3人の強者が起こした化学変化 前編(2/2)
「強者3人が揃うも経験不足が露呈した2015年シーズン」
まとまりきれなかった2015年
しかし、成功への確信も掴み取った
「GT500のLEXUS RC Fには驚かされた。
真剣にフィジカルトレーニングをしようと思った」
ヘイキ・コバライネン
―― 2015年開幕前、コバライネン選手はDENSO KOBELCO SARD RC Fに乗ってどんな感想を持たれましたか? また、平手選手は"新人"のコバライネン選手の走りをどう感じましたか?
コバライネン
2014年にDTM(※2)のレーシングカーを少しだけテストしましたが、そこで使われているタイヤのグリップがそれほど高くなかったこともあり、正直あまり印象的ではなかった。
しかし、鈴鹿サーキットで初めてDENSO KOBELCO SARD RC Fに乗って驚きましたね。想像していた以上に速く、ダウンフォースは私が最後に乗っていたF1よりも高く感じられたほどです。そして1日のテストが終わった後、腕や首などの筋肉が悲鳴をあげていた。SUPER GTで戦うためには、今まで以上に真剣にフィジカルトレーニングに取り組まなくてはならないと思いました。
(※2)・・・DTM ドイツツーリングカー選手権の略称。SUPER GTのGT500クラスと同等な車両規定(エンジンは除き)で行われている。欧州で人気の選手権レース。
初めてのLEXUS RC Fは想像以上に速く、ダウンフォースはF1よりも高く感じられた
平手
その鈴鹿で初めてヘイキ(コバライネン)の走りを見たのですが、とにかくコーナーにすごい勢いで飛び込んで行く。『ブレーキそこまで行けるの?』って驚きました。でも、飛び込み過ぎてクルマが暴れてしまい、僕が良いと思うセッティングで彼が乗るとオーバーステアだということになる。
LEXUS RC Fはすごく速くてダウンフォースもあるので、乗った感じはツーリングカーよりもフォーミュラに近い動きをするから、彼はF1の走り方で行けると思ったようです。でも、やはりそれだと飛び込み過ぎなので、そこは直さなければならないと理解してくれました。
ヘイキは本当に勉強熱心で、走り終わるとすぐに自分の走行データをじっくり見て分析し、悪い部分を改善しようとする。F1で優勝経験があるドライバーがここまでやるんだなと、僕も刺激を受けました。
自分の走行データをじっくり見て分析するヘイキ・コバライネン
コバライネン GT500のクルマはF1よりも重いので、制動距離はかなり長くなります。また、挙動変化もF1より大きく前後左右に動く。F1カーの方が動きはシャープですが、GT500を速く走らせるためには、非常に高度なテクニックが必要なんです。
「ヘイキも晃平も速かったが、
ドライビングの違いを合わせるのに苦労した」
田中耕太郎エンジニア
―― 田中エンジニアは、前年と違うメーカーの車両ということで戸惑いを感じることはあったのでしょうか?
田中 20年以上もエンジニアとしてレースをやってきて、いろいろな経験をしてきた僕の中には、クルマを速くするという"式"があるんです。エンジンがどこについていようが、フォーミュラだろうがGTだろうが、この"式"にある程度の数値を当てはめていけば速くなる。当てはめて、この数値をいじるとこうなるだろうというのがある。LEXUS RC Fもそれに当てはめてみたら、最初からそこそこ走ったので、あまり戸惑わなかったですね。
田中エンジニアにとって前年までと違うメーカーの車両だったが、あまり戸惑いを感じることはなかった
―― しかし、2015年は表彰台はなし。ランキングも下位と非常に苦しいシーズンになりました。
田中
シーズン前の冬のテストではヘイキも(平手)晃平も速く、びっくりするようなタイムで走るから、(クルマのセッティングは)この方向でいいんだなと思ってしまったんです。しかし、実際はふたりのドライビングの違いは大きく、特にヘイキが合わせるのに苦労していた。私もそれを修正しきれないうちにシーズンが始まり、経験のあるLEXUS RC Fユーザーの他チームとは若干違ったアプローチの仕方で入ってしまったんです。
結果、全体的にちょっとずつパフォーマンスが足りず、75点ぐらいのセットアップだったと思うんです。でも、75点でもドライバーは一生懸命走ってタイムを出してくるから、そこそこのところにいるように見えてしまった。それが、うまくいかなかった原因だったと思います。
コバライネン 私としては、2015年はフロントにエンジンを搭載するマシンの走らせ方や、セッティングの進め方に苦労しました。そこでドライビングスタイルを大きく変えようと努力したし、晃平も自分に合わせてくれようとしていました。
田中
そうなんです。ヘイキはF1スタイルを修正し、適応しようと努力していた。晃平も言っているようにものすごく熱心な人で、タイムが出ないとデータログを一生懸命見るんですよね。
そして、私もクルマの修正を続けていったらドライビングスタイルとシンクロし、随分と乗りやすくなった。2015年の夏のもてぎテストでは2人とも速かったので『(方向性は)こっちなんだ』と。その結果を基に、2016年のセットアップの方向性を決めました。
―― 苦戦した2015年は、皆さんともにモチベーションを保つのに苦労されたのではないですか?
コバライネン
私はF1時代にも何度か厳しいシーズンを経験したので、困難な状況に対処する気持ちの強さは備えています。そして、SUPER GTでも1年目は苦労する可能性があると覚悟していました。
確かに2015年は結果が出ませんでしたが、チームやエンジニアの能力を1度たりとも疑ったりはしなかったですね。晃平はチャンピオン、(田中)耕太郎さんはチャンピオンとなったクルマを仕上げたエンジニア、そして私はF1で良い時代を築いたことがある。このチームならばうまく行くに違いないと常に思っていました。
2015年シーズンを振り返る平手晃平、ヘイキ・コバライネン、田中耕太郎エンジニア
―― チームを全面的に信頼していたのですね。
コバライネン
耕太郎さんは、F1チームの人たちと比べても非常に能力が高く、素晴らしいエンジニアです。セットアップの精度が高く、何か問題が生じた時も原因を素早く突き止め、解決方法を見つけるのがうまい。私はLEXUS TEAM SARDのエンジニアリングレベルは、F1チームと同等だと思います。
また、そしてTRD(※)もチームと私たちをしっかりと支え続けてくれました。苦しくともみんなが一丸となってひとつひとつ問題を解決していき、状況が良い方向に進んでいることが分かっていたので、モチベーションが失われるようなことはありませんでしたね。チーム全員の力がフルに発揮され、結束力が高まれば必ず成功すると信じていました。
(※3)・・・トヨタテクノクラフト株式会社のレーシングカー開発部門。SUPER GTではLEXUS RC Fを開発。トヨタ・レーシング・デベロップメントの略称。
平手 チームの力はあったんですよ。耕太郎さんもヘイキもすごい人だから、結果が出ないわけがないと思っていた。でも、その力が完全にはひとつにまとまりきらなかったのが、2015年だったような気がします。
3人の力がひとつにまとまりきらなかった2015年シーズンだったが、チームへの信頼は揺らぐことはなかった
<前編 あとがき>
次回、後編ではいよいよ2016年の状況や、ターニングポイントとなったレース、運命の最終戦などタイトル争いの状況を語っていただきます。2015年の苦労を糧に、この3人がどう変わっていたのか? そこにどんなドラマが、そして苦労があったのでしょうか? またタイトルを獲っての感想についてもお聞きします。ぜひお楽しみに。