LEXUS GAZOO Racing

GT500車両 LEXUS LC500開発ストーリー 第1回「このまま同じことをやっても勝てない。ものづくりの原点へ」

GT500車両 LEXUS LC500開発ストーリー 第1回
このまま同じことをやっても勝てない。ものづくりの原点へ

今季、GT500クラスで開幕戦から4連勝してみせたLEXUS LC500。その結果が出る前からLEXUSの各チームは、LC500に自信を持っていました。また、その開発手法がこれまでと違ったと語る関係者もいたそうです。そこには、どんな秘密が隠されているでしょうか? 第1回では「ものづくり」の原点に立ち返ったというLC500の開発手法を、トヨタテクノクラフト(株)TRD開発部の永井洋治部長に聞き、その真実に迫ります。

もはや「もっとがんばろう!」では
ライバルには勝てない

2017年、新車両規定に基づいて開発されたLEXUS LC500は明かな速さと強さをみせて、シーズン前半の4戦を制した。この誇るべき結果を、LEXUSの各チームで車両運営の中心となるエンジニアに聞いてみた。「今年のLC500は違う。なぜならこれまでと違う開発が行われたからだ。それはエンジニアやドライバーの意見をTRD※1が丹念に聞き取り、それらの意見を開発に反映させる形で行われた」と異口同音に語っていた。中には「優れたレーシングカーは研究室の中では生まれない」とさえ言い切る人もいた。

これまでGT500用車両はTRDに限らず、メーカーの開発部署が主導権を握って開発し、その製品(レーシングカー)をユーザーであるチームに供給するという形を取っている。
2017年型LC500の開発手法は、何が違うのか? LEXUS各チームのエンジニアが言う「これまでと違う開発」とは、何を意味するのだろうか?
第4戦スポーツランドSUGOを前にしたある日、2017年型LC500の開発を担当した永井部長にお話を聞く機会を得た。すると永井部長はその"違い"を教えてくれた。

トヨタテクノクラフト(株)TRD開発部の永井洋治部長
トヨタテクノクラフト(株)TRD開発部の永井洋治部長

「2014年の段階※2で『我々はライバルに対し、明らかに負けている』と判断しました。昨年はチャンピオンこそ獲りましたが、基本的には負けていた。では、(次のGT500車両で)勝つためにはどうすればいいのか、考えるわけです。今までなら『じゃあもっとがんばろう』ということになっていたんですが、『いや、待てよ』ということになりました」

(※1)・・・TRD:トヨタレーシングデベロップメントの略称。トヨタテクノクラフト株式会社内にあるレース車両の開発部門。

(※2)・・・2014年の段階:SUPER GT GT500クラスの2014年車両は、レギュレーションにより3年間(2016年車両まで)同じ車体を使用しなければならず、大幅な仕様変更をすることができなかった。

「お客様」は誰なのか?
みんなで協力して"使いたい"クルマをつくる

改良を重ねて性能を引き上げるという手法は、レーシングカー開発では当たり前だ。特に今年は新たな車両規定に基づきベース車両を切り替えることができる。それを機に、大幅な改良を加えることもできる。だがTRDはもっと根本的な部分で開発の手法を見直すべきではないかと気づいたという。

2016年最終戦もてぎで公開された2017年GT500車両、LC500(テスト車両)

2016年最終戦もてぎで公開された2017年GT500車両、LC500(テスト車両)

「勝つために何が必要なのか。"勝てるクルマ"って一体何なのか。それ以前に、実際にレースを戦うチームやドライバーが"欲しいクルマ"ってどんなクルマなのか。その結果、"ものづくり"の原点に帰るべきではないかと思いました」

従来、TRDとチームの関係は「メーカーと顧客」だったと言える。メーカーは良かれと思って製品を開発する。しかしその製品が、本当に顧客に喜ばれているのかどうか考え直そうという発想である。

「レースを戦うのは、チームです。そこで、ドライバー、エンジニア、メカニックが運用するわけです。彼らが"勝てる"と自信が持てないクルマでは勝てるわけがない。
それならば、お客さんは誰なのか。彼らが勝てると思うクルマってどんなクルマなのか。レースを勝つために買うクルマはどんなものなのか。それ以前にみんなでクルマを作ろうという意識が大事ではないか。TRDがクルマを作って渡して使ってもらうのではなくて、LEXUSチーム全体でクルマを作るという意識が大事ではないか。
そんな話し合いがTRDの中で盛り上がりました」

もちろん、これまでもTRDは速いレーシングカーを作ろうと知恵を絞ってきた。そうやって開発されたクルマとチームが喜ぶクルマはなぜ食い違ってしまうのか? 速ければチームは喜び、満足するのではないか? いたって素朴な疑問ではあるが、これまではTRDが考える速いクルマとチームが望む速いクルマは違うものだった、と永井部長は語る。

「ユーザーが欲しいクルマはどういうものなのかをTRDが考えて、実際作ってきたんですが、どこかチームが望むクルマとは違うものになっていた。
TRDが作っていたのは『速いけれど使いづらい』クルマだったんです。空力では、風洞実験ではすごい数値が出たから『絶対にこれが良い』と作るんですが、使う側からすると、最大値よりも1年間使って、少し条件が悪くても安心して乗れる、ピーキーではない空力の方が良いんですね。そんなことが、あれこれと出てきました」

  • ジェームス・ロシターと話すTRD 佐々木孝博エンジニア
  • WedsSport ADVAN LC500 19号車の調整を行うTRDメカニック

そこでTRDは、2017年型LC500開発が始まった2015年の夏から、LEXUS各チームのエンジニア、ドライバー、メカニックから徹底的に話を聞き取った。みんなの話を聞いて"みんなが欲しいクルマ"を作ろうと。その部分に相当の時間をかけたという。

「このまま同じことをやっても勝てないとわかっていたので、やり方を変えて時間をかけてやろうと考えました。
そうやって話を聞くと『言われてみれば、そうだよね』というものがあちこちにありました。一発が速いだけではなく、シーズンを通して全車がすべていつも活躍できるクルマを作るためには、考え方を大分変えないといけませんでした」

『言われてみれば、そうだよね』というのは具体的にはどんなことだったのだろうか。基幹技術に関わるものは当然ながら秘密ではあるが、永井部長は興味深い例を示してくれた。

「たとえば脱着の多い部品です。2点で止めるのであれば1点は爪を出しておいて引っかけて他の1点をネジで止めるというようにすれば、整備性が良くなるし部品点数の面でも得です。こういうことを積み重ねると、クラッシュしたとき修復する時間も短縮できます。そういうメカニックからの意見は貴重でした。
オフィスの中で技術者が考えることと、現場で仕事をしているチームが持っている引き出しにある知識とは、必ずしも一致しないんです」

車両の熟成も各チームが主体となり、
TRDがサポートするスタイルに

現場の意見を聞き、開発に反映させるという開発手法は、様々な面で良い効果を招いた。

「メカニックにとっても『あ、ここにはオレのアイデアが入っている』と思う人が結構いると思います。そう思えるクルマを触れば、かわいく感じるものでしょう。
レースの目的は勝つことですが、現場にはモノを作ることに喜びを感じる人たちがいます。そういう意味でも、このLC500は"自分たちで作った"という満足感があるんでしょうね」

ピット作業を行うZENT CERUMO LC500 38号車

また、レーシングカーは新車が組み上がって完成ではない。クルマをコースで走らせ、試行錯誤してセットアップを熟成し、ようやく実戦で戦える状態になる。LC500は、現場の声を聞き開発されたが、組み上がった後の熟成作業も現場と一体になって進められた。これもまた良い結果を生んだという。

「レーシングカーでは、できあがってからセットアップを煮詰めていく必要があります。これまではTRDの技術者が主体で、この仕事も進めていました。しかし、LC500では使う側の目線でチームのエンジニアが仕事を進め、TRDはそれをデータでサポートしながら、レースに向けて煮詰めていったのです。それにも大きな意味がありました」

2017年SUPER GT開幕戦 岡山で参戦6台で1位から6位までを独占したLC500

そして迎えた2017年の開幕戦、岡山国際サーキット。LEXUS全体で開発、熟成したLC500はデビュー戦の決勝レースで、なんと参戦6台で1位から6位までを独占するという圧倒的な速さ、強さを示した。新しい開発手法は、確実に結果へ結びついたのだ。

続く第2戦。富士スピードウェイのパドックには、GT500のベース車両となった量産車のLEXUS LC500、LC500hが次々と現れた。多くのファンの注目が集まる中、颯爽と降り立ったのは、LC500で戦うドライバーたちだった。
2017年シーズン、LEXUSは車両開発者、チーム、ドライバー、皆が一丸となってSUPER GTへの戦いを始めた。その象徴たるシーンでもあったといえよう。

2017年 SUPER GT第2戦 富士では量産車のLEXUS LC500、LC500hが次々と現れた
  • ジェームス・ロシターと量産型のLC500
  • LC500に乗り込む石浦宏明
  • LC500から降りる関口雄飛
  • LC500と平手晃平、ヘイキ・コバライネン

データの数字やシミュレーションを追うだけでなく、ドライバーやチームのためのクルマづくり。そんな"原点"を見据えて、GT500クラスのLEXUS LC500が開発されたわけですね。第2回では、いよいよその走りの本質、車体開発の実際に迫ります。お楽しみに。