チャンピオンの肖像 ~7人の証言者が語る石浦宏明のスピリット~(番外編) 石浦本人が今シーズンと7人の証言に対して語る

チャンピオンの肖像 ~7人の証言者が語る石浦宏明のスピリット~(番外編)
石浦本人が今シーズンと7人の証言に対して語る

スーパーフォーミュラで2度目のチャンピオンとなった石浦宏明選手。今回、その"強さ"を探るため、彼をよく知る7人にそれぞれの視線から語っていただきました。きっと石浦選手のレーススタイルや人柄を、より興味深く知っていただけたかと思います。でも、本当のところ石浦選手自身がこの証言をどう感じているのか、気になりませんか?
「違うよ」なのか「そうなんです」なのか。そこで、この原稿を持ってTGRFの準備で忙しい石浦選手を尋ねてみることにしました。激戦の今シーズンを振り返ると共に、率直な気持ちを語っていただきました。

「本当にギリギリのシーズンでした。苦しんで苦しんで獲ったタイトルなので、今はホッとしています」

―― チャンピオン獲得、おめでとうございます。石浦選手としては2度目、チームも含めれば3年連続のタイトルですが、ご感想をお聞かせください。

石浦宏明(以下略) 1回目のチャンピオン(2015年)とは違って、今年の選手権は(2位に)0.5ポイント差とより接戦で、本当にギリギリでした。苦しんで苦しんで獲ったタイトルなので、今はホッとしています。チームとしては3年連続で、そこを客観的に見ると凄いことと思うんですけど、決して強いチーム、強いドライバーであっさり3回獲ったという感じではないですね。

チャンピオントロフィーを掲げる石浦宏明

―― 今季シーズンは、よりライバルチームのエンジンも性能が上がり、シビアな戦いが続いたと感じましたが? トヨタのエンジンやサポートはいかがでしたか?

接戦が続きましたから、かなり助けてもらいました。自分のドライビングスタイルに細かいところを合わせ込んでくれ、自分の感覚通りにパワーが出てきたりする。そういうドライバビリティでアドバンテージを得られたと思います。本当にドライバーひとりひとりの好みにちょっとずつでも合わせてくれる、トヨタさん、TRDさん※1のきめ細かな対応に感謝しています。
僕へのコメントをして頂いたTRDの増田さんは、セッション始まる前にグラフを見ながら細かい説明をしてくれ、ドライバーが頭で理解してアジャストできるように情報をくれます。(ピットに戻る前に)無線で言ってもすぐに対応してくれますし、あとスタートに関してもデータを見て、どういう風なやり方をすればとアドバイスもくれます。
彼らに頼るのは、僕らが困った時なんですよ。だから、本当に助かります。逆にシーズン中盤以降、ドライバビリティには本当に満足していたので、要望することは少なかったです。でもTRDのスタッフがいてくれることに、すごく安心感があり、いい体制でやらせてもらったと思います。

※1・・・TRDとは、株式会社トヨタテクノクラフトにあるレース用の車両やエンジンを開発しメンテナンスする部署のこと。TRDはトヨタ・レーシング・デベロップメントの略。

「今までの僕にはない追い上げるレースができたことが、今季のキーポイントだったと思います」

―― 今シーズンを振り返って、タイトル奪還のキーポイントとなったレースはどこでしょうか? お話を聞いた浜島総監督、オフィシャルフォトグラファーの小林さん、ピエール北川さんは第4戦もてぎを挙げていましたね。

確かに第4戦がキーポイントだったと思います。でも、優勝したレースもあったのに、それ以上に第4戦が皆さんの印象に残ったんですね。予選17位だったにもかかわらず決勝は4位。実は、先日の祝勝会でも第5戦オートポリス(予選8位、決勝4位)が印象的だったという方がいました。どちらも後方から追い上げたレースですが、僕って後ろから追い上げるレースって少ないんです。そういうレースって、やりたくても出来ていなかった。それが今年見せられたのは自信になったし、こういうレースができることも課題でしたからね。
シーズン前、昨年と同じでは2回目のタイトルは獲れないと思っていたので"決勝での強さ"が発揮できたことが良かったです。1つのレースというよりは、そういうレースができたことがキーポイントだったと思います。

第4戦もてぎで怒涛の追い上げを見せた石浦宏明

―― 正に成長が2度目のチャンピオンに繋がったわけですね。そう言えば、石浦選手の若い頃を知る服部さん、大嶋選手、本山選手は、あなたが昔から研究熱心で、自分で環境を作っていくタイプだと言っていますが?

服部さんが言うようにこれまで何度も崖っぷちというか、「小指がひっかかったような状態から上がってきた」ことがありました。僕からすれば「もう落っこちていて、よく這い上がれたな」という感じです(笑)。
僕がカートを本格的に始めたのは19歳です。その時一緒だった同世代や年下は、カートで何年もレースをしてきていた。その大きな経験の差を補うためにも、目で見て(技術を)盗んで、頭を使って早く理解するする必要がありました。ライバルのクルマもよく見て、得られる情報は何でも掴んで。大嶋が「良い環境を得るためにいろいろやっている」と言っていましたが、まさにその通りです。
ピエール北川さんは「研究熱心」と言ってくれましたが、これまでの僕は(レース出場の)チャンスを得るために、出られたら次のレースに繋げるためにと、一戦一戦が人生の分かれ道でした。だから、自然とそうなったんだと思います。今も、常に周りのクルマやドライバーを見て自分の足りないところ、何が勝利に繋がるかを見つけるようにしています。

カートを始めた頃の石浦宏明
カートを始めた頃の石浦宏明

 今、僕が(チャンピオンに値する)力を出せるのは、このチーム、P.MU/CERUMO・INGINGのおかげだと思っています。このチームは僕を必要だと呼んでくれ、信頼してくれ、思い切ってやったトライでのミスは許してくれる。そして、ちゃんと結果を出せば、心から一緒に喜んでくれるんです。
先ほど言ったように、僕はこれまで崖っぷちを走り、何度か落っこちて、ここで失敗したら来年がないかもと思ってレースを続けてきました。それが、このチームに来て初めて、楽しく思い切ってレースができるようになった。今の結果は、本当にチームの環境によるところが大きいと思います。

チャンピオンが決定した直後のチーム集合写真

「悔しい感情はトレーラーの中で整理して、外に出るからそう見えるのかも。でも去年は悔しかったです」

―― 先のレポートで、ほとんどの方が石浦選手の印象を「普段はクール、でもレースでは熱いところもある」と言っています。ご自身ではどう思っていますか?

そういう風(性格)には見えないかもしれませんが、今年は開幕前から『今年は絶対にチャンピオンを獲る』と決めていました。それだけに、上手く行かない時は、悔しすぎてトレーラーの中で30分、1時間くらい籠もって気持ちを整理しようとしましたが、それでもモヤモヤすることもありましたね。でも、外に出る頃には気持ちを切り替えているので、皆さんそう見えるのでしょう。浜島さんが言われた「手袋を投げて怒りを露わにしていた」ことも、実は自分の中ではよくあること。(勝負の世界なら)そうならないとおかしいと思うんですよ。でも、そういうことは、こんなインタビューでもないと普段は表に出さないので、クールだと思われるのかも。それに去年、国本に(チャンピオンを)獲られた悔しさって...、ホント...。

―― そんなに悔しかったんですか?

何よりも悔しいですよ。他のチームの人に獲られたんじゃなくてなくて、同じチーム(まったく同じ条件)のドライバーに獲られているんですから。レーシングドライバーとして、それ以上の悔しさはないですよね。

2016年の最終戦鈴鹿の表彰台で、チームメイトのチャンピオン決定に悔しさをにじませる石浦宏明
2016年の最終戦鈴鹿の表彰台で、チームメイトのチャンピオン決定に悔しさをにじませる石浦宏明

―― もうひとつの石浦選手評として「クルマに詳しい」というものがありました。以前のインタビューで「それほどではない」と言われていましたが、実際のところいかがですか?

クルマが好きなことは間違いないですね。高校生の頃から自動車工学の本を読んで、大学も理工学部を選びましたから。(レースのため中退したが)風洞実験とかしたかったんですよ。今朝もコンビニで自動車雑誌を買ってきましたし(笑)、クルマが好きなんです。
特に技術的な、こうしたらなんで速くなるのか、この形がどう機能しているのかが気になって。F1の空力パーツやダンパーの構造とか、どんな理論でそんな形になっているのか気になるんです。詳しいと言うより、好きなんですよ。

―― P.MU/CERUMO・INGINGでも、エンジニアとそんなクルマ談義をするんですか?

村田エンジニアもですが、立川(祐路監督)さんも凄く詳しいんですよ。3人でジオメトリーとかについて、あーでもないこうでもないと話し込んでいたり(笑)。そう、立川さんも僕と同じで、理論的に分かった上で変更を話すタイプなんです。だから、(現役ドライバーである)立川さんと話すと勉強になるし、楽しいし、新たな情報を得られて役に立ちますね。そう、好きなんですよ、クルマの知識が増えるってことが。

データを見ながら会話する立川祐路監督と石浦宏明

「自分のドライビングが変わってきた。これからは本山さんが言うように、よりアグレッシブに行きますよ」

―― スーパーフォーミュラのアンバサダーで解説者でもある本山選手が、石浦選手に今後さらに上を目指して欲しい、そのために次の課題を投げかけています。ご自身が描く将来の"レーシングドライバーの石浦宏明"像はいかがでしょうか?

先ほど話した"決勝で強く"なってきたという面も含め、僕も本山さんと同じように思っています。今までは踏み外せない一本道(のレース人生)だったんで、がむしゃらになりたくてもなれないところがあったんです。それが、最近"ちょっと無理してもいいかな"とか"もっとアグレッシプに行ってみよう"と思えるようになってきました。自分のドライビングが、そう変わっている感覚はあるんです。
年齢も30代後半(現在36歳)になってきて、もう怖いものもないというか、もっともっとアグレッシブになっていきたい。僕もレースファンの頃に、星野一義さんや中嶋悟さん、本山さんのような、ものすごく強い、何度もチャンピオンを獲る"帝王"に憧れてきたので。もちろん、まだその足下にも及んでないわけですが(苦笑)。でも『あの人には絶対勝てないなぁ』と思わせるくらいのドライバーになることが目標なんです。
それに近づくためには、前の年の自分と同じことを繰り返していてはダメです。さらに強くなるために、速さも、強さももう一段上にしていきたいと思っています。

―― では、その高い目標へ向けて進む、来る2018年シーズンの意気込みをお聞かせください。

先日、鈴鹿で合同テストがありましたが、これまで以上にスーパーフォーミュラが世界中から注目されていることを感じました。また、新たな外国人ドライバーも来ていましたし、日本人の若い選手も育ってきて、よりレベルの高い争いになると思います。となれば、いかにコンスタントに上位で戦えるかが、大事になってくるでしょう。
それだけに、アグレッシブに行きつつ、しっかりレースをして、常にトップ3で終われるように、クルマをつくり、レースウィークを組み立てたい。今年は失敗した部分もたくさんあって、(選手権ポイントは2位と)0.5ポイント差でした。来シーズンはチャンピオンとして再びゼッケン1をつけるわけですから、もっと圧倒的にいけるように、本山さんに言われたように「がむしゃら」に、さらにさらに上を目指してがんばりたいと思います。

石浦宏明

2回もチャンピオンを獲った石浦選手って、どんな人なんだろう? 彼をよく知る人はその"強さ"をどう考えているのだろう?
そんな疑問から始まった「チャンピオンの肖像」ですが、思った以上に彼の"人生"が垣間見えたことに、ビックリするやら、納得するやらでした。
これをきっかけに石浦選手ファン、スーパーフォーミュラのファンの皆さんが、レースをもっと楽しんでいただけたらと思います。

TOYOTA GAZOO Racingでは、来シーズンも石浦選手をはじめとするスーパーフォーミュラを走るドライバーが、自身の実力を存分に発揮できるようにきめ細かなサポートを続け、"もっといいクルマづくり"を進めてまいります。今後も石浦選手やTOYOTA GAZOO Racingの各ドライバー、チームへのご声援をよろしくお願いいたします。