LEXUS GAZOO Racing

憧れを現実にするそれぞれの道程 | THE CHAMPIONS TALK 〜陸と空を制した最速の男たち〜(前編)

GT500史上最年少チャンピオンとなった平川選手とキャシディ選手。対して室屋選手は、日本のスカイスポーツの先駆者だけに苦労して、44歳での初タイトルでした。過ごした環境も違う3人が、なぜレースの道を目指し、夢を実現できたのか? お互いの歩みを語り合います。 そして、話題はいよいよSUPER GTとエアレースの競技内容に。空と陸のモータースポーツは何が違って何が同じなのか? 3人から興味深いエピソードを聞き出してくれるのは、SUPER GTのレース実況でお馴染みのピエール北川さんです。

ニック・キャシディ

「実家の隣に飛行場があって兄弟はパイロットに憧れたけど、僕はレーシングドライバーになりたかったんだ」ニック・キャシディ

ピエール北川(以下、北川) さて、今回は空と陸とでチャンピオンを獲られた皆さんに集まっていただき、いろいろお話をうかがいます。

ピエール北川 まず、レーシングドライバーのおふたりは空には興味ありますか?

平川亮(以下、平川) とても興味があります。小さい頃の夢は飛行機のパイロットで、飛行機はかっこいいなと思っていました。小学生のときはよく空港に飛行機を見に行ってましたが、子供だと飛行機は見る以外になにもできません。でも、カートはもう乗ることができた。だから、カートの方に夢中になったんだと思います。

ピエール北川 キャシディ選手はどうですか? 最初からクルマに興味があってレーシングドライバーになりたかったのですか?

ニック・キャシディ(以下、キャシディ) 僕は、小さいときからレーシングドライバーになりたかったんです。僕の実家はニュージーランドの軍用飛行場の隣にあるので、僕の兄弟はパイロットになりたがっていました。でも、僕はレーシングドライバーになりたかったです。

室屋義秀

「ガンダムに乗りたかった。幼稚園の頃はパイロットかタクシーの運転手さんでしたね」室屋義秀

ピエール北川 室屋選手はどうですか? もともと空への憧れがあったのですか?

室屋義秀(以下、室屋) もともとはガンダムに乗ろうかなと思ってたんですけど(笑)、大人になってきてガンダムがないことがわかってきて、やっぱり飛行機を動かしたいなぁと。乗り物は好きで、幼稚園の時の夢はパイロットかタクシーの運転手さんでしたね。

ピエール北川 室屋選手もご自身で操縦するものに興味があったということですが、レーシングカーとかクルマにも興味があったりしますか?

室屋クルマは大好きですね。カートも遊びではやっていました。あとは、草レースもやっていて、長時間の耐久レースにも出ました。20代のときです。ボロボロのクルマでね。予算は30万円しかなかったですけど(笑)。

ピエール北川 では、曲技飛行競技をやり始めたのはおいくつのときだったんですか?

室屋23歳のときでした。兵庫県の但馬空港というところで、エアロバティック(曲技飛行)の世界最高峰の大会があって、それを見て衝撃を受けたんです。もうその時には、僕はグライダーの教官もやっていて生徒に教えていたのですが、これを見てパイロットとしてここまでやれたらいいなと思って『よし、これをやろう!』と思ったんです。

2017年 SUPER GT 第5戦富士で室屋選手が披露したフライトパフォーマンス
2017年 SUPER GT 第5戦富士で室屋選手が披露したフライトパフォーマンス
平川亮

「最初、カートは親子のコミュニケーションでした。でも、レースに出たくなって。そこから競技を意識し始めた」平川亮

ピエール北川 23歳で始めたんですね。一方ではこうして23歳でチャンピオンになった彼らがいて......。平川選手は何歳くらいから競技をしようと思いましたか?

平川13歳でカートを始めて、最初は遊びというか、父がレースに出ていたので親子のコミュニケーションのようにやっていました。でも、そのうちにレースがしたくなって、次の年に全日本などのカートレースに参戦したのがきっかけでした。そこからレーシングドライバーとしてやっていこうかなと思い始めました。

ピエール北川 キャシディ選手は小さいときからレーシングドライバーになりたかったそうですが、ヨーロッパや世界に出て行こうという想いはあったんですか?

キャシディニュージーランドは自動車レースに熱心な国なんですが、人口が460万人ほどしかいません。レースをする人は多くても、それを支援する企業やスポンサーは少ないのです。だから、海外に出てレースをすることを夢見てきました。そして、16、17歳の時にやっとそれを実現できました。

「僕らは若いけれど、経験はある。自信を持ってSUPER GTに臨みました。自信がないなら出てはいけないとも思う」ニック・キャシディ

ピエール北川 この若いふたりが、日本で一番難しいレースであるSUPER GTで、史上最年少の23歳でチャンピオンを獲ったということは、本当にすごいことだと思うんです。この点をご本人たちは実感されていますか?

平川僕らは"若い"ということは意識していないんですよね。これまでいろいろな経験を積んできていますし、2人ともヨーロッパでレースもしてきましたし、僕はル・マン24時間も出ました。だから、30代、40代の選手よりは少ないですけど、充分な経験はありました。それに速さに関しては自信を持っていたので、通用すると思っていました。ですから、チャンピオンを獲れる裏付けは自分の中にありましたね。

キャシディ僕たちは若いですけど、さまざまなカテゴリーでの豊富な経験があります。ハイレベルなレースも経験しています。それでもSUPER GTは最高峰のレベルで、難しいものでした。だからこそ、自分に自信を持って臨む必要がありました。反面、自信がないならレースには出てはいけないとも思っています。

  • 2017年最終戦もてぎでチャンピオンを獲得したKeePer TOM'S 37号車のゴールシーン
  • チャンピオンを獲得したKeePer TOM'S 37号車を囲んで記念撮影するドライバー、エンジニア、メカニック、チームスタッフ達

「僕はSUPER GTの3年が長かった。室屋選手のように20年も苦労を続けるなんて、きっと途中で挫折してますよ」平川亮

ピエール北川 室屋選手は、今44歳。この歳での初タイトルですが、時間が掛かったなと思っていますか?

室屋23歳くらいのときにはチャンピオンを獲りたいなと思っていましたけれども、その時には今のような強いメンタリティは持っていませんでした。平川選手たちの話を聞いてすごいなと。それに、飛行機の世界のことを日本でやろうすると、いろんな材料や環境もなかったんです。自動車レースに例えれば、サーキットもない、クルマもない、ドライバーも監督もサポートしてくれる会社もないという状況で、これを全部作っていかなければならなかった。これらを全部かき集めるのに20年くらい掛かったということです。同時に、チャンピオンを獲るにはどうしたら良いかということも、その時期に学んでいきました。

ピエール北川 逆に、自分とはまったく異なった環境だった室屋選手の経験を聞いて、平川選手はどう思いますか?

平川僕の場合はレースをする環境が整っていたので、始めた1年目のカテゴリーからチャンピオンを獲って、次、次とチャンピオンを獲ってきました。だからSUPER GTでの3年間は長かった。『3年やっていて、まだチャンピオンを獲れないのか?』と。だから、室屋選手のように20年も苦労を続けることは想像できない、僕ならきっと途中で挫折していたでしょうね(苦笑)。

ピエール北川 室屋選手が心折れずに長く続けられたのは、何をモチベーションにされていましたか?

室屋飛んでいておもしろいということですね。それに、人生もエアレースも壮大なロールプレイングゲームのようでもありますからね。ゲームのようにひとつクリアするとまた強い相手が出てくる、そんな感じでしたから。

ピエール北川 キャシディ選手はどうですか?

キャシディ僕は3歳のときからレーシングドライバーになることを目指してきました。そして、20歳の頃には夢と目標に近いところに来ていました。でも、室屋さんは20歳を過ぎてから始めてここまで来られた。本当にすごいと思うし、尊敬しています。

ピエール北川 室屋選手がなさっているエアレースは、自動車レースに例えると、予選の一発勝負のタイムアタックを何度も重ねていくように見えます※1 。実際はどういうものなんですか?

※1・・・レッドブル・エアレースはタイムアタックの予選、トーナメント方式の決勝と進む。予選は2回のフライトで速いタイムを採用。予選タイムにより、決勝の1対1のマッチアップが決まる。決勝は1対1の対決となり、1回のタイムアタックで速い方が勝ち上がる(最初の対決では敗者から最速タイムの1名も進出)。この14名から8名、4名と絞られ、最後は4名で順に1回のタイムアタックを行い、1〜4位が決まる。優勝で15ポイント、2位12ポイントと10位まで獲得でき、年間の総得点でチャンピオンが決まる。

室屋僕たちのレースは1セッションが約1分なので、本当に一発勝負なんです。その一瞬で力を全て出せるかとなるとすごく難しいですね。しかも、(タイムアタック前に)空中で待機するのが3分間しかなくて、そのなかでウォームアップして、スタートして、飛行(姿勢)が崩れないようにするのはすごく難しい。だから、自分自身をコントロールする能力がレースの結果を呼び込むことにもなるんです。

ピエール北川 このお話を聞いてどうですか? レースの世界から見ると?

平川タイヤにもよりますが、予選で良いラップが出せるのは1周しかないのは似ていますね。僕は(アタックが)1周しかないというのは好きですね。でも、サーキットはウォームアップもアタックラップも同じところを走っていますけど、エアレースの場合ウォームアップとレースコースが違う所なので、それは難しそうですね。

KeePer TOM'S 37号車

ピエール北川 サーキットだとどの看板のところでブレーキを踏むとか目印になるものがありますが、空ではどうですか? どのようにして飛んでいるのですか?

室屋どこをどう通っていくのかベストルートは計算されているので、そこをどうトレースして(なぞって)飛んでいくかということになるんです。サーキットのような看板とかはないんですけど、空中で今自分がどこにいるということを頭の中でシミュレーションしながら飛んでいますね。

「エアレースは風が変わる度にコースレイアウトが変わり、毎日コースレイアウトが違っているようなもの」室屋義秀

ピエール北川 ということは、あの小さなコクピット(操縦席)のなかでいろいろな操作をしながらも、今自分がどこにいて、どういう操作と飛び方をしているというのが、コンピューターのゲームのなかの映像のように俯瞰(ふかん)で見えているということですか?

室屋そうですね。それと、風が吹くと機体が流されるので、パイロン※2の位置とかはまったく変わらなくても、飛んでいる僕らにとってはまるでコースがゆがんだようになってしまい、コースレイアウトが変わったのと同じになってしまうんです。風が変わる度にコースレイアウトが変わり、毎日コースレイアウトが違っているようなものなんです。

※2・・・エアレースのコースは、約6kmで1分程度のフライトになる。コースの要所に空気で膨らませたパイロン(エアゲート)があり、決められたコースを指定の高度内、指定の姿勢で必ず通過しなければならない。高度や姿勢が規定外になったり、パイロンに接触するとペナルティー(タイム加算や飛行中止)となる。宙返りや急旋回で機体に10G以上(0.6秒以上)掛けると飛行中止(2017年規定)となる。

コースの要所に空気で膨らませたパイロン(エアゲート)があり、決められたコースを指定の高度内、指定の姿勢で必ず通過する

キャシディ風の影響は僕たちの自動車レースの世界でもあります。GT500クラスの車両ではダウンフォース※3がとても強く、そのために風の影響も大きいんです。例えば、風向きが変わると、ブレーキングポイント(ブレーキを掛ける地点)も変わってきます。向かい風のときはストレートでのスピードがやや遅く、同時にダウンフォースはやや増えてより車体が安定するので、ブレーキング開始を少し遅らせることができます。追い風なら逆にオーバーステア※4になり、やや早めにブレーキを開始します。予選では1周だけのアタックですから、程度の差はありますけど、エアレースと似たような状況が僕たちの世界にもありますね。

※3・・・自動車が走る際は、車体の表面に空気の流れが生じて、それが別方向への力を産み出す(空力効果)。その力を利用して、車体を地面に押し付けるのがダウンフォース(下向きの力)だ。空を飛ぶ飛行機の翼は、これと逆の向きの力を利用している。ダウンフォースが高いと遠心力に対抗する力となり、より速いスピードでコーナーを走ることができる。
※4・・・自動車がコーナーを限界で走る際に、リア側の接地力が負けてクルマの後ろからスピンしてしまうような状態をオーバーステア(ハンドルの切り角より回ってしまう)という。追い風の場合、後ろから押し上げられたり、リアウィングの空力効果が減少するため、オーバーステアになりやすい。

ピエール北川 エアレースと自動車レースでは共通項がいくつかあるんですね。

室屋そうですね。びっくりですね!

2017 Red Bull Air Race World Championの室屋義秀と2017 SUPER GT Championsの平川亮、ニック・キャシディ