GT500車両 LEXUS LC500開発ストーリー 第3回
正常進化のエンジン"RI4AG"は、まだまだ速くなる
2016年まで使用されたRC Fにあった課題を、LEXUSの全チームと協力して解決していくことでGT500車両のLC500は開発されました。それは車体だけでなく、各チームで異なるが当たり前のセッティング面にも改革が及んだようです。 最終回となる第3回は、RC Fで残された課題への対応と、さらに進化を続けるエンジン"RI4AG"について、さらにシーズン後半戦のLC500とLEXUS各チームに関して、永井部長に語っていただきます。
セッティングにおいても
LEXUS GAZOO Racing全チームの知恵が融合する
今シーズンのGT500クラスに投入するLC500を開発するに当たって、昨年まで使用していたRC Fの課題が徹底的に解析された。その中にクーリング(冷却系)パッケージの問題があったが、その対策についてTRD開発部の永井洋治部長はこう語った。
「RC Fはクーリングパッケージが弱くて、ブレーキやエンジンが十分に冷えなくて、夏に弱かったんです。(2014年の車両開発では時間的余裕がなく)とりあえず作るしかなかった。そのため、機能が足りないところを付け加えながら改良していきました。敢えて言うならば、建て増しを続けた旅館のようになってしまい、RC Fにおいては根本的な対策ができないままだったんです」
このようにRC Fでの課題を当初から織り込んで、LC500ではクーリングに関するパッケージが全面的に作り直された。
「設計した技術者の顔ぶれは、RC FもLC500も基本的に変わりません。でも、もし2台を並べて見比べたとしたら、別人が設計したかと思うほど全然違うのが分かってもらえるでしょう。同じ人間が作ったのに、ここまで変わるものかというほどです。その結果、LC500では温度が上がる夏でもエンジンとブレーキが十分冷えるので、これまで夏に下がっていた性能を下げないで済み、夏場に強いクルマになっていると思います」
ではもうひとつ、RC Fが抱えていた課題「チーム毎にセッティングの要求がばらばらで同じようなセッティングでは走れない」という問題はどんな状況のことで、LC500ではどう対応したのだろうか。
「これまでのGT500車両は組み上がってからチームに引き渡され、そこからチーム毎にセッティングを進めてレースに臨んでいました。そのセッティングには各チームだけのノウハウが盛り込まれ、場合によっては『よそがやっていないところをチャレンジしてみようか』という競争もあって、なかなか横断的な情報共有ができませんでした」
そうレーシングカーのセッティングは難しい。SUPER GTでは使用するタイヤが違う場合もあり、その特性によっても基本セッティングが変わってしまう。そこには、クルマが先かタイヤが先かというアプローチや発想の違いもあって、同じ車種でもひとつにまとまらない、ある意味試行錯誤の積み重ねになっていく。その状況を永井部長はこう表現する。
「(基本の)セッティングを探るにしてもチームの状況次第で、場合によっては変な方向へ進んでしまい、そこでバランスを取ろうとして、さらにおかしな方向へ進んで、(本来の基本を)取り戻せなくなったりもします」
そうなると、チーム毎にセッティングに対する意見が違ってしまい、それを集約して行うマシン開発の方向性も見えなくなってしまう。LC500開発に当たってはその反省から、基本的なセッティングの熟成にもLEXUSチームの各エンジニアが関わる体制がとられた。
「今回はエンジニアみんなで熟成を進めたので、LC500はこうすればこうなるというパターンを、全エンジニアが最初から共有することができました。そこには大きな意味があったと思います。
LC500では(セッティングを)少々振っても、そんなに外れた方向へ行かない。分岐点で変な方向へ行ってしまったときでも、戻ってこられます。だから(6チームの)セッティングが揃うんです。(各チームの戦闘力で)これだけ差がないシーズンは、今までありませんでした」
エンジンのRI4AGは基本を変えずに正常進化。
でも、まだまだ速くできる。
このように、RC FからLC500においては大きな進化を遂げているが、搭載されるエンジンの型式は引き続き"RI4AG"のままである。今季は車体だけでなく、エンジンの基本構造も変更することができる年だったが、LC500ではなぜ同じ型式なのだろうか?
「今のエンジンに関わるレギュレーションは、基本構造のレイアウトを変えずに、燃焼とかカムとかピストンとかそういうところに部分的な手を加えて性能を改善できるように考えたものです。
基本構造のような大物を変えるには、膨大な資金がかかります。その割にはそれほど性能が上がらないので、非常に効率が悪い。だから我々は基本部分を変えませんでした。だから"RI4AG"のままなんです。それでもまだまだ性能は上がっていくと思います」
「実は...」と、ここで永井部長は裏話を聞かせてくれた。昨年の最終戦(ツインリンクもてぎで2日連続開催となった第3戦代替戦、第8戦)でNo.39 DENSO KOBELECO SARD RC Fは劇的な逆転を果たし、シリーズチャンピオンを獲得した。この時、このRC Fには最終戦のためのエンジンが投入され、そのチャンピオン獲得に寄与した。それ自体は、多くの人が語っていた。だが、その2016年のRI4AG最終スペックは皆の想像以上に踏み込んだチューニングが施されていたと言う。
「あのエンジンは正直なところ、最後(の2レース)にしか使わないから"勝負"を賭けようと心に決めて作ったんです。言い換えれば我々は、何かしなければチャンピオンは獲れないという状況に追い込まれていたわけです。
最終戦は11月と寒くなるのでノッキング※1の条件も少しは楽になります。だから、ギリギリのところまで攻めたエンジンを作りました。2レース走り終えて確認してみると、本当に危ない状況の目前になっていたんです」
昨年の逆転チャンピオンは、2016年はシーズンで3基のエンジンが使用できたため、耐久性と引き替えに性能を追求したスペックを全車に投入した結果得られたものだった。
しかし、2017年シーズンはレギュレーションがさらに厳しく改められ、1シーズンを2基で戦わなければならない。その中、今シーズン投入したエンジンはどういうスペックになっているのか? またシーズン途中で加えられるバージョンアップは、どのように行われるのだろうか?
「昨年の最終スペックは、結局2レースしかもたないエンジンでした。でも今年のエンジンは同じ性能を維持しながら、年間2基ルールで使えるエンジンにしました。
エンジンから性能を出すためのネタはいろいろ出てくるんですが、一方で信頼性とのバランスを取るのが難しいんです。今年の年間2基ルールに対しては今、作戦を練っています。前半は最初のスペックのエンジンをなるべく長く使って、終盤に思い切ったバージョンを入れる。これが理想なんですが、そう思惑通りに行くかどうか(笑)」
(※1)・・・ノッキング:シリンダー内での異常燃焼で異音が出ることを指す。極限状態にあるレース用エンジンで生じるとエンジンの破損に繋がることもある。吸気する空気の温度が低くなると、相対的に発生しにくくなる。
LEXUS各チームのバトルは
これから激しさを増す
2015年からLEXUSの全員で作り上げてきたGT500車両のLC500。2017年の開幕戦岡山では、6台で1位から6位までを独占。第2戦富士でも表彰台を独占。第3戦オートポリスも終盤に2台のLC500が激闘を繰り広げて優勝。雨となった第4戦スポーツランドSUGOでは、セーフティカーが3度も出る難しいレースとなり、辛くも逃げ切って優勝。こうしてシーズン前半戦すべてを勝つ、4連勝とした。
この結果について永井部長は「正直なところ、できすぎです」と言う。そして、シリーズ中盤を前に、今後をどう見通しているだろうか?
「慢心は禁物です。SUPER GTに限らず、レースは先が分からないものです。でも今年のLEXUSは6台すべてが速いので、みんなでチャンピオンを争っていくでしょうね。第3戦のオートポリスでも垣間見えましたが、これからLEXUS同士のバトルも、激しさを増すでしょう。
でも『LC500同士では戦わないで』なんて言ったら、それはレースではありません。そんなのは我々も、ファンの皆さんも望まない。まあ、クルマをつくった人間としては、壊れるほどのぶつかり方はしないでくれとだけ注文はつけますがね(苦笑)。でも、彼らドライバーもチームもプロですから、大丈夫でしょう。
シーズン中盤戦からは、ライバルもグッと迫ってくると思います。でも、我々もまだいろいろ用意はしています(笑)。ここからもLEXUS各チームのバトルを、ファンに楽しんでいただけるよう、LC500を速くしていきますよ」
2017年シーズンのGT500クラスに旋風を巻き起こしたLEXUS LC500。その活躍に隠された車両開発の改革について、皆さんはどうお感じになったでしょうか?
レーシングカーにおいても「もっといいクルマづくり」を追求することは、車両開発者だけでなく、ユーザーも巻き込んで初めて進化するもののような気がします。
そして、シーズンはいよいよ終盤戦に入ります。永井部長のおっしゃるとおり、ここからシリーズチャンピオンを目指す戦いはさらに激しさを増すことでしょう。
『LC500をさらに「いいクルマ」にする努力を重ね、LEXUSの全チームは、皆さんを楽しませ、そしてSUPER GT シリーズ連覇を目指してがんばります。これからも、一層のご声援をよろしくお願いします。』