語っている。
百戦錬磨のプロドライバーですら追い込んでしまうニュルブルクリンクは、別名「緑の地獄」と呼ばれる。そう、クルマだけでなくドライバーにとっても過酷なコースなのだ。

マスタードライバー 故・成瀬弘

そんなニュルブルクリンクをトヨタが初めて訪れたのは、今から40年以上前で、成瀬が28歳の時にセリカ1600GTがニュルブルクリンク6時間レースに参戦した際に、日本から技術指導に行った時だった。
当時のインタビューで「ニュルを初めて走った時、『とんでもない所に来てしまった』と同時に『開発の場として使える』と直感しました。しかし、社内でニュルの重要性が理解されませんでした。トヨタ車で初めてニュルで評価を行なったモデルは初代MR2だったかな!? 綺麗な路面の日本のサーキットでは10あるうちの1が見えているだけ、ニュルは10全てが見えてしまう。だからごまかしはきかない」と語っている。

整備の様子

ニュルブルクリンクは市販車のタイムアタックなどが注目されがちだが、本当に大事な事はクルマとの対話がしっかりできるかである。
そのためには、常用域から限界域まで『運転が楽』、『クルマが最後までドライバーを裏切らない』、『快適』であること。クルマと格闘しながらドライブするのではなく、仮に片手であっても“意のまま”に走れるくらいの懐の深さがないとニュルブルクリンクは走れない。
そのためには、電子制御に頼るのではなく素の状態(=基本性能)を引き上げる必要があるのだ。

マスタードライバー 故・成瀬弘

2007年からスタートしたニュルブルクリンク24時間レースへの参戦が、なぜいいクルマ作りに繋がるのか?
成瀬は「技術を伝承し、人材を育成する場としてレースは最高の舞台。大事なことは言葉やデータでクルマ作りを議論するのではなく、実際にモノを置いて、手で触れ、目で議論すること」と語っていた。
つまり、世界で最も“過酷”と言われるニュルブルクリンクで行なわれる“極限”のレース活動を行なうことで「クルマ・人・チーム」が鍛えられ、その結果もっといいクルマにするために、数値や机上の論理でははじき出せない“味”が見えてくるのである。

トヨタのスポーツモデルはニュルブルクリンクで鍛えられている。
A80系スープラやアルテッツァ、LFA、86などから、
近年はスポーツモデルだけでなくC-HRなどの普通のモデルにも浸透し始めている。
レクサスLFAやトヨタ86、C-HRは発売前のプロトタイプで参戦を行なったが、
その理由は実践で鍛えることがもっといいクルマ作りの一番の近道と考えたからである。
もちろん、今年参戦するレクサスLCにも、
見えない部分に次世代の技術がいくつも盛り込まれている。

マスタードライバー 故・成瀬弘

2007年からニュルブルクリンク24時間レースの活動に携わり、チーフメカニックを何度も経験しているトヨタ自動車社員 平田泰男は、「ある方に『日本のお客さんはそのクルマでニュルを走らないよね』と言われたことがあります。確かにその通りなのですが、我々は極限状態で誰もが安心して走れるクルマ作りをすることが、日常域での楽しさや気持ち良さ、そしてクルマへの信頼に繋がると考えています。我々は開発の途中途中でニュルへ持ち込んでテストを行ないますが、ニュルでは作り込みをするのではなく、『本当に安心して走らせることができるか?』を確認する“卒業試験の場”と言う認識です。ここで問題ないことが証明できると、ニュルへ行かなくてもテストコースで色々なことを想定した開発ができると言う自信にも繋がります。ただ、ニュルに行くことで気が付く所はたくさんあります」と語る。

整備の様子

また、今年チーフメカニックを担当するトヨタ自動車社員 関谷利之は「サーキットでありながら一般道を集約した場所がニュルブルクリンク。なおかつ厳しいレースをするとなると、クルマに対してストレスはより厳しくなります。更に限られた時間で開発スピードも求められることを考えると、いいクルマを短期間で集中して作ると言うプロセスを勉強するにはうってつけの場所です。成瀬さんからよく『おまえら、困っていないからアイデアがでないんだ』とよく言われましたが、ニュルに行くと実際に困ることがたくさん起きるので、それを体感できるのも大きいですね。それはレーシングカー開発だけでなく市販車開発も同じで、ニュルを経験したことで、改善はもちろん、気持ちの部分でも『これくらいでいいかな?』はなくなりました。もちろん、レースではライバルのクルマも一緒に走るため、悔しさやチャレンジ精神など、クルマに対する『情熱』をより意識させる所でもあります」。

つまり、ニュルブルクリンク24時間レースへの挑戦は「何もない所から作り上げる」、「人間力を高める」ために、レースと言う短いスパンの中で多くのことを経験や失敗を経験することで人は確実に鍛えられる。つまり、もっといいクルマ作りは“人”なくしては語れないのだ。