LEXUS GAZOO Racing

GT500車両 LEXUS LC500開発ストーリー 第2回「LC500は設計室でなく現場によって形づくられた」

GT500車両 LEXUS LC500開発ストーリー 第2回
LC500は設計室でなく"現場"によって形づくられた

2017年のGT500車両、LC500は、LEXUSの各チームの全員でつくったと永井部長は教えてくれました。では、具体的にどんなアプローチで開発されていったのでしょうか? これまでのRC Fから変わった部分、2017年の車両規定で削減された約25%のダウンフォースへの対応、そして開発におけるドライバーの言葉の意味。 第2回では車体の開発を中心に、開発の実態をご紹介します。

これまでRC Fの課題を徹底的に分析して
LC500開発に挑む

2015年夏の段階でTRD(トヨタテクノクラフト株式会社内のレーシングカー開発部門)は2017年向け新型車両の開発に取りかかった。LEXUS GAZOO RacingはGT500クラスの2014年車両規定で開発したRC Fで戦い、その年のタイトルを逃すことになった。翌2015年も思うような成績とはいえず、2017年の新型車開発に向けては2シーズン目を戦っていたRC Fが抱えている課題が徹底的に分析された。
TRD開発部の永井洋治部長は、これまでのRC Fに対する改善点についてこう語る。

トヨタテクノクラフト(株)TRD開発部の永井洋治部長

「RC Fのハード的な問題点としては『空力特性がピーキーである』、『車体の剛性感※1が乏しくタイヤがうまく使えない』、『クーリング(冷却系)パッケージの能力不足』、『基本セッティングがLEXUSの各チームでまとまらない』などがありました」

2017年の新車両規則では、レースの安全性を高めるため空力規制が強化され、2014年車両に比べて、車体で生み出されるダウンフォースを約25%削減※2することが決まっていた。

LEXUS GAZOO Racingは新たに開発するGT500クラスのベース車両を、2017年市販予定だったLC500と決めた。市販LC500のボディは非常にスマートでGT500のベース車両としては非常に有利に見える。しかし必ずしもそうではなかったようだ。

「ニューモデルであるLC500が2017年に発売されるので、GT500のベース車両もLC500となるのは必然でした。それでも、ベース車両を決めるときには空力で損はないのかを精査します。LC500はルーフがなだらかで空力面で有利に見えますが、実際にはそれほどでもありません。場合によっては損になる部分もあったくらいで、『それほど悪くはない』というレベルでした。でも、それなら見た目も格好いいし、『LC500で行こう!』となりました」

(※1)・・・剛性感:剛性とは物体が歪まない固さ表現するもの。これを数値でなく感覚で表現する場合「剛性感」という。

(※2)・・・ダウンフォースを約25%削減:近年はダウンフォースの増加により、コーナリングスピードが上がり過ぎ、コースアウトの際に重大な事故に繋がる可能性が指摘されている。このためSUPER GTをはじめ多くのレースでは、ダウンフォースを一定量削減する方策が採られている。

2016年第6戦鈴鹿で、初めて公開された2017年GT500車両、LC500(テスト車両)と市販車のLC500(当時は発売前)

ダウンフォースが減っても
LC500はコースアウトが増えなかった

新しい車両規則に基づいて開発されたLC500のGT500車両が、実際に組み上がったのは2016年夏。そこから熟成作業が始まり、2017年シーズンにデビューしたが、空力性能は確かに規制強化の影響を受けて低下していると言う。

「開発と熟成を通してかなり取り戻しましたが、(規定で削減されたダウンフォース)25%は取り戻せていません。ただドライバーは、絶対値ほど下がっているようには感じなかったようです。むしろ『運転しやすくなった』と言いますね。
基本的にダウンフォースが下がるとコースアウトしやすくなると言われています。しかし、LC500の場合むしろ逆で、確かにダウンフォースの絶対値は減っているんですが、コースアウトもしづらくなっています。つまり、それだけピーキーではなくなって乗りやすいクルマになったのだろうと考えています」

2017年の新車両規定では、空力性能を落とすために規制が強化された。具体的には、リアディフューザーの高さが下げられている。それなのになぜLC500はむしろ乗りやすいレーシングカーになったのだろうか? 永井部長は理由をこう語った。

「確かに、今のレギュレーションでは空力的にいじれるところがすごく少なくなっています。でもレギュレーションがガラッと変わると、エンジニアの発想をゼロベースに戻すことができるんです。それまでは、できあがったモノをちょこちょこと変えて改良していましたが、改良に対する効果は低くて、あまりデータが動きませんでした。
今年はレギュレーションが大きく変わったので発想もガラッと変わり、伸びしろが非常に大きかったんです」

操るドライバーの声をこれまで以上に聞き、
開発のデータに繋げる

開発手法を大きく変更し、現場の声を取り入れた開発が行われたことも、操縦性の改善には大きく寄与したようだ。

「ドライバーからはクルマの挙動について、どういうクルマにして欲しいのか話を聞きました。エンジンの特性については実車でもデータが取りやすいし、(実験室のエンジンテスト用)ベンチでも再現できるので、ドライバーとグラフなどデータを見て話ができます。ドライバーコメントとデータが比較的リンクするので、対策も簡単です。
一方、車両で難しいのは、『コーナーに飛び込むと後ろがねじれてついてこない』とか、『タイヤがうまく接地しない』とか、そういう動的な環境(物体が動いている状態)でのフィーリングに対する対応です。これはデータとして明確には出てこないからです。
そこで、今回はドライバーの声にこれまで以上に耳を傾けて考えました。それが良い結果を生んだんだと思います」

現代のGT500車両には様々なデータロガーが搭載されており、セブンポストリグ※3にかけて走行中の車体に掛かるロール、ピッチ、ダウンフォースを再現することもできる。実際に、できあがった車両をセブンポストリグにかけて解析すれば、結果としての数値の差をデータ化することはできる。

しかし、ドライバーのコメントを基にその数値を作り出すことは難しいという。感覚として語られるコメントとデータを理屈で結びつけることができていないからだ。LC500の開発では、ドライバーやエンジニアのコメントをじっくり聞くことから開発を始めたので、現場の要求に近づけたクルマづくりができたのだろう。

「ドライバーにも(チームの)エンジニアにもいろいろな感じ方、考え方があります。その中でまだ我々が解明しきっていないのが『(車体の)剛性感』です。エンジニアは経験上、ここに剛性がないとダメだということをいろんな形で知っています。ドライバーも同じで、経験上の引き出しをいっぱい持っています。だから『こう言っている時は、これをいじろう』と対応できます。でも、これはあくまでも経験則で、車両開発にはつながりませんでした。
一方、我々(車両開発のエンジニア)にとって静止している状態の剛性ならば比較的計測が容易なだけに理解もできますが、動的な剛性はシミュレートするのが大変難しいことなんです。ドライバーがコーナーに飛び込んだとき『リアがねじれる』とか『フロントがついてこない』とか、いろんな表現で訴えるのですが、普通のシミュレーションではなかなか再現できません。
でもドライバーの感性としては、そこを対応したクルマでないと、安心して(コーナーに)飛び込めないんです。
最近、ようやく徐々にですが、そのコメントと結果(車の動き)を関連付けることができ始めました。コメントを聞いて、いろんな剛性試験をして『あ、ドライバーが言っているのは、この剛性のことなのか! 単なるねじりや曲げ以外の影響がこういうふうに現れるのか!』と、改めていろいろな要因が見つかり出しています」

LC500の開発手法は従来から大きく変更された。オフィスの設計室でいくら知恵を絞っても、現場の感性との食い違いを解消することができなかったからだ。ドライバーの感覚的な声を走りや速さに反映させる取り組みは、ドライビングとエンジニアリングを今まで以上に緊密に結びつけようという、開発側にとって新たなチャレンジだったに違いないし、それはデータには現れにくい動的特性までも進化させるという結果をもたらしたのだ。。

(※3)・・・セブンポストリグ:台上で4本のタイヤの動きと車両姿勢に相当する3つの方向の動き、合計7方向の力を加えることで、走っている車体の姿勢を再現するシミュレーター。ブレーキングやコーナリング時のクルマの傾きを再現して、サスペンションや車体剛性のデータを取得することもでき、かなりの精度のセッティングをガレージ内で行うことができる。

2016年に鈴鹿サーキットで行われたLC500テスト

現代のクルマの開発は膨大なデータ解析を元にというイメージですが、コンピューターだけでは勝てるクルマにならないのですね。ドライバーたちの感性を徹底的に開発者が理解し、追求する執念が、LC500のここまでの好成績に繋がったのでしょう。ところで、クーリングパッケージの問題、基本セッティングがLEXUSの各チーム全体でまとまらないという問題についてはどのように取り組んだのでしょうか? さらにLC500に搭載されたエンジン、RI4AGの開発過程と併せて次回にレポートします。お楽しみに!