前編の終盤でエアレースとSUPER GTの競技の違いや同じところなどが話題となりました。後編でも引き続きお互いのレースのことが、まず話題となりました。なかでもレース中に掛かるGの話ではお互いに驚きの状況が語られます。そして、タイトル獲得に苦労した今シーズンや新型車であるLC500のこと、そして互いのチームによる支援と開発など3人の話題は尽きません。室屋選手は平川選手を敵にしたくないとか!? お話を聞くのは、SUPER GT公式アナウンサーで盛り上がる場内実況に定評あるピエール北川さんです。
ピエール北川(以下、北川) 確かに今のGT500車両はとても空力を駆使していますね。もちろん、飛行機も空力を利用して飛んでいるわけですが、G(重力加速度)の圧力という点ではどう違うでしょうか?
室屋義秀(以下、室屋) この前、機会があって別のGT500車両に同乗させてもらったんですが、すごかったですね!
ピエール北川 なにが一番すごかったのですか?
室屋 まずブレーキングのときの減速Gがすごかった。飛行機では、減速はあまり関係ないんですよ。僕の感覚では「もう止まれない!」「もっと早く減速したほうが良いんじゃないかな?」と思ってしまうくらいだったのに、意外とクルマが落ち着いて走っていて、クルマとしては怖さを感じない。『すごいなぁ!』と思いましたね。ブレーキングで強い減速Gを受けて、さらにコーナーで旋回して強い横Gを受けたときは『これを2時間もやっている人たちってなんなんだろう?』って思いましたよ!(笑)
ニック・キャシディ(以下、キャシディ) でも、僕たちは5Gくらいだけど、室屋選手たちのエアレースでは10Gを超えることもあるって聞いてますよ。それはクレージーだと思うけど(笑)。
ピエール北川 10G! それはどんな世界なんでしょう?
室屋 僕たちの場合、大きなGは座席の下方向へ掛かるんです。旋回での真横のGは3Gくらいです。飛行機での旋回は機体をオートバイや自転車のようにコーナーの内側に傾けるので、コーナリング中の横Gのかなりの部分はシートの座面方向への垂直のGになるからなんです。宙返りなどの垂直方向のGは、安全のためから10Gを0.6秒以上超えるとペナルティ(飛行中止)を受けます。飛行機の構造上の限界は14Gと規定されています。
2017年 SUPER GT 第5戦富士で室屋選手が披露したフライトパフォーマンス
キャシディ どんなトレーニングをしているんですか?
室屋 体幹※1のトレーニングと特殊な呼吸法もしています。縦方向に高いGがかかると、体内の血液が足の方へ下がってしまいます。それで3秒間を超えて脳に酸素が送られなくなると、意識がなくなってしまいます。これを防ぐ呼吸法があるんです。それは戦闘機のパイロットたちがやっているものなんです。
※1・・・体幹は、身体の胴体部分の中心線を指す言葉。この部分を意識して鍛えることで、姿勢や安定感が向上すると言われる。大柄な外国人に対抗するため日本人選手が採り入れたことで、近年このトレーニングが注目、実践されている。
ピエール北川 そうなんですか。同じGでもクルマと飛行機ではずいぶん違うものなんですね。それだけに、エアレースとSUPER GTでコラボレーションしたら、互いに得るものがあると思いますが、いかがですか?
室屋 飛ぶか走るかは違いますけど、空力であったり、エンジンであったりすごく似ていると思いますよ。研究している内容、新たな部品の投入のタイミングとか、開発のスピードとかも、ものすごく似ていると思います。
ピエール北川 室屋さんは、今、国内でもレクサスと契約していて、イベントなどでは自動車レースのドライバーとも話す機会も多くなったと思います。そのなかで参考になることもあったりしますか?
室屋 あります。例えばドライビングポジションとか、シートやシートベルトもよく考えられているんです。クルマの方が腕の角度とか脚の角度とか人間工学に基づいていて、研究され尽くされているんですよね。
ピエール北川 自動車レースの世界から取り入れたものが、チャンピオン獲得にも貢献したと考えても良いですか?
室屋 身体の保持という点も、途中から改良し始めていたんです。気流が悪いレースだと身体が保持されているのがすごくわかった。それが最終戦でした。
ピエール北川 平川選手とキャシディ選手は、今年開幕戦とタイ戦で優勝し、8戦すべてで入賞しました。そして、最終戦でも表彰台に立ってチャンピオンとなりました。今シーズンは理想的な展開でしたか?
平川亮(以下、平川) そうですね。でも、シーズン半ばにもう少し上位を獲れたかもしれません。最後はライバルも追い上げてきましたから、そこを"改善"すれば来年もっと楽に勝てるかもしれないです。
ピエール北川 室屋選手は今年8戦4勝でしたが、最終戦は追う立場。そこで優勝して、逆転でのタイトルでしたよね? チャンピオンの獲り方という点では、SUPER GTのコンビとは好対照のようにも見えました。
室屋 開幕戦の0ポイントから始まって優勝、優勝となったんですが、優勝か0ポイントというアップダウンが激しい展開になっていました。最後2戦はまた優勝、優勝となって大逆転でチャンピオンとなりました。でも、来年はLEXUS TEAM KeePer TOM'Sの皆さんのようにコンスタントに勝つ必要があると思っています。
ピエール北川 でも、逆転でチャンピオンを獲得したから、喜びも大きかったんじゃないですか?
室屋テレビ的には良かったと言われましたけど、やってる方はたまらない!(笑) やっぱり常にリードして終わるというのが理想ですよ。
ピエール北川 以前の平川選手は開幕戦で勝っても、後半に向かって苦しくなった年もありましたよね?
平川そうでしたね。SUPER GTにはウエイトハンディ制度があるので、途中から盛り返すというのは難しいんです。でも、今シーズンは開幕戦で勝って、そのあともほぼランキングトップで、落ちても3位で走り続けてきました。だから、チャンピオンを獲得してホッとしたような感じでした。
ピエール北川 キャシディ選手はどうでしたか?
キャシディ SUPER GTは順位による獲得ポイントの配点の差が大きいので、とても難しいんです。だから、常に優勝か上位になることが必要でした。しかも、結果に応じてウエイトハンディも搭載されます。ですから、8戦で表彰台4回とコンスタントに良い結果を出せたことはとても良かったと思います。
ピエール北川 こうしてコンスタントに良い結果を重ねられたのは、チームの貢献も大きかったのではないですか?
平川 今年はクルマや作業でのトラブルが一切ありませんでした。チームのタイヤ交換は、序盤戦でちょっと問題があったんですが、シーズン後半に向けてどんどん良くなった。最終戦のもてぎではGT500クラスでは一番速いタイヤ交換でした。本当にチームは良い仕事をしてくれたと思います。
ピエール北川 ちゃんと走らせてくれるチームがあった。それが大きかったんですね。室屋選手もチームの貢献や影響を受けたりしていますか?
室屋 そうですね。飛行機が遅いとどうやっても勝てませんから。優勝するには速い飛行機が必要ですが、今年の開幕戦のアブダビでは、空気抵抗を減らすためにエンジンの冷却のために空気の流れを抑えた新しいクーリングシステムを導入したんです。でも、それが大失敗。エンジンがオーバーヒートして、パワーも70パーセントくらいしか出ない。これではレースになりませんでした。そんな状況からスタートして、チームはずっと機体をアップデートしてきました。途中第6戦では機体が壊れたこともありました。でも、チームがなんとか直してくれました。エアレースでもチームの力は大事なんです。
ピエール北川 SUPER GTでは今年マシンがRC FからLC500になりましたが、どう変わりましたか? どこが武器になりましたか?
平川 シーズン開幕前からLC500はエンジン、空力、足回りがすごく良くて、LC500としては開幕から4連勝しました。ただ、シーズン中盤以降にライバル車種が追いついてきたので、レクサスの皆さんが来年に向けてまたがんばってくれると期待しています。
キャシディ RC FとLC500は、エンジン、ギアボックス、サスペンションの基本が同じでしたが、その進化は乗ってすぐにわかりました。例えば空力は、ルール変更※2でRC Fよりも性能を削減されたはずだったのに、エンジニアの皆さんは最大限の性能回復をしてくれたと思います。
※2・・・SUPER GTでは、安全性の向上と過度な開発競争でコストが増えることを避けるため、2017年のGT500クラス車両は昨年車両からダウンフォースを約25%削減するように定めた。ダウンフォースが削減されるとコーナリングのスピードはかなり下がる。一方で、ストレートのスピードは上がる傾向がある。
室屋 単独で飛ぶエアレースと違って、SUPER GTは下のクラスのGT300車両もいてバトルが常にありますね。レース中に他車と当たらないように技術ってあるんですか?
平川 ええ、相手の動きを見て判断しています。GT300のクルマでは、このドライバーには気をつけようというのもあります。
ピエール北川 エアレースの決勝はマッチレースですから、さらに対戦相手の性格とかも考えていくんですか?
室屋 それはありますね。飛ぶ前にテレビで流すメッセージでも、食堂で食事をしているときも、相手にプレッシャーを掛けたり、秘密のパーツを装着したふりをしてみたりとか(笑)。顔合わせればジェントルに笑顔で握手ですけど、皆どこか相手のペースを崩してやろうと考えていますね。最終的には速いタイムを出すしかないんですけど、1対1でタイムアタックが1回ですから。
ピエール北川 これは利用できそうですね、キャシディ選手?
キャシディ ヨーロッパのドライバーはかなり攻撃的ですけど、日本のドライバーはそうではありませんから。どうなんでしょうね? でも、必要なときには利用させてもらうかもしれせん(笑)。
ピエール北川 平川選手も来年やってみてはどうですか?
平川 そうですね。でも、僕はあまり......。
ピエール北川 そうか、平川選手は"淡々とクールに"が持ち味ですからね。
室屋 でも、こういう人が相手になるのが一番イヤですよ(笑)。決して自分のペースを崩さない、顔色も読めないから。
ピエール北川 そうか! 平川選手はチャンピオンとしての資質を備えていたわけですね!
一同 (笑)
ピエール北川 さて、来年についてはどうですか?
室屋 当然、目標は連覇になります。そのためにさらにアップグレードします。チャンピオンとして注目されて、追われる立場になりますが、そういう立場は今年の中盤ポイントリーダーとしてすでに経験済ですから。そんなときには、平川選手のような感じがいいのかなと(笑)。
ピエール北川 その平川選手はどうですか?
平川 まず連覇が目標です。そして、先ほども言ったようにまだ細かなところが詰めていけると思っています。ドライビングに関しては、まだ速くなれそうなところがありますし、レースを上手くやるとか、クルマを上手くまとめるとかですかね。
ピエール北川 キャシディ選手は、2018年に向けてどうですか?
キャシディ SUPER GT参戦にあたって1年目は学習、2年目は優勝を目指し、3年目でチャンピオンという計画でした。でも、予定よりも1年前倒しで目標を達成できました。来年の目標はもちろん王座防衛です。僕はこの2年で多くのことも学べました。同時にチームもまたこの2年間でより良くなりました。そして、お互いにスタートした時点よりも成長してきました。チャンピオン争いは互いにより良くなっていくということでもあります。ですから僕たちもまたさらに努力に努力を重ねて、より良くなっていかなければなりません。
ピエール北川 そうですか。チャンピオンを獲っても全員が決して満足せず、さらに高みを目指しているということがよくわかりました。皆さんの来季のご活躍を楽しみにしています。