Vol.06

6年ぶりのニュル挑戦(2/3)

予選でのニュルの洗礼

6月17日、TGRRのニュル24時間レースはニュル近郊の一般道の脇に日本とドイツの2本の桜が植えられている小さな公園を訪れることから始まる。
その桜の先には成瀬が2010年にLFAニュルブルクリンクパッケージの開発テストの期間中に事故で亡くなったコーナーが見える。ここでモリゾウを含むすべてのメンバーがニュル活動の道筋を作ってくれた成瀬に、レースでの安全と各々の目標を伝えた。

6月18日、ニュルから10分くらいにあるアデナウの街で「アデナウレーシングデー」が開催。
ニュル24時間を戦うレーシングカーとドライバーたちが公道でパレードすると言う何ともスペシャルな企画だ。このイベントはオーガナイザーがランダムに選んだチームに声が掛かるのだが、TGRRに2007年の初参戦以来初となる出演依頼が来た。そこでチームはモリゾウ以下ドライバー総出で参加。会場は週の半ばにも関わらずクルマが通れる隙間はないくらい「人・ヒト・ひと」の波。戦い前の和やかな雰囲気の中、皆がファンとの交流を楽しんでいた。

アデナウレーシングデーの様子

6月19日、予選1日目。昼間のセッションは順調に走行を行なっていたが、ナイトセッションで早速ニュルの洗礼を受けることに。
382号車はジャンプした衝撃でエンジンが必要以上に動き燃料系の安全装置が作動してしまいコース上でストップ。
一方、予選トップ争いをしていた110号車は、同じくジャンプした衝撃でギアがニュートラルになるトラブルが発生。退避スペースまで惰性で走行している時に速度規制違反(コード60を70㎞/hで走行)を取られてしまった(その結果、最後尾スタートに)。

109号車も、前走車の飛び石によるウィンドウクラックが発生。ただ、チームは予備を持っておらず、急遽パドックに展示のGRヤリスMコンセプト(ミッドシップ4WDのプロトタイプ)のフロントウィンドウを外して対応する案もあったそうだが、なんとか新しいフロントウィンドウを調達し交換を行なった。

どれも致命的なトラブルではなかったものの、ニュル特有の路面環境が引き起こしたトラブルだった。エンジニアの一人は「GRの辞書に『順調』と言う言葉は無い」と気を引き締めた。ただ、久富は「この現象はこれまでニュルのテストでも出てきませんでしたが、逆を言えばその領域まで追い込めるクルマに仕上がったと思っています」と前向きである。とは言え、109/110号車共に4人のドライバーは2周の規定周回数の走行を行なう事ができた。

6月20日の予選2日目は110号車のみ走行を実施。
その夜、チームはニュルのコースを一回りするツアーに参加。ニュルの起伏や路面の凹凸をリアルに実感するだけでなく、コース脇でキャンプを行なうファンとも交流を行なった。
モリゾウは「昔から好きなイベントですが、唯一の抵抗勢力は成瀬さん。『レース前にお前ら何をやっているんだ‼』と怒られました。今回、私が楽しんでいる姿を成瀬さんはどのように見ているのかな?また怒られるかな(笑)。それに2012年のGAZOO Racingのウエアを着ているファンがいましたが嬉しかったです。ニュルの活動を続けてきたからこそ、そんな仲間達が変わらずいてくれることに勇気づけられました」と嬉しそうに語った。

6月21日の8時半、この挑戦に関わる関係者全員がチームテントに集まっての全体朝礼が行なわれた。
ここでモリゾウはメンバーにこのように語った。
「2025年、我々のニュルへの挑戦が始まります。今朝、私の部屋に新聞が届きました。そこにはGRヤリスの写真と、『トヨタはニュルに帰ってきた』の見出しと共に『第二の故郷にお帰りなさい』と言う記事が書いてありました。こんな出来事は今までありませんでした。かつて、モリゾウは豊田章男を隠すための存在でしたが、今は『モータースポーツを引っ張る人間』として期待をされ始めたんだと思っています。
昨日予選を走りましたが、久しぶりにニュルでアクセルを踏むことができました。何とかモリゾウの体も間に合いました。これまで今まで一緒に戦ってきてくれてありがとう。今日16時スタートで24時間の戦いが始まります。2007年のモリゾウではないモリゾウを参加させてくれたこと、本当に皆さんに感謝したいと思います。そのためにも、ぜひ完走してみんなとの成果物を取りに行きたいと思っています。よろしくお願いします」

大賑わいのグリッドウォーク。モリゾウの元に昨年勇退した元STI NBRチャレンジ総監督の辰己英治氏がやってきた。二人はニュルを一緒に戦ってきた同士、モリゾウはかつて辰己氏のエールで「ニュルの活動を絶対に続けていかなければ」と決心したそうだが、あの時のお礼を直接伝えることができた。

一方、一人だけ神妙な面持ちでGRヤリスを見ているエンジニアがいた。GRヤリスのチーフエンジニア・齋藤尚彦である。「最初は全く言う事聞かなかった“あの子”が、9年でこの場にいると思うと何とも感慨深いですね。ただ、モリゾウからは『ニュルは決して甘くないよ』と言われました」

全体朝礼でチームメンバーに語りかけるモリゾウ