初参戦は孤独だったが
今は最高の仲間がいる
その後、コロナ禍でニュルの活動は休止するが、その一方で豊田氏が自ら立ち上げたプライベートチームであるROOKIE Racingでスーパー耐久シリーズに参戦。ニュルと同じ……いやそれ以上の活動により、仲間は確実に増えていった。そして、いつしか「もっといいクルマづくり」は、「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」と呼ばれるようになった。
豊田氏は成瀬氏に代わる新たな運転の師匠であるレーシングドライバー・佐々木雅弘氏とデータロガーを活用しながら運転スキルも引き上げ、今ではプロドライバーとほぼ変わらないタイムで走行するほど。
そんな豊田氏は2024年に5年ぶりにニュルを走った。その感想を次のように述べている。
「これまでは怖がりながら走っていましたが、今は道との会話が少しできるようになったような気がします。恐らく運転に対するマージンが相当増えたのでしょう。練習することで、気持ちの余裕が生まれ、周りがよく見え、視界が広がりました。すると、より先が見えるようになりました。ただ、ニュルを満足に走れなくなったらマスタードライバーは辞めます」。
実は成瀬氏も以前全く同じことを言っていた。これはマスタードライバーの流儀なのかもしれない。ちなみに成瀬氏は今の豊田氏の走りをどう評価するだろうか?
「成瀬さんは絶対に褒めずに、必ず何か言うと思います(笑)。ただ、ニュルの活動を続けてきたこと、そして成瀬さんの弟子が集まる凄腕技能養成部(技能者を養成する部門)の面倒を見てきたことは、素直に褒めてほしいと思っています。この活動は成瀬さんが亡くなった時に一度解散しましたが、『志のあるヤツだけ戻ってこい』と言って再開した活動なので……」。
ニュル24時間では、「日本では出なかったのに、なぜ?」という予想外の事態が必ず発生する。モリゾウはそれが重要だと語る。努力して結果が出れば自信に繋がるが、たとえ結果が出なくても、経験として蓄積される。どちらも「もっといいクルマづくり」に直結している
2025年、TOYOTA GAZOO Racingはニュル24時間の活動を再開する。豊田氏はどのような気持ちで挑むのだろうか?
「人とクルマを鍛え、もっといいクルマづくりに繋げること、これは昔も今も全く変わりません。ニュルの活動はこの理念が理解できないとやる価値がないので……。ただ、以前と違うのは、成瀬さんと僕で立ち上げた“元祖”GRと同じ立ち位置のROOKIE Racingとプロドライバーという新たな仲間がいることですね。レースと言うとすぐに結果を求める人もいますが、僕はそこに至るプロセスが重要だと思っています。むしろ、望むような結果が出ない時こそ、クルマと人は鍛えられると思っています。ここに来ると、同じ目線で仕事ができて、同じ釜の飯を食べ、同じクルマで移動する、つまり役職ではなく役割で動ける場所だと実感しています。そんな最高の仲間たちと一緒に走るニュルは、やはり僕の原点なんだなと」。
そこまでして走り続ける理由はどこにあるのだろうか?「社長時代からいろいろありましたが、ドライビングをしている時だけは頭の中を『無』にすることができました。だから、ここまで頑張れたと思っています。ただ、実際のところは単純明快で『運転大好き』だからです。好きなだけでやっていると周りにブツブツ言われるのでいろいろな理由をつけていますが、結局は好きなんですね」。