3人の強者が起こした化学変化 後編(1/2)
「チーム全員が同じベクトルに向かった2016年シーズン」
後編では、LEXUS TEAM SARDの2016年の戦いを振り返ってもらいます。苦戦した2015年の課題をどう対応したのか? チャンピオンへの手応えを掴んだレースは? そこにはどんなドラマが、そして戦略があったのでしょうか? コバライネン選手と平手選手、田中エンジニアが今季をどう戦ったのかを語っていただきます。
富士とSUGOで連続2位表彰台
志気が高まり、速さに自信を持った
「2016年はチーム力を高めるために、
僕はセカンドとなってヘイキの走る時間を増やした」
平手晃平
―― 2015年の苦戦を踏まえ、2016年シーズンで大きく変えたことはありますか?
平手晃平(以下、平手)
シーズンが始まる前にLEXUS TEAM SARDの首脳陣と話しをして、僕がセカンドドライバー扱いとなることが決まりました。ヘイキ(コバライネン)のパフォーマンスを上げるために、テストでは彼に(走る)時間を与えようということになったのです。だから冬のテストもヘイキのペースでセッティングやタイヤチョイスをやってもらい、僕は余った時間に乗りました。
最初は「なんで僕がセカンドなの?」という気持ちも正直ありましたが、結果的にそうした方がチーム力を高めることになると理解しました。ヘイキもドライビングがすごく変わってきていたので、彼がセッティングしたクルマに乗っても1年目ほどは不満を感じなくなりましたしね。
ヘイキ・コバライネン(以下、コバライネン)
2年目はセッティングをうまくできるようになり、自分のドライビングも合わせていけるようになりました。前年との大きな違いは、後輪をしっかりとグリップさせたままコーナーに入っていけるようになったこと。
今シーズンのLEXUS RC Fはとてもニュートラルなバランスでドライブしやすく、結果的にミスも少なくなりました。去年は少し神経質で、そのためミスを冒しやすく、実際に私はアクシデントを起こしてしまいました。また、今年のセットアップはタイヤに対しても優しくて、摩耗状態や温度上昇が前後で等しくとても良好でした。
田中耕太郎(以下、田中) ヘイキが言ったように、やっぱりリアが安定してトラクションがかかる車でないとダメだということが分かったので、そっちの方向にセッティングを変えたんです。そして、タイヤに合わせた状況を作り上げることを気にしました。
−− 結果から見ると2016年は全戦でポイントを挙げ、常に好調だったよう見えますが、2016年のターニングポイントとなったのは、どのレースでしたか?
コバライネン
(第4戦)SUGOでしたね。自分たちに速さがあることは分かっていたし、他のチームと少し違うタイヤを試すなど、それまでとは異なるアプローチも試してみました。SUGOの結果によってチームの士気がさらに高まり、行けるという自信を持つことができたのです。
ウエイトハンディが搭載されてクルマは重くなりましたが、それでも同じような状況のライバルと比べるとパフォーマンスは十分に高く、自信を持ってシリーズを戦うことができた。大きなアドバンテージがポケットの中にあることが分かっていたので、最終戦でウエイトハンディがなくなれば勝てると思っていました。
平手
僕は第2戦の富士ですね。開幕戦岡山はクルマとタイヤがうまく合わずポテンシャルを発揮できなかったけれど、富士でようやく自分たちの力を出し切って形にできました。
レースが終わった後チームの士気がぐんと上がったことを実感したし、今年はいけるぞ、という雰囲気がスタッフの表情からも伝わって来ました。
田中
(第2戦)富士の後でクルマが(ハンディで)重くなったにも関わらず、その後のSUGOでも表彰台に上がることができた。重くなったから予選はつらいけれど、我慢して決勝を見据えてタイヤ選択をしたんです。
土曜日(予選)が終わった時点では、我々は蚊帳の外のように見えたでしょう(予選8位)。でも、我々のグリッドよりも前の人たちは、リスクを負ったタイヤ選択をしているように思えたんです。我々の方が20周、30周走った時はコンペティティブじゃないかなという感触があった。そして、レースではヘイキがものすごくいい仕事をして結果を出してくれました(レース前半に8番グリッドからトップに上げる)。あのSUGOは、今年を象徴するような1戦だったと思います。
「重いハンディの中で2位になったSUGOは、
今年を象徴するような1戦だった」
田中耕太郎エンジニア
コバライネン ウエイトハンディで重くなれば遅くなるのは当然の事なので、予選で順位が後ろでも気にしませんでした。重要なのはバランスで、今年のセットアップはウエイトを搭載した後でもうまく機能した。表彰台に立てないレースでもパフォーマンスには満足していましたし、ウエイトを搭載してもこれだけ戦えるのだから、ウエイトを降ろす最終戦では絶対に速く走れるという自信がありました。
田中
(ウエイトハンディ制は)強いクルマはどんどん重くなっていき、みんなが同じ状態で停滞してしまう。だから同じ様なポイントになり、最終戦ではチャンピオンの候補が4台も5台も並ぶ。そういうルールなんです。
重要なのはそのゾーン(タイトル獲得可能なポイント圏内)に入っていること。それまでは我慢しなきゃならないんですが、我々はそれを正しく理解できていた。ヘイキにしてもクルマが重くて2、3点しかとれないのに『ハッピーだったよ』と喜んでくれた。『何でこんな順位なんだ』と焦りはじめると、ぶつかったりするわけです。そこを『今日は7位でもいいんだ』と我慢して2、3点取りにいったからこそ今年は0点がなかったし、最終戦でバンと行けたんです。
「耕太郎さんはドライバーが不満を持たないように
上手くコントロールしてくれた」
平手晃平
平手 そこは耕太郎さんには本当に感謝しています。「今日のレースはこれくらいでいいよ。そんな上を狙ってもダメだよ」と、ドライバーにプレッシャーをかけないようにしてくれたんです。あまり高望みされると僕らはリスクを負って戦うことになる。エンジニアってもちろん速いクルマを作ることが仕事なんですけど、耕太郎さんは2人のドライバーが不満を持たないようにコントロールするのもすごく上手かったですね。